「 紐 2」


”されたいことがあるんだろう? どんなふうにして欲しい?”

ミロは今までにもたびたびそんなことを言いかけてきて、答えることができない私を見て楽しんでいるようにも見える。
どうしてこの私に答えることができるだろう………抱かれていることさえ恥ずかしくて口もきけないことが多いのに。

”なんでも言ってみて……好きなようにしてやるぜ”

そんな………そんな恥ずかしいことがどうして言えようか。
訊かれているそのときにもミロの唇が指が私をまさぐり震えさせているのに、ほかのことを考えるなんて………。

長い間そう思ってきた私が、また同じことを訊かれたときに 「ほんとは………」 と言ってしまったのはなぜだったろう。
言ったとたんに自分でもはっとしたのだが、ミロもすぐにその言葉の持つ意味に気付いたらしい。 やさしく こと細かに聞き返されて、戸惑いながら自分の心を覗いてみた。

   されたいことって………私はほかのことを望んでいるのか?
   私はとても満足していて………ミロはとてもやさしくて………
   でも………なにかもっと………ミロをもっと好きになって………………もっと夢中になってみたい

   それに………ミロをもっと喜ばせたい………それっていったいどんなこと?
   ミロの望みはなんだろう? どうすればミロは喜んでくれる?
   いままでは私が されてばかりで………
   そういえば、私はミロに何をしてきただろう?
   口付けと抱擁と………そしてその口付けも、唇と首筋ばかりで他のところへなど………
   でも、恥ずかしくてできないと、逃げてばかりでいいのだろうか?
   ミロはあんなにたくさん私に口付けをくれて、そしてそれはとてもいい気持ちで………

   なにもしなさ過ぎる私………黙って、されてばかりの私………
   ミロに何かをしてやりたい  私の行為に歓びを覚えて欲しい  ミロに満足してもらいたい
   でも、どうすれば………?
   私に何ができるだろう?

「カミュ………されたいことがあるのに…言えないの?」

   ………え?
   あの、そうではなくて、お前になにかしてやりたいのに、なにをしてやればいいかわからなくて………
   でも、訊けない………
   どうしてそんな恥ずかしいことを訊けるだろう………何をして欲しい? なんて!
   
   胸に口付けることはできるだろう  それなら、今までにも何回かしたことはあるから
   でも、もし 「 触れて欲しい 」 と言われたら?
   この私にそんなことができるだろうか………そんな恥ずかしいことが!
   手を伸ばすのが恐い………できない、といって泣いたら、きっとミロはがっかりするだろう………

   ミロは私にあんなによくしてくれるのに 私はミロになにもしていない!
   ミロのためになにかをしてやりたい!
   でも、どうすれば?

「それじゃ、こうしよう。 俺が考えてそれなりに試してみるから、もしもいやだったらそう言って。そのままでよければ………それなりに。 ……どうかな?」

私が自問自答しているうちにミロがそう言った。
そうではなくて、私がミロに何かをしたいのだ、といえないでいるうちに事はその方向に進んで行く。

ミロがきれいな青い紐を手に取った。 何をするのかと思ったら、あっという間に私の手首を締め付けないように気をつけながら結んでしまったではないか。 何がなんだかわからないでいるうちにミロは紐の端をヘッドボードに固定してくすくす笑う。
「あの、ミロ………これは?」
「だから、お試しだよ。 やってみなきゃわからないだろ?」
ミロが私の胸に唇を落としやさしく愛撫し始めた。 とても恥ずかしくて、でも嬉しくてなんともいえない気持ちになってくる。
「いや………ミロ、ミロ………ああ……いやだから……」
でもミロはやめてくれない。 ますます楽しそうにして、もっと私に恥ずかしい気持ちを起こさせるようなことをする。
両腕の自由を奪われていると、なんだか自分が辱めを受けているような気がして、その倒錯感が身体を熱くするようだ。

   これでは私は……まるで………まるで陵辱されているようで…!

