キスを拒否された。
理由を聞くと、
「気持ち悪い」だと。
心外だ。

 


その為の器官

 

 

「はあ?」
「だから嫌だ。別にこんなんしなくたって支障はないだろ」
そんなにあっさりした拒絶の仕方でキスを禁止されてしまうと腹が立ってくる。
こっちにだって一応なけなしのプライドはある。
日頃良い様に使われている上司を組み伏せる久々の夜なのにこれではあんまりだ。
「なんだよ気持ち悪いって。今まで散々やってたくせに」
「だから今までずっと嫌だったんだ。もう沢山だ」
今までの甘い(多分)雰囲気は払拭し、苛立ちを隠さないレノと意見を曲げない
ルーファウスだけがベッドに取り残されていた。
柔らかなベッドに身体を沈ませて今だけは年若い上司を思うまま操れると
まず手始めに顎を掴んだ途端コレだ。初っ端から躓いてしまったレノはルーファウスの
シャツの合わせに潜らせた手を乱暴に引き抜いた。
「なんだ、止めるのか?」
からかい半分でルーファウスが問う。
「もうそんな気分じゃねえよ。なんか、萎えた」
言いながらルーファウスの上から退くと弾かれたように彼は笑った。
「なんだ!レノって意外と純真だな!」
うるせー 馬鹿ガキ
どかりとベッド脇の華奢な湾曲を描く椅子に腰を落とすとレノは無言で煙草を取り出した。
匂いが移る、とルーファウスは煙を嫌うがそんなもの知った事か、と思った。
ベッドから身を起こしたルーファウスがにやにやと先ほどの笑いを残したまま
衣服を直しているのが目の端に見える。さっきまでは服を脱ぐのも惜しい程
欲しかったのに今はどうでもいいとさえ思える。畜生、馬鹿ガキめ。
「その煙草は俺の代わり?」
最後に乱れた金髪を払いながら笑い声も隠さずルーファウスが言う。
「うるせー 馬鹿。黙ってろ」
とうとう、仮にも次期社長の面目新たな青年に”馬鹿”と、見も蓋もない言葉を投げつけて
レノは紫煙を吐いた。…今更何がキモチワルイ、だ。
出来るだけヤツの顔なんか見たくない、という意思表示の為に天井を見詰める。
(クソ 天井まで装飾に埋めるなよ 気持ち悪りぃ)
植物が複雑怪奇に絡み合った、上流階級風に言うと「優美」な模様を見るとはなしに目で追う。
それはどこまでいっても終わりがなく堂々巡りだった。
…イライラする。
「なあ」
「なに?」
目線は天井に貼り付けたまま、レノはせっかちに煙を吸った。
「操立てでもしてんのか?」
そういえばキスの時彼はあまり積極的じゃなかったな、と今更思い出す。
「まさか。してたらこんな所来る訳ないだろ」
「俺が嫌なのかよ」
「だから嫌なら、のこのここんなとこまで連れてくるか」
「じゃ、なんで”キモチワルイ”んだよ」
言い終わった途端、ずいっとルーファウスが眼前に迫って来た。
「…なんだよ…」
「レノ、お前はそんなにあれが好きなのか?」
「そういうわけじゃないけど…」
そうはっきり言われると言葉に詰まる。
それに宥める様に言われるとまるで自分が初々しい女生徒のようで馬鹿らしくもある。
…なんというか、もう全てが馬鹿らしい。
こんな純愛めいた押し問答を自分達がすることも、ガキの戯言に少なからず傷付いている
自分自身にも。一体どうしてしまったんだろう。
自堕落な笑みが顔面に張り付く。自分のはだけたワイシャツの袖が、いつの間にかぞんざいに
捲くられている事に気が抜ける。何をしてるんだろう。
(別に副社長じゃなくたっていいんだけどな)
別に。
別に。

今だに、にやにやと嫌味ったらしいむかつく笑みを浮かべてルーファウスが自分を覗き込んでいた。
その顔へせめてもの抵抗に吸い込んだばかりの紫煙を吹きかけると、ぱちりと音がしそうな
長い睫毛が勢い良く閉じられた。どうやら目に入ったらしい。いい気味だ。
だが、いつものように冷たい声音で名前を呼ばれるとばかりに思っていたレノが見たのは
煙に涙を滲ませつつも恋人の悪戯に喜ぶような笑みだった。
「なんなんだよ、一体」
更に脱力してリビングテーブル上の灰皿には目もくれず、ベッドサイドにあった小卓へと
煙草を押し付ける。短い悲鳴を上げて煙草は消え、700℃を超す火が木を焼く嫌な匂いが立ち昇る。
それを無理矢理押し潰すと、レノはその手でルーファウスの胸倉を掴み上げた。

「…離せよ」
長めの前髪が両目を覆って真意が見えない少年が媚を含んだ声音で命令する。
「お前な…」
いつまでも大人しく相手して貰えると思うなよ。
反らした傲慢な細顎が憎らしい。
横目でそれを憎憎しげに見下すと次の瞬間顔にちいさな影が落ちた。
額にかかっていたサングラスがなんの前触れも無く引き抜かれる。

「…これがいつも邪魔なんだ」
俺の赤毛が名残惜しそうにサングラスの弦に絡まるのを無造作に引き剥がして
白い、魚の腹みたいな手が床にそれを放り投げた。毛足の長い絨毯は音も無く受け止める。
「てめっ、あれは俺の…」
数少ない気に入りだ、と言おうとして上げた視線はそのまま少年の両手に抱えられて静止する。
奴は胸倉を掴み上げられた姿勢そのままで、俺の頭を引き寄せた。




「レノ…せめて、こんな時くらい言われなくても外してくれないか?」




普段、命令やら皮肉やら痛言を吐き出す憎たらしい唇がこんなにも心地良くていいのか、と思う。
そして嫣然たる相変わらずの笑み。



…こんな、こんな事ぐらいでこの俺がほだされるもんか。





見上げた天井は相変わらず堂々巡りだった。






あまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!(自分で言う)
時々甘い話が書きたくなるとです…。秋なので管理人は荒んでいるとです…。
ていうかほんとは『俺のここは別の事(演説とか仕事)に使うからお前の為には使いたくない』的な意味わからないのを
書こうとしてたのにズレまくった。なんか自分の身体の中で相手の為だけに存在する器官が一つでもあればいいのに、みたいな。
作文で言えなかったからってここで言うのもどうなの。ACレノと大違いすぎてあれだな…。