※ この話は古典読本108・「オーロラ」 の続篇になります。
  ただし当サイトでは、シベリア時代にはミロ様は想いを打ち明けていないので、この設定はありえません。
  仮想現実とお考えください。





  「 弟子たちは見た!



今年も暮れようとする12月31日にミロがやってきた。
「よっ! お前たち、元気にやってるか!」
山のような荷物の中にはきっと甘いケーキやたくさんの本が入っているに違いない。 このあたりで手に入るものといえば歩いて半日かかる村の小さな店で売っているプリャニキくらいのもので、おいしいことはおいしいけれど、ミロが持ってきてくれるアテネの夢のようなケーキの方が素晴らしく思えるのは当然なのだった。  ( ⇒ プリャニキ )
新年が来るからという理由で訓練を休むようなことはないけれど、ミロが来たなら特別だ。俺たちのすがるような目を見た先生が苦笑して訓練をそこで切り上げてくれたので、早めの三時のお茶は最近になくにぎやかなものになったのだ。それに続く夕食もローストビーフやテリーヌやマリネが盛り付けられた大皿が食卓を飾り、とても素晴らしいご馳走に俺も氷河もものすごく幸せだった。

夜中に目が覚めた。

   ………あれ?

よくわからない小宇宙を感じて覚醒したらしく、隣りに寝ていた氷河も目を開けて緊張している様子だ。
「氷河………なにか感じないか?」
「小宇宙のようだけど、ちょっと違うかな?」
正体をつかみきれなくて二人して黙り込んだとき、
「アイザック! あれを!」
氷河が棚に置いてある漆黒の球を指差した。 いや、それはもう漆黒ではなくて濃く淡く美しい光を放っているではないか。 驚いて起き上がり、そっと手を伸ばして抱き寄せてみる。
「あれ?なにか………見えてる。」
氷河と一緒に目を凝らして覗き込んでみた。 この球は半年くらい前に先生とミロが力を合わせて作ってくれたもので、二人の黄金聖闘士の空恐ろしいほどの質量の小宇宙が凝縮されて封じ込められているという代物だ。 暗いところに置けば中でオーロラがゆっくりと渦を巻いているように見えるのがとてもきれいなのだが、今夜の見え方はそれとは全然違う。
「………あ!」
俺たちは二人同時に息を呑んだ。
球の中に見えてきたものは先生の顔だった。 それも、今までに見たこともないようなやさしくて暖かくて幸せそうな先生の顔。
「これってどういうこと?」
「写真………じゃないよな………だって動いてるもの。」
「それじゃ、映画とか? まだ見たことないけど、こんなふうに動いているところを見られるんだろ?」
「ん〜………でも、この球は映画を見られるような作りじゃない筈だし………」
わけがわからなくてじっと見ていると、先生が目を閉じて深い溜め息をついたようだった。少し眉を寄せてゆるやかに首を振り、それから唇が動いて一つの言葉を形作った。

   ミロ………

「え?!」
音が聞こえなくても、そのくらいは唇の動きでわかる。 思わず二人で顔を見合わせたとき、もっと驚くことが起こった。
球の中の顔が今度は金髪で縁取られた、そう、ミロの顔になっている。
でも、昼間に見ていた俺たちのよく知っているミロとは違うのだ。 もっと大人みたいで男っぽくて、でもものすごくやさしそうで、目なんかまるで別人のようにきらきら輝いている。
「どうして、今度はミロが?」
まったくわけがわからなくなった俺たちを驚かせたのは次にミロがしたことだった。 ミロの唇が音もなく動いて、俺たちには一番馴染み深い名前をつぶやいたとたん、目を閉じたミロがキスをしたのだ。
むろん、球の外側で見ている俺たちにではない。 明らかに、それは名前を呼んだその相手へのキスで、そしてその相手は俺たちの先生で、その名前はカミュで!

   ………え?

もう声も出なかった。 ミロが先生にキスしてる? すると、最初に見たのはキスされる前の先生で。
もしかしたら、先生の目線で見ているミロが映し出されていて、そして、ミロが見ている先生が映し出されているのか??

