駐日インド大使ワドワインド氏講演会

「印日交流の未来」講演要旨

2013101日 イタリア軒サンマルコにて

 

印日関係が歴史上かつてない高みに達し、印日両国がパートナーシップをさらに深化させるべく新しい課題に直面している今、新潟の友人の皆さまの前で印日関係についてお話できることを大変嬉しく思います。新潟には初めて参りました。新潟とインドの間には特別な歴史的絆があるとお聞きしています。1954年、ラジェンドラ・プラサード初代インド大統領とジャワハルラル・ネルー初代インド首相が (インドでは藤井グルージとして知られている)藤井日達上人と岡田正平知事の要請に応えて贈った仏舎利は、当時の新津市、現在の新潟市にある秋葉山神社に祭られています。

 

2.本日は印日関係の未来について語って欲しいとのことでしたが、将来の印日関係がどのような形になるのかを理解するために、最初に二国関係が現在の状況に至った経緯を手短にお話ししたいと思います。

 

3.印日間の友情には精神的な親近感と強固な文化的・文明的絆に根ざす、長い歴史があります。現代において二国は、この古代から続く前向きな関係を、民主主義、個人の自由や法の支配といった共有する価値観を強化しながら受け継いできました。私たちは年月をかけて、これらの価値観を土台に、国の基本原則と現実主義の両方に基づいたパートナーシップを形成してきました。今日のアジアにおいて、インドは最大の民主主義国家であり、日本は最も裕福な民主主義国家です。いま現れつつある世界においては、主導的な立場にある民主主義国家は秩序と安定を確保する責任を大々的に担っています。その中で、印日両国が民主主義的価値観を共有し、これに準拠していることは、緊密なパートナーシップの強固な土台となっています。

 

4.古代インド文明の際立った特徴は、優秀な才能を生み出す学問の中心地として発展してきた点にあります。様々な文化と教育が交差する絶好な位置にあるインドに引き寄せられ、日本、韓国、中国、チベット、インドネシア、ペルシャ、トルコから到来した数名の学者がタキシラやナーランダといった学問の中心地を訪れました。「二つの世界」観を説く真言宗の教祖である日本の著名な仏僧、学者、詩人、芸術家の弘法大師・空海(734-835)は、ナーランダで学んだ中国人の学者から中国で経典を習い、「悉曇」(しったん:成就、吉祥というインドの梵語)というインドの概念を日本に紹介しました。インド政府は今、ナーランダ大学を様々な分野に関する国際的な研究拠点として再興しようという野心的なプロジェクトに取り組んでいますが、日本も協力国の一つであることを誇りに思っています。

5.最も初期の記録に残っている印日間の直接的な接触は,752年、奈良の東大寺において行われた、菩提僊那による大仏の開眼式です。その後近代にいたるまで、両国は思想、宗教、文化、商業、戦略的関係など多岐にわたる領域で、長い間接触を続けてきました。インドを愛する日本の皆様には、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ、ノーベル文学賞を受賞したラビンドラナト・タゴール、起業家J.R.D.タタ、独立運動の闘士ネタジ・スバス・チャンドラ・ボース、そしてラダ・ビノード・パール判事といった名前は特に知られています。

 

6.およそ1400年前の古代に文明的な接触を開始して以来、印日交流の歴史はさまざまな局面を経てきましたが、両国が敵対したことは一度もありません。この二国間関係は、イデオロギー、文化、領土などをめぐる紛争とは全く無縁だったのです。歴史的な軋轢がないという点は、私たちが良好な関係を保つ一助となるだけでなく、将来における二国間関係に繋がると言えます。これは比類を見ない二国間関係であり、相互的な尊敬の念は、互いに与えあう善意、そして困難に直面した時は相手に手を差し伸べるという気持ちに表れています。第二次世界大戦後、インドがサンフランシスコ会議に参加せず、1952年に日本の主権が完全に回復した後に日本と独自の平和条約を締結したことは、将来の印日関係の基調を定めました。国際軍事裁判において、唯一ラダ・ビノード・パール判事だけが異論を唱えたことは、今でも日本国民の心に深く響いています。

 

7.そういった意味で、印日平和条約の最初の条項が、このように始まるのも偶然ではありません。「日本とインド、そして両国民の間には確固とした永続的な平和と友情が存在すべきである」。私たちは実際に今日、この思いを大切にし、これを実現しようと努めています。

 

8.外交関係が樹立されて以降の10年間、印日関係は好調に推移しました。1957年の岸信介首相の訪印や同年の(お土産の二匹の象を携えた)ネルー首相の来日、1958年のラジェンドラ・プラサード大統領の来日、1960年の皇太子殿下(現天皇陛下)の訪印を含むハイレベルな相互訪問は、印日関係を新たなレベルへ発展させました。

 

