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  ★「ねむの木」を作った動機と、その背景 1 ★

「ねむの木」代表 小島 敏郎

2002年(平成14年)10月 5日



 平成10年9月私は、以前に作った子守唄の歌詞を他の一曲と共に、作曲家、牧野昭一氏の協力を得て 札幌で新曲として発表することができた。
何故、子守唄を作ったのか?
動機はまことに単純であった。
日本には、ブラームス、シューベルト、モーツアルトなど、外国の有名な作曲家の子守唄が知られている。
また、わが国にも、五木の子守唄や中国地方の子守唄など、その地方に長く伝えられ、 全国に知られている子守唄もある。
しかし、いずれの子守唄も歌として芸術的な香の高いものではあろうが、 赤ちゃんを眠らすために母親が歌う子守唄として、広く普及しているとは思えない。
教養を高めるための子守唄であっても、赤ちゃんを眠らすという本来の目的には余り役立っていないようである。
このようなことから、覚え易く、歌い易い、そして全国どこででも通じる現代語の、 いわば実用的な子守唄が必要でないかとの考えから、詞だけは早くに作っていたものであるが、 後年、たまたまチャンスを得て前記のとおり新曲「優しいママの子守唄」として発表したものである。

ところで、発表した平成10年頃から、赤ちゃんいじめが、新聞、雑誌、テレビなどに大きく報道されるようになった。
私が子守唄を作ったために、そのような報道に特に注意するようになったのが一因かも知れないが、 そればかりではなさそうである。
報道機関が、大きく取り上げざるを得ない程、深刻な問題になったのである。
日本社会はバブルがはじけ、人間が経済的にも、また精神的にも、貧しくなったため、 総ての分野で、モラル・ハザードを起こしている。
しかしなんであろうと、苦労して生んだ可愛いわが子をいじめ、果ては殺してしまうのか、 全く理解できない。
しかもわが国は、欧米に比べ母親による子殺しが、突出して多いと言われている。
そしてこの悲劇は、減らないで増えているのである。
書店や、図書館には、医者や、心理学者などの書いた立派な育児書が数多く並べられている。
驚いたことに、ソニーという世界的に知られた会社の名誉会長、井深大氏が、全く畠違いの「幼稚園では遅すぎる」 「0歳からの母親作戦」など、数冊の立派な育児書を出していることである。
しかも内容は、その道の専門家よりも説得力がある。
またアメリカでは、著名な心理学者のジュディス・リツチ・ハリスという女性の書いた「子育ての大誤解」が、 今までの常識を破るものとして、アメリカばかりでなく、世界的にセンセーションをまき起こし、 「三歳児神話」などの言葉と共に、賛否両論の意見が、激しく対立している。
しかし、子育ては「最も楽しい事業」(羽仁もと子)〈婦人之友、98年5月号>という論文もある。
人間社会で、最も重要な子育ての論理が、混沌としている。
これでは若い母親が、育児に迷うのも無理ないことかも知れない。それが悲劇の一因とも言える。
しかし、悲劇は、育児書を読む前に、いや、育児書とは無関係に起きているのである。

ベートーベンは、「音楽こそは、あらゆる知恵、あらゆる哲学よりも更に高い天の啓示である」と、 意義深い言葉を残しているが、子育ては、理性だけでは解決できない問題である。
音楽と言う感性に訴える道のあることを忘れてはならない。 赤ちゃん殺しの大半は、育児に疲れた母親が、泣きやまないわが子に手を焼き、理性を失ったいわば 「キレた.」状態が犯した結末である。気が付いた時はもう遅いというのが現実である。
泣くことは、赤ちゃんにとって、たった一つの意思表示であり、泣く原因は、いろいろあるのである。
それを理解できない母親が多い。最近「できちゃった結婚」という言葉がよく使われているが、親の資格のない親が、 社会に増えているようである。
アメリカのトマス・ゴードン博士が創案した、コミュニケーションを中心とした 「親業訓練法」が世界に広まり、日本でも近藤千恵氏が、親業訓練講座を開設し、 その指導を受けたインストラクターが全国的に活躍していることは心強いことである。
大いに注目されて然るべきである。

人間は、4か月の胎児になると、耳が聞こえるようであり、また、死に臨んでは、聴覚が最後まで残っているとのことである。 前記のとおり、ベートーベンは、音楽は、総てに勝る天の啓示であると教えているが、 感性に訴える音楽の力こそ、理性を失いかけている若い母親を救う神の恵みとも言える。
しかしこの大事なことが、まったく理解されていないようである。それは、若い女性の殆どが、 子守唄を知らないことで証明される。
私が、自分の年齢のことも考えず、子守唄と童謡の会「ねむの木」を作ろうとしたのは、 こういう危機意識があったからである。
百冊の育児書よりも、一つの子守唄が、若い母親に、心のゆとりを与え、優しい気持ちを取り戻すことができる。
やすらぎの歌を歌うことによって、赤ちゃんだけでなく、歌う母親も、心がいやされ、 わが子を見つめる眼差にも優しさが漲るのである。赤ちゃんにとって、母親の「おっぱい」ばかりでなく、 ときには、愛情という滋養に満ちた子守唄が必要なのである。(以下次号)






  
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