「 ゴールデンウィーク異聞 」
あさぎ & インファ 共作
ゴールデンウィークといえば、これすなわち黄金週間である。
十二日間 日替わりで、今日はサガの日、明日はミロの日、明後日はカミュの日、ということになればよいと思うのは誰しも同じだろう。むろん、神官や雑兵たちも、ひそかに憧れている黄金聖闘士の日を待ち焦がれてどきどきであるのは言うまでもない。
それぞれの名前を冠した日の主要なイベントは握手会だが、いくら聖闘士の最高位に位置する黄金とはいえ、そこは聖域内の身内ともいえる立場なので、どこぞのタレントなどとは違い、CDなど買わずとも身分の上下なく握手ができる。
ただし、今日の 「カミュの日」 はミロのチェックがことのほか厳しい。握手に臨むカミュのすぐ後ろで目を光らせていて、一人につき0.1秒しか握手を許さないのだ。
気のいいアルデバランなどが、雑兵のおずおずと差し出した手をグローブのような大きな手でしっかとつかんでぶんぶんと力を込めて握り返してくれるのに比べると、カミュの握手はまるで羽毛がさわるような接触にしか過ぎないのだが、それでも普段は遠くから仰ぎ見ることしかできなかったアクエリアスのカミュと握手できるというのは聖域の片隅に居住する一介の雑兵にとってはそれこそ天から降ってきた幸運なのだった。
「おい、カミュ、握手も数が多いと手が痛くなる事もあるらしい。これを使ったほうがいい。」
「すまない、ミロ。」
ミロがカミュに絹の白い手袋を渡した。もちろん、本当はミロの独占欲のなせる業だが、品格ある絹の手袋はカミュにとてもよく似合う。
「カミュ様に畏れ多くも握手をして頂いたのだが、見たか?あの白い手袋を!なんと奥ゆかしく高貴であられることか!」
「あぁ、さすがは黄金様だ!明日はミロ様の行列へ並ぶぞ!」
神官が競えば雑兵も負けてはいない。
「聞いたか!今年は黄金様方12人制覇したら全員勢揃いのサイン入り特製ポスターが頂けるらしい!」
「なんだと!おれは休暇を返上する!この機会を逃す手はない!」
雑兵も神官も黄金聖闘士12人を制覇しようと必死である。
昼を過ぎてもカミュとの握手を希望する者が長蛇の列を作っているのを見たミロが眉をひそめた。
「お前、大丈夫か?」
「なんのことだ?」
「お前が長時間の握手会で疲れて倒れないかと心配で。握手してる間、ずっと立ってるし。ほら、貧血とか、めまいとか、立ちくらみとか。」
「心配無用だ。私はそんな蒲柳の質ではない。」
「いや、お前が倒れるっていうのはつまりだなぁ………」
「なんだ?」
「いや、この場では言いにくい。」
「はっきりせぬのだな。なぜ私が握手会ごときで倒れねばならぬのだ?」
会話の間もカミュは握手に忙しい。
「だって、この握手会に嫉妬して昨夜はちょっと気合を入れすぎたから、その疲れのせいでお前が握手会の途中で倒れやしないかと心配で。」
「っ……」
カミュの脳裏にあらぬ光景が浮かぶ。ミロの余計な心配を光速で振り払ったカミュが一層の熱意を込めて握手をしたので、その後はたったの0.1秒といえども手のひらが真っ赤になった者が続出した。
「ご苦労さん。すこし休めよ。」
ミロがカミュを連れてきたのは観光客のあまりやってこない静かな海岸だ。波の音が聞こえるだけで人影はない。
「ああ、これはよい。」
用意されたパラソルと柔らかいクッションのビーチチェアがミロの気遣いを偲ばせる。
「私は何人くらいと握手をしたのだろう?あまりに多くて途中からは数えるのをやめてしまったが。」
「聖域に居住する人間はほとんど来たんじゃないのか? まったく迷惑な企画だよ。」
「やむを得ぬ。お前が怒らなかったのに感心している。」
「あっ、それはないだろう?俺だってそこまで独占欲は強くない。」
「さあ、どうだか?」
「信用ないんだな、それならそれでいいけど。」
くすりと笑ったミロがカミュに軽いキスをする。頬を赤らめたカミュが目を閉じた。
そのときだ、遠く離れた岩陰でいつの間にか集まっていたパパラッチがいっせいにカメラを構えた。彼等の持つカメラの超望遠レンズは500メートル離れていても鮮明な画像を写し出す。ファインダーの中でミロとカミュがなにをしているかは一目瞭然だ。黄金聖闘士ミロとカミュに危機が迫った!