相手がミロだからそんなことはけっしてないのだけれど、もしも………もしも他の人間にされているのだとしたら………?
頬がかっと熱くなり、そんな不条理なことを考えてしまった自分をおおいに恥じた。
ミロなのだから何をされても許せるのだ。 ミロは私で、私はミロで。

「そんなにいやなの?………それならこういうのは好きかな♪」
好きか? なんて訊かないでほしい。 ほら………こんなふうに頬がほてり身体が震えてしまうから。 ミロにそうされるのがとても好きだけど、とても言えない。 そう思っていると知られるのが恥ずかしい。
ミロの舌が丁寧に私の感覚を呼び起こし、その間も繊細な指が私の動かせない腕から脇腹へと伝い下りてくる。
「ミロ………やめて………いや……いやだから………ミ……ロ…」
自分でも驚くような甘い声が闇をつたう。
唇を得られなかったもう一方のそれをミロの指が探し当て、甘くやわらかく揉まれてしまう。
ほんとにどうしてミロの指はそんなことができるのだろう? 真紅の衝撃を撃つ指先が、どうしてそこまで私をよくできるのだろう?
身体が燃えるようで、ミロの手を押しのけたくても拘束されている手が動かない。 抑えようと思っても自然に悶えてしまい、口をついて出る甘い吐息を聴かれてしまう。
「これは好きじゃないの?きっと歓んでくれると思ったのに…」

   好きだけど、とても好きだけど………ああ、ミロ………

とてもつらくて我慢できなくて、恥ずかしいほど身をよじってしまうのだ。
「好きなら、そう言って………言ってくれたら、いくらでもしてやるよ………ほら、こんなふうに……」
大好きなミロの長い指が唇が、私を探り 熱くする。 触れられているのは胸なのに、違うところが熱を帯び、それがますます私を慌てさせ困らせてしまうのをミロはわかっているのに違いない。
「ああっ………いやぁ……ミロ、ミロ……」
指の動きが早まった。
自然に背をそらし、その姿勢がミロの指をますます感じさせるがどうすることもできはしない。
求めている………私は快感を求めている。 背をそらすと快感が増すのを私の身体はわかっているのに違いない。
「………どう? いい気持ちかな?」
ミロが顔を上げて私を見た。 目がきらきらと輝いて歓びにあふれているのがよくわかる。

   歓ばせている! 私はミロを歓ばせている!
   嬉しい! ミロが歓んでくれている!
   もっと………もっと歓んで、ミロ!

「ミロ………お願いだから………助けて……ミロ………」
それでも口から出るのはそんな言葉で、私の思いを伝えることはできないのだ。

   いい気持ち………とてもとてもいい気持ち………こんなふうにされるのが好き!
   助けて欲しいけど、助けて欲しくない………もっとこのままで、いい気持ちでいたい!
   ミロ、ミロ、もっとして! もっと私をいい気持ちにさせて!

「愛してる、カミュ………愛してるから、とってもいいことをしてやるよ♪」

   え? いいことってなに? もっと気持ちよくなれること?
   して欲しい! ミロにして欲しい! 早く! 早く! どんなこと?

いったん私から離れたミロが身体をかがめてきた。 でもそれは胸ではなくて腰の方で………。

   ………え? ミロ………何を?

ミロの髪が最初に触れたあたりは、さっきから耐え難いほどに熱を帯びていた場所で。
そっと触れてきたのはたしかに唇で。
身体に震えが走る。
ミロが! ミロが私に触れている! 唇で、唇で、唇で!!
気が遠くなりそうで声も出せないでいると、伸びてきた手が胸に触れ始め、それだけでも身が震えるのに、もう一方の手が唇の幾度も触れてくるその場所のすぐそばをさわり始めた。 それはまるで風に吹かれた羽毛が触れるようなタッチでとてもやさしくて………。

   ああっ………いやぁぁ………ミロ…ミロ、助けて!
   だめ………だめだから……そんなこと………いやぁぁぁっ………

顔をそむけていても視線は無我夢中でミロの動きを追ってしまう。 波打つ金髪が静かに揺れてミロの息づかいと重なってゆく。
唇が触れている時間が長くなり、しっとりと濡れた舌までもがやわらかく触れ始めた。

   ミロ!………ミ…ロっっ!

