今となって思い出すのは私達は何時間でも話していられる仲だったのだということ。
沈黙さえも快く過ごし、そのくせ何時間でも喋っていた話の内容はこれっぽっちも覚えていない。


・・・ただ彼らの瞳の色だけが網膜に焼き付いている。



 幼い時分から自らの為だけにしか機能していなかった両目に他人の為に涙を流すという
新しい仕事など出来るわけはなく「悲しい」という感情が表れる寸前に私はそれに気付かない振りをした。
タークスの一人、が表面上の気遣いをしたが向こうは自分の仕事の能率しか頭にないわけで、
彼が心配しているのは結局のところ自らと彼の監督下にある私のノルマだ。
それが悪い事とは私には言えない。
ただ、それを互いに理解していながら白々とその演技をこなす彼の儀式めいた行為が私は大嫌いだった。
きっと彼は主のない屋敷の執事長のように新しく命令されるまで前の命令を反復して命を
すり減らして顧みらない輩なのだろう。
この仕事に就いたたのは完全に彼の自由意志によるものだったらしいと聞いた時、
ルーファウスは彼の行動にいちいちもっともらしい理由を見つけようとする戯れを止めた。
この戯れは彼の上司、治安維持部総括の動向を探る意味合いも合ったのだが最近妙に
警戒が強まり、まだ何の肩書きを持たない自分に情報は掴みにくくなっていた。
 

不可解なのは宝条も一緒だった。あの一件から全く自分のラボから出なくなり、ごくたまに
社で見掛けた時以外生きているのかさえさだかではなかった。

というより彼は明らかに私を避けている。

問いただそうにも研究所の厚い壁は私のカードキーさえも通さないほど堅牢になっていた。

 私の仕事にも瑣末な書類が増えた。最初の頃は忙殺されて何の疑惑も持たなかったが日を追う毎に
加速度的に増える書類に一度苛つくと後はもう疑問の嵐だった。
親父に問いただすと例によって事務的な答え。
本当に奴は俺をその椅子に座らせない腹なんだろうか。
それから片っ端からあの事件のついて調べた。
ツォンに見咎められながらも僅かながら分かったことといえば宝条が現場で陣頭指揮をしているということだけだ。
僅かの収穫に事件の糸口を掴んだと感じた三日後、謀ったように私はジュノンへ飛ばされた。
口止めも無駄だと解っていたが少しの躊躇いもなくきっちりと上司に報告するツォンは疑いもなく社員の鑑だ。


 

そして波音に急かされるように日々が過ぎていく。何の感慨も無く。ただ狂人の繰言のように。
絶え間ない日常の中で闇に囁く声。では自分はそれに従うべきだろうか?
・・・答えは分かりきっていた。女々しい一時の感情、それは次第に忌むべき感情と巧みに掏り返られていく。

彼らは約束したのではなかったのか。
瞬間、不快に顰められた眉も次の瞬間には元の表情に戻る。
ルーファウスは不快な考えよりも自らの仕草に苛ついて小さく舌打ちをした。


二度とは感慨に耽らない。彼らに対する弔いはあるべくもない。結局は彼らも使い捨ての一兵士だったのだ。
誰の手も借りず、この世界を足元に。自らの手で築く誰も到達しえない楼閣の高みには何が見えるだろうか。
そしてその下には・・・?

その為に講ずる手段に何の感情もいらない。蠢く民衆、薄汚れた星に用は無い。
最上の頂から身を投げる為だけにこの世界を自らの昏い欲望に巻き込むのだ。



―――弔いならばいっそこの疲弊しせる世界に。




  下らない願いの為に私はあらゆるものを犠牲にするだろう。