「ところで、酔芙蓉 (すいふよう) ってどんな花だ?」
「私も初めて聞く。 ネットで調べてみるのがよかろう。」
キーボードに向かって座り直したカミュは、すぐに目当てのページを見つけ出した。
「原産地は中国のようだ、招涼伝にはふさわしいな。 写真も豊富に載っている。
芙蓉というのはピンクの花だが、酔芙蓉は朝のうちは純白、時間が経過するに従って淡い紅に染まり、夕方
から夜にかけては紅になるそうだ。曇りの日などは染まるのが遅いらしい。
これは日光の量に関係している
のだろう。 花のいのちは短くて、一日で終わる。 花言葉は………」
カミュがなぜか読むのをやめた。
「ん? どうしたんだ? 続きがあるんだろ?」
横から覗き込んだミロが目的の箇所をすぐに見つけて、「ほう♪」 という顔をした。
「ふうん、俺が代わって読んでやるよ!」
「よせ………花言葉など、どうでもよかろう!」
「そうはいかん! 知識は、どんなときにも大切だぜ♪」
画面を切り替えようとするカミュの手を押さえ込んだミロが、容赦なく読み始め、カミュは思わず顔を伏せてしまうのだ。
「酔芙蓉の花言葉は 『 繊細な美・しとやかな恋人 』 、美人をたとえるときに、芙蓉の貌、芙蓉の顔
(かんばせ) ということがある。日本で一番美しいといわれる富士山のことを
『 芙蓉峰 』 と形容する。」
ミロがちらっと見ると、カミュの頬はすでに薄赤くなっている。 ほくそ笑みながら、ミロは朗読を続けることにした。
「中国の歴史上で有名な美人の楊貴妃が酒に酔って頬を染める様子を酔芙蓉の花にもたとえる。」
「……ミロ………もういいから……ほんとに……」
頬を色濃く染めて困りきっているカミュがいとおしくてならず、ミロは思わず口付ける。
「ねぇ、カミュ………太后の言ったことは当たってる………驚いたな、さすがに昭王の母親だけのことはある
ぜ……貴鬼が知ってたくらいだから、太后がそう言ったことは昭王も知っているに違いない。」
ミロの唇が首筋から白い肩へとつたいおり、カミュが気付いたときには、いつの間にか浴衣の襟元も緩められているのだ。
「ミロ………」
「紅綾殿の奥庭で咲く酔芙蓉なら、そうは人目に触れることもない……毎年酔芙蓉が花開き、夜に色濃く染ま
るとき、昭王は胸にあの玉を抱きながらお前のことを思っていたのだ……何年も…何十年も………………」
そっと畳に横たえたカミュを、やさしくミロがかきいだく。
「お前が俺の酔芙蓉だ……夜が来るたびに紅に染めてやろう……それが昭王の望みだったのだから……」
カミュの手がミロの首に回される。
「思いのままに……濃い紅に染めてよいから………私のミロ……」
やがて離れの灯りが消え、しのびやかな闇が訪れた。