不意に唇が離れたと思ったら温かい息に包まれた。 その息が熱くなる。 瞬間、私はなにが行なわれようとしているか悟り、頭の中が真っ赤に弾けた。
「いやっ!………いやだから……私は………ミロっ…」
瞬間的に身体をひねってミロの唇から逃れていた。 手首がちぎられそうでとても動き難かったが、そのときは気にもならなかった。

   ミロはどう思っただろう?
   きっと私をいい気持ちにさせようとしていたのに、私はその気持ちを振り払ってしまったのだ 
   ミロは傷ついただろうか………………そうだ! きっと傷ついたに違いない!
   でも、恥ずかしくてとても耐えられなくて………考えるより先に身体が動いて………
   恥ずかしい! 恥ずかしい! あんなことをされて、ああ、どうしよう………!
   
「カミュ、頼むから力をゆるめて! 俺が悪かったから!」
最初に聞いたのはその声だ。
ミロが悪いのではないのに、私がミロの気持ちを振り払ったのに。 さっきまで楽しそうだった私のミロが、今はすっかり蒼ざめて私の手首の紐をほどこうと必死になっている。
「カミュ、カミュ………すまない、気付かなかった………俺の大事なカミュ………」
初めて唇で触れられた興奮とミロの気持ちを裏切った後悔で頭に血が上って手足の力を抜くことができずにいるうちに、ミロがやっと紐をほどいて投げ捨てた。
「ミロ………ミロ………」
ミロの膝の上で抱きしめられながら、そのミロを歓ばせられなかった自分が情けなくて、涙があふれる。

   ずっと幸せそうに私を抱いて………あんなに可愛がっていてくれたのに………
   ミロ………私がミロを驚かせ、悲しませた………

「すまなかった。 もうしないから………どんなに痛かったろう………俺の大事なカミュ…」
手首の痛みなどほとんど感じなかった。 ミロをこんなに心配させた自分の幼さが身に滲みた。
背を幾度も撫ぜられて、長い指で髪を梳いてもらって、涙の頬に口付けをもらって、そうしてやっと私が落ち着いたときだ。
「あの………そんなにいやだった?………あのこと…」
ドキッとした。 ミロが気にしている。
違う! 違うのだ! 私がいやなのは、ミロの気持ちに応えられなかった自分のことで。

   どうすればいい? なにをすればミロの気持ちに応えられる?
   もう一度、ミロがあんなふうにしてくれたときに逃げなければいいのか?

   ………いや、それだけでは足りない………
   私はいつも されるだけで、ミロに自分から与えようとはしてこなかった
   これまでの自分を変えなければ、この先も同じことのくり返しになってしまう
   自分からミロを歓ばせねばならないのだ

   ミロは………自分もそうして欲しいのかもしれない……
   自分も気持ちよく思うから、私にもそうしようとしたのではないのか………??

「ミロは………」
「……え?」
声がかすれて聞き取りにくかったのだろう。 ミロが耳を寄せてくれた。
「自分にも……そうしてほしいと思っているのか?」
「えっっ!………あの………お、俺は…その……」
ミロの顔が見られなかったが、きっと真っ赤になったのだと思う。
それ以上の返事が聞けなくて、それで私にもミロの望みがわかったのだ。
頬がかっとほてり、それを冷やそうとミロの胸に押し付けた。
しかし、負けずに熱かったミロの胸の鼓動が大きく聞こえるばかりで、私の頬は熱いままなのだ。
そっと目を開けるとミロの胸が見えた。

   やさしいミロ………私のミロ………

こっそり手を動かして指を伸ばして触れてみた。 ミロがびくりと身を震わせる。
私はひそやかにそれをいつくしんでいった。
ぎゅっと抱かれたのがとても嬉しかった。