◇ 洗濯機 ◇

「あれって何だと思う?」
ミロとカミュがスキーに出掛けている間、飽きずにテレビを見ていたカルディアが指差したのは洗濯機のCMだ。 画面ではぐるぐる回る水流と、それに続いて抜けるような青空の下でどこまでも張り渡された何本もの洗濯干しのロープ、そしてそれに延々と干された真っ白なシャツが風にはた めいているのが目に眩しい。
『こんなに爽やかな白さ!』  とにっこり笑いながら同じような白いシャツをパッと両手で広げている若い女性はやはり白いサロンエプロンをかけている。
「だいいち、どうしてあんなにたくさん洗濯を干してるんだ?ほとんど聖域全員の洗濯量に匹敵するな。いくらなんでも溜めすぎだろ?この時代が物資が豊かなのは理解してるが 、贅沢すぎだな。」
あっさりとそう断じたカルディアは次のCMが始まると、
「あ〜、これが好きなんだよ、俺は!」
と相好を崩した。例の宇宙人ジョーンズのCMだ。画面では宇宙服をきて真っ暗な宇宙空間をふわふわと漂うジョーンズが宇宙船の中を覗きながら 「この星の住民は…」 に始まる含蓄の深い台詞を言っている。
日本に来たごく最初のころは番組とCMの見分けもできなかったし、それどころか日本人と外国人の区別さえ考えていなかったことを考えると、宇宙人ジョーンズを識別できるよ うになったというのはたいしたものだ。
この広告のシリーズに関しては、たまたま最初に見たときにそばにいたミロが缶コーヒーの広告であることを丁寧に解説してくれて、さらに宿の自動販売機まで連れていき微糖の BOSSを一緒に買ってカルディアをおおいに感心させた。テレビで広告している商品を実際に自分の手で買ったのが初めてだったのでこの経験はカルディアに強烈な印 象を与えたのだ。
それ以来カルディアはこのCMには並々ならぬ関心を持ち、新作が出るたびにミロかカミュを捕まえて、意味を解説させて悦にいっている。 未知の惑星地球にやってきた宇宙人という新しい概念を知ってみると、243年前から突然この時代に蘇った自分と共通するものを感じるらしかった。さて、そこでこの洗濯機のCMだ。
「さて?これはシャツの広告だろうか?」
「真っ白なシャツをあんなに買えってか?白いシャツなんてわざわざ教えてもらわなくても必要だと思ったときには買うんじゃないのか?いつの時代も基本だろう。」
「では、ええと、洗剤かも。」
「髪を洗うやつがシャンプーで、手を洗うのが石鹸かハンドソープだったよな。で、皿を洗うのがキッチン用だろ。服専用のもあるのかもしれん。もしかしてメガネを洗うやつと か、車を洗うやつとか、あったりしてな。」
「まさか!」
デジェルが笑う。実際にあると知ったらどんな顔をすることだろう。現代では用途に応じて洗剤の種類も多様化の一途を辿っている。

夕方になって戻ってきたミロとカミュに例の広告のことを思い出したカルディアが、
「なんの広告だかわからんのだが、」
と前置きして説明を始めると、
「それなら洗濯機だと思う。」
とカミュが言った。
「それはなんだ?」
洗濯機というギリシャ語はまだならっていないし、もちろん衣服を洗う機械があることさえ知ってはいない。離れから出した洗濯物がきれいに畳まれて届けられるのは、どこかの洗濯女が手洗いしているのだろうくらいにしか思っていない。
「機械が洗うって?ほんとか?」
カミュが洗濯機について説明してもカルディアは懐疑的だ。
「電気の力で水をぐるぐる回して服を洗う?そいつは笑えるな。冗談としか思えん。……え?水が勝手に出たり止まったりして勝手に洗う?有り得んな。水があふれるぜ!」
「それはコンピュータで制御して、」
「またコンピュータか。まるで魔法の言葉だな。その一言ですべてのことは解決か?それなら次の聖戦では俺たち聖闘士じゃなくてそのコンピュータに闘ってもらうっていうのは どうだ?」
「カルディア!そんなことを言ってはいけない!」
さすにデジェルが聞き咎めた。聞きようによってはアテナに対する諧謔とも受け取られかねない。しかし、カルディアとデジェルが自動迎撃ミサイルの存在を知ったらなんと言うだろう?コンピュータによる代理戦争というのが否定できない時代である。
「わかってるよ、冗談だ。」
「冗談なら最初から言ってくれるな。それにしても洗濯機という発想は面白い。それで済むなら寒い冬や身体の効かなくなった年寄りは助かるだろう。」
水の冷たい真冬の洗濯の辛さはデジェルも知っている。寒い土地で凍気を使って訓練するのとはまた別問題だ。
「時間的にも効率がよいし手も荒れない。シーツなどの大面積のものも手洗いよりきれいになると思う。」
「ふ〜ん、そう聞けば便利かもな。」
「実際に洗濯をしているところを見たいのだが、どこかにあるだろうか?」
「え?」
デジェルの質問にカミュが首をかしげた。当然のことながら離れには洗濯機などあるはずもなく、この宿もあまりにグレードが高いので泊まり客が自由に使う洗濯機などあるはずもない 。
「さて?洗濯機を実際に見られるところとはどこだろう?」
「俺に聞くなよ。自慢じゃないが当てはない。」
ミロに聞いてもそれは無理というものだ。

