新潟市立中之口西小学校6年生の感想文(手紙) 日時:2012年12月6日(木)5,6限 会場:中之口西小学校・ランチルーム 新潟市立中之口西小学校は、自然豊かな農村地帯です。私どもの話を聞いて、思ったことを素直にお手紙に書いてくれました。文字も一文字一文字、丁寧に書いており、普段から行き届いた教育を受けていることが分かります。全員のお手紙を掲載したいのですが、スペースがないことをお許しください。
★ 講演で心に残った言葉は、「一歩ふみ出すことが大事」です。私は、将来、「ウエディングプランナー」という職業につきたいと思っています。人気の職業で、マナーを守れる人じゃないとだめだということを聞いて、不安で心配でした。でも、講演を聞いて、「がんばってみよう」と夢に自信が持てました。ありがとうございました。 ★ 今まで私は、“自分のやりたい仕事”ではなく、“自分がうまくできそうな仕事”ばかりを夢にしてきていました。“自分のやりたい仕事”の内容をみると、難しそうだし、自分には無理だなあと思い、すぐあきらめてしまっていました。でも、“夢は思い続ければ叶う”とおっしゃったので、私もチャレンジせずにあきらめるのは、もったいないと思いました。私は、これからは、仕事や夢を思い続けたいと思います。 ★ 私は講演を聞いて、すごく勇気をもらいました。片桐さんが全く関係のないインドの子どもたちのために、たくさんのお金を使うのはなぜだろうと思いました。でも、片桐さんが助けたから、インドの子どもたちも、夢への階段に立てたのを知って、自分もだれか困っている人がいたら、声をかけてあげられるようになりたいと思いました。 ★ インドの子どもが、夢の階段の入り口さえ入れない事にびっくりしました。でも、「思い続ければ夢は叶う」、また、「夢は必ず待っている。あきらめなければ自分の夢は叶う」と、「自分の夢を一歩ずつ、一歩ずつ大切に」という言葉を聞いて、勇気をもらいました。私は、まだ夢は決まっていません。けれど、これから決める自分の夢を、自分の未来をあきらめないで、思い続けたいと思います。 ★ 片桐さんは、誰もしないような、「インドに学校をつくる」ということをして、とても勇気のある方だと思いました。私たちも勇気と希望をもらうことができました。次に、夢の話をお聞きして、「一歩ふみ出す勇気」という言葉が心に残っています。一歩ふみ出す勇気で、世界を変えられると思いました。私は、「パティシエール」になるという夢があります。思い続ければ夢は叶うということを忘れずに、夢を叶えたいです。 ★ 私には夢があります。でも、あきらめかけていました。片桐さんは、インドの子どもたちには、夢への入口さえもないと言いました。おどろきました。私たちには夢があって、一歩一歩を進んでいくと、夢へたどりつくのに、その入口さえもなかったらどうしようもない、そんな思いでした。だから、夢があるなら、逃げずに夢に立ち向かって、夢を叶えればいいんだ、夢をあきらめなくていいんだと思いました。
★ 私の将来の夢は、声優になることです。お話を聞く前は、声優になるためには東京に行かなければならないと思って、あきらめようとしていたけど、「夢は自由に持てる。逃げてはいけない。」とおっしゃって、私は、自分の夢の声優になる!というのに勇気をもらいました。だから、今からできることは、すぐ今から始めようと思いました。 ★ インドの子どもを助けることがとてもすごいと思いました。貧しいインドの子どもたちに、学校を作ってあげたのはすごいです。心に残った言葉があります。それは、「命はシャボン玉のようにはかない」と言ったことです。ぼくも命を支えたいと思いました。 ★ インドでは、貧しい人が多くて、一日一日を生きていくことで精いっぱいで、夜は寒いのに、うすい布きれ1枚で眠り、服も家もトイレもないと聞いて、日本では当たり前なのに、インドではそうでないということにおどろきました。世界では、そんな人がたくさんいて、日本は幸せな国だと思いました。片桐さんのように、困っていたら助けるということをたくさんしていきたいです。 ★ 講演はためになりました。自分のことだけでなく、他の貧しい子どもたちにも気づかうことが出来て、優しい人たちだなと思いました。貧しい子どもたちを支援するのは大変なことだと思いますが、どうして、そんなに続けられるのか不思議に思います。ぼくは、プロ野球選手になりたいです。その夢に向かって、これからもがんばっていきます。 ★ 私は、「思い続ければ夢は叶う」と、「夢は逃げない。自分が逃げているんだ」という言葉に心を打たれました。私は、将来、外科医になりたいと、ずっと思っていました。でも、その一方で、外科医は器用でないとだめだとあきらめている自分もいました。私は、やっぱり逃げていました。でも、お話を聞いて、私の夢は、外科医だ!と確信できました。大人になったら、外科医になって、多くの人を助けたいと思える2時間でした。 |