「ミロの講義」
朝の娯楽室は人もいなくて内緒話には都合がいい。
入り口の方を向いている安楽椅子に並んで腰を掛け、少し待っていると暖かいお茶が運ばれてきた。
「さあ、聞かせろ。」
「うん、ええと……」
どこからどこまで話すべきか、ミロにも判断がつかない。カルディアは全部を聞きたいのだろうが、はやぶさの飛行計画ではあるまいし、完全なミッションなどあるはずもない分野なのだ。人によって違うし、時代や国によっても違うだろう。そのほかにも民族性や宗教観や、それから体力、嗜好、それまでの人間関係、それらの全てが関わる重大事で…
「朝飯の時間までに済ませられるか?あまりデジェルやカミュを待たせるのも悪いだろう。」
「ああ、そうだな。ええと、まず、」
ちらりと時計を見るともう6時半を過ぎている。7時までには戻りたい。あまり遅いと二人が心配するだろう。
覚悟を決めなければならなかった。約束したのは事実だし、ミロが教えなければいったい誰に聞くというのだ?
まさかシオンには聞けまい?
先の聖戦を共に闘って243年後に甦り、心臓移植までしてもらって元気になって
教皇になっているシオンに最初に聞くのが 「男の抱き方は?」 なんて、口が裂けても言えないからな
それに俺の推測だが、たぶんシオンは面白がる!
あることないこと教えそうな気がする
童虎は真面目だからある意味聞きやすいかもしれないが、問題は童虎がこの道に詳しいかどうかだ
見かけは若いが、五老峰の大滝のそばでぽつねんと座り続けて二百有余年だぞ
ほとんど漢詩と水墨画の真っ只中にいた人間だ
その環境での読書といえば史記と論語と、くだけたところで三国志と水滸伝と西遊記
万が一、金瓶梅を読んでいたとしても、あれって男女の仲のことしか書いてないんじゃないのか??
だめだ、童虎には聞けない、聞かせられん
「ところで、カルディアは……男女のことは知ってるのか?」
「そりゃあ、基本だからな。ある程度は知っている。聖闘士の学問の素養として知識だけは教わった。もっとも実践が伴わなかったが。俺は戦闘第一主義だったからそんなことに気を回す暇はなかった。」
「ふ〜ん、そんな授業があったんだ。今で言う性教育ってやつかな。そうか……それではだなぁ…」
我知らず顔が赤くなる。酒でも飲んでいればまだしも、まったくの素面でこんなことを言うのかと思うと頭に血が昇る。といってこの宿のどこで酒を飲んでデジェルとカミュに見咎められずに一対一で話ができるだろう?
ミロの講義は困難を極めた。
「ええと……ともかく女を抱いてるわけじゃないからそのへんが違う。目的っていうのかな、……ほら、男同士だと子供ができないし。」
「ああ、そうだな。子供は無関係だ。」
「だから俺たちは女にするようなことはしないし、できないし。」
「うん、その通りだ。で?」
「で、生殖目的ではないが男は女とはまた違う快感を得るわけで。そこのところを追求することになる。ええと……わかるだろ?」
「手っ取り早く言うと、あれだろ、〇〇〇を刺激するってやつだ。」
「…ああ、まあそうだ、その通りだ。」
言いにくいことをカルディアがさらっと言ってくれたのには助かったが、いくらギリシャ語でも耳に聞くのも恥ずかしい。カミュとの間で今までもこれからも金輪際口にするはずのない言葉だ。
「手はわかる。だが、それだけでいいのか?手なんていつでも自主的にできるし。もっと普通とは違う特別なことをしたほうがいいとかあるのか?」
「ええと……他には…」
ミロの頭にあらぬ映像が幾つもよぎる。それと一緒にそのときのカミュの表情やら声やら、その他ありとあらゆることが払っても払っても脳裏に浮かんできて仕方がない。
「そりゃまあ、好きな相手にしてもらうほうが自主的なのより嬉しいに決まってるが。うん、そうだよな、俺たちは男だからほかにどうしようもないし。相手が女じゃないんだからな。」
「う〜〜ん…」
くそっ、言えないっ、どうしても言えない!
俺が言うってことは、カミュにそうしている、って告白するも同然で!
そんなことを俺が喋ったって知ったら、カミュはどう思うだろう……怒るし泣くし絶望するし……
黙りこくったミロが煩悶しているとカルディアが一人で結論を出した。
「要するに、お互いに相手にしてやればいいんだろ。これなら特別だ、一人じゃないんだからな。されながらしてやるっていうのはいい考えだな、うん。わかった、姿勢はその場で工夫する。」
一人で納得しているカルディアにそのほかのもっと重要な手段を教えるべきか、ミロの悩みはますます増幅した。今は教えなくても済むだろうが、この世界に住む限りはいつの日かその手の雑誌を手にすることもあるだろう。そうでなくても、カルディアとデジェルのことを感づいた誰かが、面白おかしくそんなことを話題にする可能性もある。
そのときに、あっと驚く性愛の技巧を知って愕然としたカルディアがどう思うか?
甦って最初にできた友達に秘密を打ち明けてもらえなかったと知って裏切られたと思いはしないだろうか。
思い悩むミロの苦衷にカルディアが追い討ちをかけた。
「俺って、いつ死ぬかわからないからな。デジェルを遺していく確率がどう考えても高い。生きている間にできるだけのことをしたいし、あいつにもしてやりたいんだよ。病院のベッドで寝付いてから悔やむのは御免だからな。俺は満足して死にたい。」
「ん……」
「ありがとうよ、今夜はそれでやってみる。」
カルディアが立ち上がった。
「あ……あの、カルディア…」
「なんだ?まだなにかあるのか?」
「あの…実は……もう少し話すことがあるから座ってくれるか?」
カルディア驚天動地の巻、始まり、始まり〜〜〜!
すみませんねぇ、当サイトではこれが限界です。
サ行変格活用と伏字が出ただけでもすごいと思います。