考えた末、美穂にきくことにした。
「洗濯機ですか?そうですねぇ……」
温泉街にはコインランドリーもあることはあるが、美穂の考えではこの四人が入っていって高機能の洗濯機の学習をするにはふさわしくないように思われた。想像するだけで場違いだ。
「それでしたら、辰巳さんにきいてみなければわかりませんが、わたくしどもの宿で業務で使う洗濯機もございますので、あれをお見せしてもかまわないか聞いてまいります。裏手にありますので申し訳ないのですけれど。」
「ふうん、ここにもあるんだ。もちろんそれでかまわない。」
通常は関係者以外立ち入り禁止の区画にもかかわらず、聖闘士にはできるかぎりの便宜を図る方針の辰巳が二つ返事で了解してくれたので四人の聖闘士は洗濯機の見学ができることになった。
「いろいろと物が置いてありまして申し訳ございません。」
そう言いながら美穂が洗濯室に案内してくれたのは翌日の昼食後である。 四人を案内するのならとスタッフが気合を入れて清掃したため、いつもよりずっときれいになっている。
「ああ、テレビで見たのと同じだ。」
「どうやって洗濯するんだ?この中に水を汲むのか?」
バケツで、いや、もしかするとカルディアは桶で水を何杯も汲みいれることを考えているのかもしれぬ。
「いや、壁から水道でつながっている。ここから水が供給されるのだろう。」
「機械が勝手に洗うっていっても、水があふれないように蛇口を開けたり閉めたりするのが忙しいな。」
そう言われてよく考えてみると、洗濯機の仕組みは、吸い込むだけの掃除機や、冷やすだけの冷蔵庫よりももっと複雑なようだ。
「では実際に洗ってみますね。」
あらかじめカミュと打ち合わせていた通りに美穂が何枚かのバスタオルを入れる。
「中に洗濯物を入れると機械が回り始めて洗濯物の量を計って水量を決めてくれます。」
「えっ!?」
ミロとカミュは聖域で洗濯機を使っているが、日本の最新型の洗濯機ではないので、かゆいところに手が届くような新機能に目を見張ることになった。
「このスイッチはなに?…え?タイマー予約で好きな時刻に洗い始められるって?ほんとに?」
「すると風呂の残り湯を給水してそれで洗濯をすることが可能だと?」
先代の二人に洗濯機を見せて感心させるはずが、美穂を質問攻めにしたのはミロとカミュのほうである。
「では洗濯だけでなくこの中で乾燥もできるのか?すごすぎる!」
「カビブロックとは? 槽洗浄とは?」
あまりに熱心に質問されたのでいろいろと思い出した美穂が、
「たしか最近では冷たい水を入れると汚れが落ちやすいようにあらかじめ温水にしてから洗い始める機能や、洗濯機の置いてある脱衣室を冷やすエアコン機能付きの洗濯機もあるはずです。」
と言ったのでそれがますます二人を唖然とさせた、。
「どうしてそこまでっ?洗濯機にエアコンを兼ねさせるっていうのは携帯にカメラを付け加えるのと発想が似てないか?さすがは日本人だな!」
「乾燥機能がある洗濯機なら、ヒートポンプの原理を応用したのかもしれぬ。それにしても驚いた!」
もはやカルディアとデジェルにはなにがすごいのかさっぱりわからない。
「30年位前には洗う槽と脱水する槽が別になっていて、二層式というのですが、洗ったりゆすいだりするたびに何回も隣の脱水槽に移していたのだそうです。それに対して、この洗濯機は一つの槽で全部済みますから全自動といいます。そして、もっと昔は脱水機能がなくて二つのゴムのローラーで洗濯物をはさんでぐるぐる回して絞っていたらしいです。」
「え?よくわからないが、それはどういうやり方だろう?」
「私もテレビでちょっと見ただけなので、あまりよくわからなくて。」
こんな調子で洗濯機見学会は、カルディアとデジェルを感心させただけでなく、ミロとカミュに日本の最新型の洗濯機の高機能っぷりを余すところなく見せつけた。

「ほんとにすごいな。」
「ガラパゴス携帯というのは知っていたが、洗濯機も十分にガラパゴス化しているようだ。」
「こういうのがクールジャパンか?実に驚いたよ。」
「驚かなくなったとき、私たちの日本人化が完了するということだ。」
「お前はもとからクールカミュだから。」
「ええと…」

「洗濯機もすごいが掃除機にも驚くな。ごみやほこりを吸い込んで部屋をきれいにするんだぜ。魔法使いの国か?ここは。」
「それどころかネットで無人の室内を勝手に動き回って掃除をしてくれる機械を見たこともある。ええと、なんと言ったかな?……たしか、ルンバだ。」
「ルンバ?」
「で、猫がその上に乗って掃除をするらしい。」
「猫が掃除をするのか?」
「そうしている猫の映像をたくさん見た。猫はきれい好きだから有り得るな。」
「ふ〜〜ん」

この国の住民は人も猫も面白い。




二層式洗濯機 → こちら
ローラー手絞り式洗濯機 → こちら 
    (ゴムローラーは劣化しているので使用不可なようです)

猫のルンバ → こちら