だがそのとき、リアルタイム時から黄金聖闘士に尊敬と崇拝と憧れの念を捧げ、とりわけミロとカミュの二人を暖かく見守っていた何人もの女性たちがパパラッチを取り囲んだ。
「お二人の写真をどうするおつもりですか?」
にこやかな微笑みと丁寧な口調だが、その目はカミュの技のように冷気を湛え、ミロのような鋭さを持っている。
「えっ……どうするって…!」
動揺するパパラッチたちを取り囲んだ彼女たちの小宇宙が無言で語る。
黄金に崇拝と敬愛を捧げる者たちならいざ知らず
下世話な欲望を煽るような週刊紙やインターネット等に写真を載せたらどんな目に遭うと思うの?
「もちろん、お分かりですよね?」
彼女たちの黄金聖闘士に捧げる愛はとても熱くて強い。パパラッチたちにもそれは伝わったものとみえ、あたりの空気が緊張をはらむ。次の瞬間、一人の女性が空手で鍛えた鋭い蹴りを披露して、それを合図にパパラッチたちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。これにて一件落着である。
そんなこととは知らないミロとカミュだったが、話は思わぬ方向に転がっていく。
この顛末を偶然目にしたのが魔鈴とシャイナだ。
実はこのパパラッチたちは聖域の雑兵たちで、黄金聖闘士と握手するだけでは物足りなくなってついにプライベート写真撮影の挙に出たのだった。ところが、いくら知らぬとはいえ、聖闘士としての修業もしたことの無い彼女たちが雑兵を蹴散らしたのには驚かされた。
「驚くじゃないか!ずいぶんな気合だね!」
「これはほうっておく手はないね、彼女達を女聖闘士にスカウトしようじゃないか!」
つかつかと歩み寄った魔鈴とシャイナが女性たちに声を掛ける。
「ねえ、あなたたち、いい話があるんだけどどうかしら?」
「え?なんでしょうか?」
スタイル抜群の魔鈴とシャイナは、もちろん相手が一般女性の時には仮面をつけていない。にっこり笑った二人の白銀が腕によりをかけて人材確保に乗り出した。
「おい、聞いたか? このごろ新顔の女聖闘士候補生が大量に来たそうだな」
「ああ、それなら知ってる。あれは日本から来たミロとカミュの親衛隊だそうだ」
「なんだ?そりゃあ?」
午後の紅茶を飲みながら話し合っているのはデスマスクとアフロディーテだ。さっきまで一緒にしゃべっていたシュラは訓練があるからと言って、闘技場へ出かけていった。
「なんでも白銀の女聖闘士がどこかでスカウトしてきたらしいね、このごろは辛い修業があると聞くと怖じけをふるってしまう子が多くて人材不足だったそうだが、勧誘の過程でミロとカミュの近くにも寄れる可能性を匂わせたら二つ返事でOKが取れたらしい。」
「ふ〜ん、そんなもんかね。なんであいつらなんだ?」
「妬いてるのかい?デス」
「ふん、ばかばかしい。女なんか邪魔なばかりだ。」
新しいタバコに火をつけたデスマスクがふーっと煙を吐いた。
「どうせ親衛隊を持つなら、俺は野郎のほうがいい。さばさばしていて扱いが簡単だ。」
「なるほど、君らしいね。」
くすくす笑ったアフロディーテが外の階段のほうに目をやると、二人並んで登ってくるミロとカミュが見えた。
「あの二人、親衛隊のこと、知ってるのかな?」
「ミロのやつ、きっとうるさがるぜ。」
「見物させてもらおうか。」
二人は興味深々だ。
『 きっとミロは うるさがる 』
しかし、そんなデスマスクの予想は外れていた。
なぜならば、女聖闘士候補生、すなわち親衛隊の彼女たちの幸せはミロとカミュ二人の幸せに等しかったからである。
