スピード狂



夏と言わず一年中、いや一生かけて追っていく私の逃げ水
手に入れようと、スピードメーターどこまでも振り切って
ギアをトップに、アクセルは踏み潰して

どこまでも


どこまでも



愛している




抜けるような、と言うと聞こえはいいが正直腹立たしい程の青空の下ツォンは車を走らせていた。
ミッドガルのハイウェイは脇に立つ街灯も溶けるのではと思うほど熱されている。
コンクリートの上を逃げ水がゆらゆらとツォンを誘っては消え、消えては何時の間にかまた現れていた。
車内はガンガンに効かせたクーラーの所為で指先が真夏とは思えないくらい冷えていたが
緩まる気配もない太陽の光はダッシュボードをこれでもかという程焼いている。
うっかりそれを触ったツォンはあまりの熱さに普段する事のない舌打ちをしてしまった。
止める事も億劫なラジオは、先から 「あなたは私を愛しているの?愛していないの?」 などと
在り来たりの恋愛歌を垂れ流している。この茹だった気だるい午後にベタな選曲をするもんだ、
と聞くとはなしに耳に入るその流行歌を馬鹿にすると遠くの標識が太陽光に白く反射して目を焼いた。
一瞬の幻惑に目を眇める。

    …愛しているか愛していないか、だって?

言ってくれるよ、と自分の半分程しか生きていないその歌手を思う。その意味、分かって歌っているのか?
それでも早熟な彼女は歌唱力だけは本物で、今では望む望まないに関わらずどこの局もこの子に夢中だった。
ラジオから流れ続けるその歌は、盛り上げる為だけの壮大なオーケストラ調で
彼女が声を震わせて繰り返し上り詰める最高音程に、脳髄がピインと痛んだ。
冗長なだけで白々と感じるのにどうしてこうバラードってやつは長ったらしいんだろう。
ようようクライマックスへと漕ぎ着けた歌手は、前にも増して情念たっぷりに息を吸い込んだ。
吸気音が、まるで悲鳴のように聞こえる。
ツォンはうんざりして歌手が歌いだす前にハンドルを握り締め、アクセルを思い切り踏み込んだ。
逃げるだけならステレオのスイッチ一つで容易い事なのに、そうしなかったのは自分の下らない意地だ。
この下らない意地だけで自分はここにいられる。
まだ、大丈夫だ。
自身を見失いはしない。
誘惑に負けはしない。



──猛るエンジン音にかき消される寸前、
「あなたを 永遠に愛している」と言った歌手の声が縋り付くでなく、毅然としていた事が唯一の救いだった。
その言葉はつま先がよじれてしまった革靴と共にいつまでもツォンの頭に残った。





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