そういえばこの球は二人の小宇宙の凝縮されたものだ。 互いに信頼し、相手を知りつくしているからこそできる技で、たしかにミロも言っていた。 心を合わせればきっと出来るって。
きっとこの球の小宇宙は、今も二人の心の動きをリアルタイムで反映しているのかもしれなかった。

   それが映像になって見えている………ということは……!

俺たちは同時に振り返った。 壁の向こうは先生の寝室だ。 いくら神経を研ぎ澄ましてもなんの小宇宙の動きも感じられないが、よく考えてみれば先生が一人静かに寝ているのなら穏やかな小宇宙が感じられるはずなのに、それが何もないというのがいかにもそれらしいではないか。 さすがは黄金聖闘士で、どんな状況でも完璧に小宇宙の拡散を封じておけるらしかった。
今現在、壁の向こうで行なわれていることに思いいたって、真っ赤になったときだ。
「アイザック! 球を見て!」
目を見開いた氷河が指差した。
なんと、長いキスを終えたらしいミロが身体を起こして肩越しに後ろを振り返り、口元に人差し指を当てたようなのだ。 ついでに言うと、このときのミロは上半身裸でなんとなくそれを予期していた俺を妙に納得させた。 そのミロの視線は背後の壁を見ており、その壁の向こう側には………俺たちがいるっ!
氷河がごくりとつばを飲むのが聞こえた。 俺の心臓も早鐘を打っている。うろたえて球に毛布をかぶせようとしたとき、氷河が俺の手をとめた。
「い………今のは、黙ってろ、って意味だよね………見るな、って言うつもりなら手でさえぎるようにするんじゃないのかな?」
「え………だって……」
そのときだ、俺たちの心にミロのテレパシーが呼びかけたのは。

   
お前たちも大人への階段をのぼっていい時期だ
   人を愛するということがどういうことなのか、この機会に見ておくがいい


その言葉の真の意味がつかめないままに、俺たちは球に映し出される情景を見つめることになった。 息を呑み、動悸が高まる光景を。

球は、あるときはミロの視線で先生の姿を映し出し、またあるときは先生の視線でミロの姿を映し出していった。 だから二人が同時にはっきりと映ることはないし、姿勢もわからない。 ただ類推するだけだ。
俺たちに見えたのは、たとえばミロの首筋に絡みつく先生の手。 その金の髪を梳くしなやかな動きが俺たちを驚嘆させ瞠目させた。 決然と凍気を高めて究極の技を解き放つときの先生の腕はあんなに力強いのに、その同じ手がここまでやさしくいとおしそうにミロをいつくしんでいることが驚きで、ただ見つめるしかできないのだ。
先生の手がミロの頬を撫で、やがてそれはあごの先から首筋をつたいおり、ミロのたくましい胸を何度もさまよってそのたびにミロは溜め息をついて先生に何度も口付けを繰り返していく。
そんなときのミロの眼差しはとてもやさしくて暖かくてまるで先生を包み込むようなのだ。 そして先生の視線はときおり宙をさまよい、横を向き、途中で気がついたのだがけっしてミロの腰から下を見ることがない。 ミロは俺たちが見ていることを知っているが、先生はそんなことを知るはずもなく、だからこれは俺たちにミロの身体を見せたくないからわざと視線をはずしてるんじゃなくて、もともとの先生の主義なのかもしれなかった。
「でも、どうして?」
声をひそめて氷河が言う。
「女の人なら恥ずかしくて見られないって考えそうな気がするけど、同じ男同士なのにそれはないと思うけど。」
「う〜ん、俺だってそんなのわからないよ。」
そして、ミロの目線も先生の腰から下を映し出すことがない。 これは俺たちに先生の全てを見せるつもりはないというミロの意思のあらわれでもっともなことだった。 そんなあからさまなことをされては俺たちも困る。 明日からの訓練でどんな顔をしていいかわからなくなるというものだ。
そんなことを考えていたら、球の中の動きが変わった。
先生の表情が苦しそうになり、息が荒くなったようだ。髪が乱れて目を閉じているところにミロが唇を寄せてゆく。先生の唇が幾度となくミロの名を呼び、のけぞらせた喉の白さが目を奪う。ミロのたくましい両手は先生の肩のよこで身体を支えているらしく、その間から手を伸ばした先生はミロの背に手を回しているらしかった。
ときどきはちらりとミロが映る。苦しいような嬉しいような複雑な表情をして、それでも目はいつでも先生を追っている。 肩の筋肉の盛り上がりが見事で、そんなところも先生とは違っていた。
「先生ってさ………まるで筋肉なんかないみたいに見える。」
「なんか女の人みたいにきれいなんだけど、俺の目がおかしいのかな?」
「いや、実は俺もそう見える………」
「やっぱり?!」