9.この二国間関係の勢いは、その後の数十年間、停滞していました。日本の政治家による訪印は1961年の池田勇人首相以降、1984年の中曽根康弘首相まで途絶えていました。ラジーブ・ガンディー首相は1988年に東京を訪ねましたが、これはインドの政府高官による30年ぶりの来日でした。しかし、その間、80年代初頭にスズキ株式会社がインドに進出し、画期的な投資を行い、自動車業界、とくに乗用車の部門で革命を起こすという偉業を果たしました。それ以外の両国関係は横ばいでしたが、日本からインドへの政府開発援助(ODA)は途切れることはありませんでした。1991年財政危機に陥ったインドに、日本が他の少数の国とともに救済の手を差し伸べた時、インド国民は、日本が頼れる友人であることを改めて認識しました。その後、インドで経済開放政策が実施され、二国の企業間の往来に弾みがつきました。しかし、二国間に制度化された仕組みがなかったため、その前進は遅々としていました。

 

21世紀の戦略的融合性

101998年のインドの核実験で高まった緊張が解けてしばらく後、21世紀の印日関係は劇的な変遷を迎えることとなりました。二国間関係の領域をより幅広く発展させることが相互的な利益を生むという認識のもと、印日関係はこの十数年間、前進を続けてきました。森喜朗首相の戦略的なヴィジョンに導かれ、印日両国の首脳は、政党を問わず、二国が実質的な関与を深めることは利益につながると認識してきました。転換点となったのは、「21世紀の日印グローバル・パートナーシップ」が調印された、2000年の森首相による訪印でした。このパートナーシップは二国間が新たなレベルへと飛翔するための力を与えました。この森首相による訪印の後、印日関係は着実かつ急速な前進を続けています。

 

11.その後、このパートナーシップは2006年、マンモハン・シン首相と安倍晋三首相が調印した「日印戦略的グローバル・パートナーシップ」へと格上げされました。戦略的パートナーシップが締結されて以来、印日関係はニューデリーと東京で交互に行われる年次首脳会談により導かれてきました。これにより二国関係の勢いが保たれているだけではなく、将来の方向性も定められています。二国間関係の向上と年次首脳会談のメカニズムにより、印日間の経済的・戦略的関与は近年かつてないほどの進歩を遂げています。

 

1221世紀の印日パートナーシップを通じ、私たちは両国をつなぐ文明の絆を再発見するだけでなく、両国の補完性の活用にも注目しています。(i)両国は法の支配と自由市場経済に基づいた議会制民主主義国家である。 (ii) アジアにおける平和、安定、繁栄の推進に共通の利益がある。(iii) 両国ともアジア経済共同体、および東アジアサミット加盟国間の経済的統合を支持している。200612月、マンモハン・シン首相はインド議会において、この考えを次のように要約しました。「印日パートナーシップはアジアにおける利益と繁栄の孤を描く可能性を持っており、これはアジア経済共同体構築のための土台となるだろう」。

 

13.二国間関係は、(i) 戦略、安全保障の課題に関する調整を強化するための行動計画を含む防衛・安全保障協力 (ii) 包括的経済連携協定 (iii) 社会保障条約など、多様な分野で深化しています。また、二国間には念入りに調整された対話のメカニズムが設けられています(戦略対話、閣僚級経済対話、FOC,2プラス2安全保障対話、防衛政策対話、海洋安全保障、テロ撲滅、サイバーセキュリティ、軍縮、非拡散、ハイテクノロジー貿易、エネルギー対話等)。

 

14.印日の経済関係はたいへん実質的であり、急速に発展しています。印日経済関係については別のプレゼンテーションがありますので、ここでは詳しくは述べません。

 

15.今年後半、天皇皇后両陛下が国賓としてインドにいらっしゃいます。私たちインド国民にとっては特別な年になるでしょう。日本の天皇陛下、皇后陛下によるご訪印は初めてであり、インド国民はこれを心待ちにしております。

 

16. 今年5月、マンモハン・シン首相は年次首脳会談のために来日なさいましたが、これは画期的な訪問となりました。シン首相の、安倍首相を始めとする日本の主導的な政治家の皆様との交流は、友情の絆を将来に向けてさらに強化したいという印日双方の願いを反映するものでした。印日の首脳が共有するヴィジョンは「60周年を超えた印日戦略的グローバル・パートナーシップの強化」と題した共同宣言に表れています。

 

17.戦略的グローバル・パートナーシップの締結後、印日両国はアジアの地域的統合を目的としたオープンで包括的なアーキテクチャーを構築するため協力することを確認しました。テロ撲滅、軍縮、気候変動、国連改革などに関する協力も強化されています。最近開始された印米日三か国対話は、世界において主導的な役割を果たす3つの民主主義国家の戦略的融合性を反映しています。

 

未来のためのロードマップ

18. 印日関係の発展と深化を振り返ってきましたが、ここで将来について評価するのも興味深いでしょう。一部の批評家は日本の経済的な困難について指摘していますが、主要な産業国としての日本の重要性に陰りはありません。同様に、インドはルピーの下落で現在、通貨危機にあり、パニックに陥った市場関係者や懐疑主義者がインドの改革を問題視していますが、世界経済におけるインドの新興国としての重要性は、今も変わらずに世界で認識されています。今日、両国の状況について最も厳しい意見を持った批評家でさえも、世界、とくにインドから太平洋に至る地域における経済発展、平和と安定のためには、強力な印日関係が不可欠であると同意しています。

