時代考証 第二回
「もう第二回をやるのか?ずいぶん早いな、一昨日やったばかりだが?」
「なにしろ正編がすでに十一回まで進んでいる。師走というくらいだからな、急いだほうがよかろう。」
ほう、カミュが洒落をいうとは珍しい、明日は雪でも降るんじゃないのか?
いや、カミュにとっては雪が降るのは当然かもしれんな。
「玲霄殿(れいしょうでん)、これは造語だが、もとは西遊記の中の、天上にある天帝の公務をつかさどる玲霄宝殿からとったもののようだ。
語呂合わせ、ということだな。」
ふうん、よくわからんがなにやらご大層な気がする名前だ。
俺の、いや、昭王の紅綾殿はなにか特別な意味があるのか?
玲霄殿よりもそっちのほうが気になるな。
「十二殿八舎、喜べ、日本の平安京は七殿五舎だったそうだから、昭王の天勝宮のほうが規模が大きいようだ。」
……は?さらによくわからんが、大きいことはいいことだ、ということか。
「二十歳の賀、これは二十歳になったことを祝う賀宴、くだけていえば誕生日の祝宴のことだ。」
うむ、それはわかる。
なにしろ俺もカミュも、数え切れないほど20歳の誕生日を祝い合ってきたからな。
先日の俺の誕生日にはどうしたかというと、
カミュが素晴らしいワインを持って天蝎宮に来てくれて、二人きりで夕食を楽しんだあと、
酔いに頬を染めたカミュがあまりに魅力的だったものだから、俺はつい……、
いや、そんなことはいい、燕王の賀宴というからにはさぞかし華やかだったことだろう。
「蘭奢待、これは香木の名前だ。
この三つの漢字の中に、日本の有名な寺院である東大寺の文字が隠されているというので珍重されている。
正倉院御物の蘭奢待から勅許を得て切り取ったのは、足利義政・織田信長・徳川家康の三人だけだといわれている。」
「あまりよくわからんが……、
それはつまり、ゼウスの秘蔵しているワインを飲むことを許されたのはアテナとアポロンとアフロディーテだけだった、
といっているようなものなのか?」
ふうむ、ミロにしてはずいぶん面白い例えを出してきたな、
まあ、何かといえば極上のワインには目がないミロのことだ、当然かもしれぬ。
先日のミロの誕生日に持っていったワインもずいぶんと喜んでくれたからな、
そのせいで私もかなり酔ってしまい、そのあとミロに………、いや、先を続けよう。
「絹布に描かれた燕の地図、このころはまだ紙が発明されていないから布が多用されている。
竹簡、これは竹という繊維の固い植物を薄い板状にして文字を書きしるしたものだ。
腐りにくいため、昭王の時代以前のものも地中から発掘されている。」
ふうん、紙がないというのはいろいろと不便だったことだろう。
以前シベリアにいるカミュから珍しく手紙が届いた時は、嬉しくて、小さく折りたたんでふところに忍ばせておいたものだが、
そんな固い板みたいなものでは無理だろうな。
長い手紙だったらバッグに入れんと持ち歩けないってことじゃないのか?やはり、とんでもない時代のようだ。
「堆朱、これは朱漆を何回も厚く塗り重ねたものに花鳥・山水・人物などの文様を彫ったものだ。
中国では剔紅(てっこう)といわれ、宋代以降に盛んになったという。
宋といえば十世紀以降だから、昭王の時代とは大きく隔たっている、過ちだな。」
だからそれは、昭王の身の周りを豪華に演出したいという、ありがたい好意だとは思えないか?
いくら史実に忠実だからといって、素焼きの土器ばっかりだったら俺は悲しくなるが。
「茉莉花茶、これはジャスミンティーのことだ。この時代に飲まれていたかどうかは、残念ながら確認できなかった。」
いいよ、いいよ、だいたい茶なんてものは、その辺に生えている植物の葉を摘んで、
干すなり蒸すなりして飲んでしまえば、誰がやっても立派な茶だからな。
いつの時代から始まった、なんて特定は無理じゃないかと俺は思うがな。
「戦国の七雄、このあたりの記述は、まあ、妥当といっていいだろう。
いずれも実在した国だが、最終的には秦が他の六国を滅ぼすことになる。紀元前221年のことだ。」
面白くないっ、実に面白くないぞっっ!!!!
今や、昭王と俺は一心同体だからな。
いくら昭王の代より後のことだといっても俺の国も同然の燕を滅ぼす秦という国の王とは、いったいどんな奴なのだ!
この場にいたらスカーレットニードルをくれてやるところだが!どう考えても許せんな!
ムッとして考え込んでいるミロの気持ちが分かったのだろう、カミュがワインのグラスを目の前に置いた。
澄んだ赤い色が瞳に映り、ミロの心をなごませる。
カミュの唇がグラスに触れると、赤い色がひときわ濃くなったようにみえた。
「カミュ、昭王もワインを飲んだだろうか?」
「おそらく。シルクロードを伝わって葡萄が東方へ運ばれたのなら、ワインも東へ向かったことだろう。」
ふうん?シルクロードは、昭王の時代には確立していなかったのに?
ミロはそう思ったが、口には出さなかった。
昭王にワインを飲ませてやりたいのは、カミュも同じなのだろう、その心がミロには嬉しいのだった。
自分達がこうしているように、昭王もカミュと過ごせる時が来るのだろうか?
赤いワインをその口に運ばせてやりたい、とミロは心から願った。