「 冷やす 」

                                                あさぎ & インファ   共作


「カルディアっ!!………ミロ!カミュ!早く来てくれっ、カルディアが!!」
ときならぬデジェルのテレパシーに驚いたミロとカミュが天蠍宮の居間に駆け付けてみると、これはなんとしたことだろう。
ソファーでデジェルに覆いかぶさったカルディアがぐったりと伏せており、それだけでもおおいに問題なのに、まずいことに二人とも何も身につけていなかったという驚愕の事実が二人をたじろがせた。
室温は高く、少しいただけでも耐え切れなくなるような蒸し暑さだ。
一瞬息を呑んだミロがすぐに窓を開けて新しい夜の空気を取り入れる。カミュはカルディアに駆け寄り首筋に手を当てて脈を確かめてみた。
「私は止めたのに!よせと言ったのに、ミロの話を聞いたカルディアが真似をすると言ってきかなくて!」

   そういえばたしかに暑い夜にエアコンをつけないでカミュを抱いた話をしたことがある!
   そんなことを心臓が悪い奴がやるんじゃないっ!

なにかといえばミロに対抗心を燃やすカルディアならやりそうなことだ。そっと引き起こしたカルディアの身体が燃えるように熱い。暑さと目のやり場に困惑しながら三人で協力してぐったりとしたカルディアを寝室に運ぶと、カミュとデジェルがものも言わずに冷気を使い始めた。室温を下げるのはカミュの役目で、カルディアの心臓を冷やすのはもちろんデジェルだ。
「水を持ってきた!」
グラスを持ったミロがカルディアをそっと抱え起こして声をかけながら水を飲ませようとするが唇の端からこぼれてしまいうまくいかない。
「私がやってみる!」
部屋着を羽織っただけのデジェルが水を口に含むとカルディアに口づけた。どきっとして見守るミロとカミュのまえでカルディアの喉がゆっくりと動きなんとか飲み下すことができたときには張り詰めた空気が緩み全員がため息をついた。
「心臓は?」
「大丈夫だ。まだ拍動が早いが段々と収まってきている。熱もどんどん引いてきてる。」
「よかった!驚いたぜ。」
「……迷惑をかけてすまなかった………それに、あの、なんと言っていいか………」
デジェルが真っ赤になって口ごもるのも無理はない。情事の現場を見られたのだ。恥ずかしいなどといって済ませられるレベルではなかった。気が狂いそうなほどの羞恥と後悔が身を包む。
「気にしなくていいから……っ言っても無理だろうけど………俺達も、その……してたし。」
「ミロ!」
「…え?」
カミュが真っ赤になってミロを睨み、デジェルは信じられないといった面持ちでミロを見た。
「つまり俺とカミュもそんなふうなので、たった今まで宝瓶宮でカミュを抱いていた。急に呼ばれたので急いで服を着て駆け付けてきたけど、同じだよ。ただ、俺のほうが心臓が強かっただけだ。」
「そうなのか…知らなかった。」
「悟られないようにしてたし。ともかくこれでイーブンイーブンだから気にすることはない。」
「ん……ありがとう。」
何も知らないカルディアは静かな寝息を立てている。
「なんにせよ、これからはエアコンがあるときはちゃんと使ってくれ。むろんカミュみたいに冷気をうまく使ってくれてもいいけど。」
「え?そんなことを?」
「ミロ!」
思わぬことを暴露されたカミュが絶句した。それに、抱かれながらそれと平行して室温をコントロールするのはかなり熟練の技を必要とする。初心者にいきなりそれを要求しても無理だとカミュは考える。
カミュがミロの攻勢にもかかわらずスムーズに室温制御を行えるようになったのはごく最近のことなのだ。それまではうまくいっているようでも、ミロに翻弄されて我を忘れると妙に室温が上がってしまい汗ばむこともあったのだから。
「だからカミュ、デジェルにコツを教えてやってくれ。」
「えっ!」
カミュは耳を疑った。それはつまり、情事の最中の心構えや力の入れどころを事細かに説明するということで。
「だって、冷気の説明なんて俺にはできないからな。立場が同じなのがわかったんだから、そこは割り切ってやってほしい。」
「でも、あの…」
考えたこともない事態にカミュがたじろいだ。できることなら断りたい。そんな破廉恥ともいえることはポリシーに反する。
「カルディアは心臓疾患を抱えてる。俺達と違って明日がいつまで続くかはわからない。デジェルだってその不安を押し殺してるんだぜ。手を貸してやってほしい。どうかな?」
カミュがちらりとデジェルをみると、頬を染めてうつむいている。唇が震えて涙も滲んでいるようだ。カミュがおのれの感情で断れる状況ではなかった。
「わかった、力になろう。」
「すまない。償いはあとでまた。」
笑ったミロが目配せをする。

   償いって…?

同時に同じようなことを連想したカミュとデジェルが赤くなり、ついに照れ笑いをした。
「あの……すまない……ほんとに私は…」
「いや、あの……役に立てれば嬉しいから…」
こんな建設的な話し合いが行われたことなど知らないカルディアの平和な寝息が聞こえていた。

「そっ、それではデジェル…ちょっと良いだろうか?」
「あ…あぁ…」
「では、ミロ、カルディアを頼む。」
「ああ、任せろ。」
気を取り直したカミュがデジェルを誘う。どこかたどたどしい感じにカミュが声をかけデジェルと共に宝瓶宮に向かっていった。ミロに示唆されたとおりに宝瓶宮で他言をはばかる話をするつもりなのだろう。

   カミュとしても慣れた自分の宮の方がまだ話しやすいだろうからな。

二人の水瓶座があの行為に関する話をどんな風に話すのかとても気になる所ではあるが、こちらはこちらでやる事がある。
「全く…これも蠍座の性なのか…」
戦闘にしろ恋にしろ、まさに己すら燃え尽くさんとでもするような激しい衝動が身を焦がすということなのだろう。
「このまま燃え尽きたいと思う激しい衝動も熱も分からないではないけどさ……やっと一緒になれたんだから、もっとゆっくり二人の時間を楽しんでも良いんじゃないか?」
敵と闘っているのではないのだから無駄に命を使ってほしくないとミロは思う。
「俺だって、カルディア……お前と同じだ。だけど俺はカミュを哀しませることはしたくない、何一つ……お前だってそうだろう?」
眠るカルディアの髪をすきながら、珍しくも眉間に皺を寄せたミロが眠る先代の蠍に説諭する。
「こんなこと言っても意味がないな。聞こえるわけがないのに。」
自嘲したミロがため息をついたとき、カルディアがくすっと笑ったような気がした。
「あれ?もしかして……気がついてるのか?」
「……気がついてないこともない。」
「おいっ!」
「そう怒るな。せっかくのご高説をさえぎるのも悪いし。」
にやりとしたカルディアがミロに向き直る。
「都合のいいことにここには俺たちだけしかいない。デジェルがカミュに知恵をつけてもらってるんだから、俺も知りたいことがある。」
「知りたいって………何を?」
「効率的な愛し方だ。どうすれば余計に体力を使わないで最大の効果を出せる?熟練者の知恵を教えてもらおうか。」
「そ、そんなことはっ!」
「教えてもらえないと、また無駄に力を使って発作が起きるぜ。それでもいいのか?」
「それは……」
「さあ、教えろ。遠慮はするな。」
ミロが盛大にため息をついた。