 

19.今日の変わりつつある世界の状況、インドで起きている変化、多極的世界における秩序、グローバライゼーションの中で生まれてきた課題や機会、印日二国が共有する幅広い分野における戦略的融合性、補完性とシナジーを鑑みると、今こそ私たちがこれまで培ってきた関係に新たな中身とダイナミズムを加味すべきであることは明らかです。繰り返しになりますが、インドのダイナミックな経済、若い人口、豊富な労働力と巨大な市場は、日本の持つ技術、製造、財力の卓越性と最適な相性であると言えます。

 

20.印日両国は今こそ戦略的グローバル・パートナーシップの精神に基づき、経済的関与の高まりが生み出す重要の増加を反映し、急速に変化しつつある地域的な安全保障環境を認識しつつ、二国間関係を拡張し、多様化させなければなりません。

 

21.「二つの海の交わり」という安倍首相が演説で使われた有名な表現は、まさに今の世にふさわしいものです。二国間の海洋安全保障協力は、拡張すべき優先分野の一つです。20126月、インド海軍と日本の海上自衛隊は第一回の海洋演習を行いましたが、これは新たな始まりとなりました。この安全保障協力の範囲は、非戦闘的軍事産業技術に関する相互交流以外にも、海賊対処、人道的救援、災害救助などの分野に拡大することが可能でしょう。

 

21.もうひとつ、二国が前進させるべき分野に、すでに交渉が行われている「印日民生原子力協定」があります。両国の国民には原子力に対する微妙な感情がありますが、協定の早期締結が経済的利益につながることは否定できません。

 

22.ともにエネルギー資源を持たないインドと日本は、エネルギー効率、再生可能エネルギー、気候変動などに関し技術提携を進めるべきだと思います。二国がエネルギー調達と価格設定に関して協調すれば、この分野における相互的な懸念を解決するのに大きく役立つでしょう。20139月のインドの石油天然ガス大臣の訪日中、二国はLNG価格設定に関する協力についての共同声明に調印しました。エネルギー資源を持たない両国にとっては、メタンハイドレードからのガス抽出も、また協働が可能な分野でしょう。両国がこの分野において共同研究を開始したことを嬉しく思います。日本はすでにインドで資源のマッピング・プロセスについて協力を行っています。

 

23.印日両国にとって、互いの進歩と繁栄は自国の利益につながっています。多様な部門において二国間の経済関与を積極的に追究することは、相互的な利益を生み出します。そういった意味で,すでに提案がなされたチェンナイ・バンガロール産業大動脈を開始させ、DFC(貨物専用鉄道)やDMIC(デリー・ムンバイ産業大動脈)などのインド国内で進行している巨大プロジェクトのプロセスを維持することは重要です。包括的経済協定(CEPA)の施行後も、両国間の貿易・投資は両国の潜在能力に見合うほどは拡大していません。インドはインフラだけでなく、ハイテクノロジー貿易の分野でも日本の投資を歓迎しています。

 

24.最後になりますが、印日両国は、戦略的融合性に添うかたちで、第三国および地域、すなわちアフリカやミャンマーなどにおける関与につき、協力を拡大すべきと考えます。

 

25.地域的な課題に関しては、インドはすでにアジアにおける安全保障アーキテクチャー(東アジアサミット、拡大ASEAN国防相会議、環インド洋地域協力連合など)を維持するために協力しています。また、二国は、経済統合に関しては、ASEAN主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日本が主導する東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)などに参加しています。この勢いを将来も持続し、安全保障分野で相互的支援を強化し、ダイナミックな経済連携を構築することによってのみ、印日両国は初めて、「アジアの世紀」の実現のため意味ある貢献ができるのです。

 

終わりに

26.インドは日本との友情を高く評価しています。両国は今、限りない可能性を秘めた二国間協力によって相互的利益を実現するため、努力を続けています。その目的は、二国間に政治的、戦略的な繋がりを含む永続的な絆を築いて持続的かつ象徴的な経済的関与を確保すること、そして最も重要な点として、二国の国民、とくに若者が互いの国についてより良く理解し、互いの良さを認識するための橋を架けることです。

 

27.今日、

インドと日本の利害関係は二国の枠をはるかに超えています。日本とインドが緊密に協力すれば、今世紀がアジアの世紀になることを確実にでき、平和で安定した、また平等で豊かな多極的な世界の実現に貢献できます。最後に、マンモハン・シン首相が今年5月の来日中におっしゃったお言葉を引用したいと思います。「印日パートナーシップの成功は両国民の繁栄のために重要であり、またアジア太平洋地域の未来の平和と安定のためにも不可欠であります」。

ご清聴ありがとうございました。