やがて静寂が訪れてそっと目を開けた先生がミロを見つめる眼差しに俺たちはぼ〜っとなった。 あまりに美しく、あまりにやさしい。 こんな人に訓練を受けていたのかと思うと不思議な気がする。
ミロが口付けてゆくとそのときだけは目を閉じるが、すぐに目を開いていとおしそうにミロを見上げている。 くり返しくり返しミロの名を呼び、身を揉み込むようにして抱きしめているのが見ているこちらを赤面させた。
息をひそめて見ていた氷河がささやくように言った。
「先生って………」
「ああ………」
「クールなだけじゃないよね………とっても情熱的だと思う、それがよくわかった。 人を愛するって、心を暖かくするっていうのかな………すごくいいことだと思うな。」
「ん………ちょっと、というか、かなりショックだけど……」
「でも、先生、すごくきれいだった。 あれには驚いた。」
「ミロもいい男だと思うぜ、先生をあんなに幸せそうに出来るんだもの。 それに、俺たちが球を通して見てることに気がついても、怒るどころか、大人の階段をのぼれって示唆したんだからな。 お前、あんなことできるか?」
「絶対にだめ! 恥ずかしくてできるわけないよ!」
「それに、人にしゃべられたら困るから秘密にするに決まってる!」
「ということは……!」
「うんっ!」
俺は大きく頷いた。
「ミロは俺たちを信用してくれてるってことだ。 他人にも言わないし、もちろん先生にもけっして言わない! 俺たちがそうするってわかってたから、あのまま見続けることを許してくれたんだ!」
「ミロって大人だ………」

球を見るともうなにも映ってはいない。 いつもと同じにきれいなオーロラの光が渦巻いているだけだ。 きっと二人とも目を閉じたのだろう。
興奮の気持ちが冷めやらぬまま、俺と氷河はベッドにもぐりこんだ。 思いがけなく先生とミロの逢瀬を見てしまい、頭が冴えてとても眠れるものではないのだ。
ふと気がついた。
二人が見ていたものがそのまま映し出されたということは部屋に灯りがついていたということだ。 確かに最初はついていたが、俺たちに見られていることを気付いたミロが消さなかったのだから、まるで照明の下で見られているのを承知の上で、というか俺たちに見せるつもりでミロは先生を愛したことになる。
ということは………球に何も映っていないのはもしかしたら単に明かりを消したせいで、実は二人ともまだ起きていてなにか俺たちには見せられないことをミロが先生にしていて………!

   さっきまで俺たちに見せていたのは、もしかするとお子様バージョンとか??
   ………あれが??!!

完璧に気配を断った隣の部屋からは小宇宙のかけらも流れてはこない。 なにとはわからないものの、もっと大人なミロのやりそうなことを考えてしまった俺はますます眠れないのだった。




     「う〜ん、お子様バージョンというか、ソフト&マイルドっていうところかな。あの場合のコンセプトは、
      清くやさしく美しくだろう。アイザックと氷河がカミュに幻滅しちゃいけないし、あらぬ妄想をかき立て
      るようになっても今後も修行の妨げになる。カミュを立派な大人だと認めさせ、なおかつその恋人の
      俺が圧倒的な大人でとても太刀打ちできないことを知らしめる。目的はそれだ。」
     
      
もしかして、見せ付けて優越感を感じたいとか、見られながらの逢瀬に憧れてたとかは?
      
「そ、そ、そ、そんなわけはないだろう!お、お、お、俺は絶対にそんな破廉恥な…!」
      
声が震えてますが?
      
「し、知るかっ!」