ミロが勅命で聖域を離れているとき、彼女達は候補生とは思えないほど見事に気配を断ち、何気無い素振りでカミュを見守っていた。
「先日、こんなことがあったそうだ。」
そう話すのはシュラだ。
「カミュがアテネ市街の本屋に出掛けた時のことだが、身の程知らずにもカミュをナンパしようとした男がカミュの肩に手を置こうとした瞬間、とある日本人女性に飛び膝蹴りをくらい、五メートル先の噴水に落ちたらしい。」
「ホントかよ、怖ぇ………大和撫子とかいう言葉を老師から聞いたような気がするが、俺の気のせいか?」
「例外のない法則はないからな。 といってミロはもちろんフリーパスだから、なんの問題もないって訳だ。あの二人の関係はOKだそうだ。」
「ふうん、親衛隊ねぇ………まあ、俺には関係ないが。」
この時点ではたしかにデスマスクにはなんの関係もなかった。
新顔の女性訓練生がかなりの腕前であることはすぐに聖域中で評判になった。
「ふん!あたしたちの指導をなめないでもらいたいね。女だからって甘く見るんじゃないよ。そのうち星矢ともサシで闘えるくらいになるから楽しみに待ってな。」
シャイナが言うのも当然だろう。ミロ様命、カミュ様命を心に刻んだ彼女たちの熱心な修業っぷりはシオンをも驚かせた。
「たいしたものじゃな。よしっ、今月から聖域オフィシャルサイトの募集要項のトップには黄金をランダムに載せることにしよう。見学に来て正式契約を結んだ者には任意の黄金に聖域を案内させる特典付きじゃ。」
「ほう!そのときには、おぬしも引き受けるのじゃな?最高責任者自らが案内すれば候補者たちもいっそうのやる気が出るであろう。」
「馬鹿を言うな。わしはそんな面倒なことはお断りじゃ。童虎、昔のよしみでおぬしに任せる。」
「わしも歳じゃから面倒じゃなぁ。おお、そうだ、こんなときこそ老師になっているに限る。」
「えっ、おい、ちょっと待て!そんな格好をされては…!」
しかし止める間もなく、童虎は老師の姿に戻ってしまった。どう考えても一般受けするビジュアルではない。
「悪いのう、あとは頼んだぞ。万が一、年配者を好む者がいないとも限らぬので、しばらく五老峰に行ってくる。さらばじゃ。」
置いてきぼりにされたシオンは悔しがったが、いまさら261歳に戻る気はさらさらない。
「かまわん、ピチピチギャルが来たらわしが相手をするから、そのときに悔しがっても知らんからな。」
しかし、その後、やって来る若い女性はあいにくなことにシオンを指名してはくれず、必ずといっていいほどミロやカミュ、ムウやアイオリアといった若くて親しみやすい黄金を指名する。といって、男たちの指名もシュラやデスマスクに集中し、シオンにははなはだ面白くない。
「希望されてもわしは執務に忙しい。アルデバランに任せよ。」
悔し紛れに神官にそう言うと、執務室にこもってしまった。
「聖域オフィシャルサイト」
それは、知る人ぞ知る、隠されたサイトだった。なぜならば、無意識にでも小宇宙を有する人間しかたどり着く事が出来なかったからである。そして、シオンの鶴の一声により日替わりで黄金聖闘士がトップ画に現れたから大変である。
シュラやデスマスクを観た男たちは、「兄貴っ! 俺を漢にしてくだせぇ!」 と叫び、スポーツ青年達はロスリア兄弟の輝く白い歯と筋肉に憧れをいだく。僧侶や神官など宗教に属していた者たちはシャカを見てこれは天啓だ!と雷に撃たれた様な衝撃を覚えて伏し拝む。
あとは推して知るべしである。サーバーがパンクするには至らなかったものの、サイトで募集記事を見た者たちがこぞって応募してきたのだ。皆、身の回りの荷物だけを持ち直ぐにでもギリシャに飛び立つ気満々である。
かくて黄金にツアー引率の仕事が課せられ始めた。ミロとカミュもその例外ではない。
「おい、このごろ新規採用歓迎ツアーが頻繁すぎやしないか?」
「私も同感だ。」
「それに、アルデバランやデスマスクやシュラあたりはほとんどが男のツアー構成になってるのに、俺もお前もほぼ100%女性で構成されてる。」
「なぜだ?私は男の弟子しか持ったことがない。女性は女聖闘士の担当と決まっている。」
「お前が女の弟子を持つなんて論外だ。男の弟子だって持たせたくないのに。危なくてしょうがない。」
「なにか言ったか?」
「いや、べつに。」
なかなか大変である。
そんな二人の会話を尻目にツアーを案内される女性達は言う。
「まあ、スコーピオン様!なんてアクエリアス様はお美しいのでしょう!」
「けれどスコーピオン様だってなんて美形なのかしら!お二人とも麗しくって…お似合いだわ!」
「ぜひ、お二人のツーショットを写真に!」
そう言われればミロとカミュの二人も吝かではないのだ。
彼女たちの撮ったポートレートの出来栄えは評判を呼び、やがてシオンの知るところとなった。かくて公式サイト専属写真班の誕生である。
まずはじめにシオンは写真班を黄金聖闘士毎にチーム分けをすることにした。撮影する人間にも得意なアングルやジャンルがある。それぞれの黄金聖闘士の個性にあった人材を振り分けるのもサイトの品質向上に繋がり、それはまた教皇たるシオンの腕の見せどころであった。
彼女たち写真班は、自分の憧れ、尊敬と崇拝を捧げる黄金聖闘士をより素晴らしく、その魅力を最大限に写真に捉えようと最新の機種に私財を投資し、己の技量を向上させるべく努力を怠らない。勅命に向かう黄金聖闘士の写真撮影に遅れて、ついても行けない者はカメラマン失格なのだ。
それゆえ、写真班の人間は写真技術向上のみならず聖闘士訓練生としての訓練にも余念がなく、その熱心さにシオンは感嘆した。
「本当に魔鈴とシャイナは良い人材達をスカウトしてきてくれたものだ。」
なにしろ、ミロとカミュの二人の親衛隊な彼女たちを筆頭に、その聖域への忠誠心は半端な神官や雑兵等と比べ物に成らない程に篤い。決して裏切らず、訓練や業務には真面目で、更に聖域の為には努力を惜しまない。若い今時の小娘と違い、大人な彼女達は誠実で堅実。それぞれの得意なかつての仕事や分野を活かして聖域に尽くしてくれるのだ。
「シオン様、お茶を御持ち致しました。」
「うむ、すまぬな。……美味い」
「ありがとうございます。」
こうして持って来られる茶一つにしても、湯の温度から茶葉の種類や品質、淹れる茶器まで厳選されている。勿論、茶菓子も忘れない。しかも給仕してくれるのはむさ苦しい雑兵でなく、質素だが清潔感溢れ優しく細やかな気遣いをしてくれる女性である。
「全く、良い時代になったものだ。あの頃には考えられぬ。」
そんな彼女達の存在を気に入り、上機嫌なシオンがある日、オズオズと願い出た彼女達からの要望にすんなりと許可を出すのは自明の理であった。
「よくは分からぬが、そなた達は私をはじめ黄金聖闘士や聖域にいつも尽くしてくれておるからの。好きにパラ銀とやらを行うが良い。」
「きゃあ!シオン様、ありがとうございます!」
かくして聖域においてパラ銀が開催されることになった。
何故ならば、その愛ゆえに殆どのサイトの管理人達がすでに聖闘士訓練生になっていたからである。
「なあ、おい………18Rってありだと思うか?」
「笑止っ!!」
初めてのリレー小説。
相手のあっと驚く発想に負けじと続きを書いてゆくと、あれよあれよという間にこんな展開に。
自分ひとりではありえないストーリーが新鮮です。