第一夜   デスマスク


   日本に来て、こんなに驚いたことはなかった。
   「デ、デスマスクっっ!! どうしてお前がここにいるっっ!!!!」
   「どうして、はご挨拶だな。 ちっとも帰ってこないお前らを心配して来てやったんじゃないか♪」
   宿の玄関で既にスリッパに履き替えてニヤニヤしているデスマスクを見つけた俺は茫然とした。
   カミュは 「ほぅ!」 という顔をしながら悩んだ様子もなく玄関を上がる。
   どうして、そんなに平静でいられるんだっ、お前ってやつは!!!

   「だって、お前ら、ちっとも戻ってこないじゃないか、隣人としては心配するのが当たり前だ。」
   コタツに足を入れたデスマスクは、カミュが淹れた日本茶を当たり前のような顔をしてすすっている。

      くそっ! そいつは今朝まで俺だけの特権だったのに、なんでこいつがっ!
      貴様は、双魚宮でアフロの紅茶を浴びるほど飲んでりゃいいんだよっ!

   「それはすまなかった。 教皇庁には連絡しておいたのだが、他宮へは周知徹底していなかったのだろうか?」
   首をかしげるカミュは、この突然の闖入者に不快を覚えた様子もないが、俺は十二分に不快なんだぜ、どうしてこいつが
   俺たちの愛の巣に割り込んでくるんだっ?
   「しかし、コタツといったか? こいつはなかなかいいじゃないか。気に入ったぜ ♪」
   俺たちだけの愛のコタツだっっっ、くそっ、カミュ、お前、平気なのか???
   だいたい、今、デスマスクが座っている場所は、この間、俺がカミュを………
   「あれ? カミュ、お前、足を伸ばしてないのか? ふ〜ん、膝を曲げて座ってるのか。 それが、日本風ってやつか?」

      な、なんだと〜〜〜っっっ!!!!!!
      デスマスク! き、貴様っ、コタツの中で俺のカミュの膝にさわったのかっっ???!!!
      ゆ、許せんっっ!!!!
      それは、このスコーピオンのミロにだけ許された至上の特権なのだっ!!
      それを、よくもよくもっっっ!!

   「………それがよかろう。 ミロも、よいな?」
   「……え? なんのことだ?」
   怒りに燃えていた俺は、一瞬、話の行先がつかめなかった。
   「 せっかく日本に来たのだから、一晩泊まっていってもらおう。 この離れは6人まで対応できると聞いている。 デスマスク
    には、この八畳間に寝てもらえばよい。 こんなとき、コタツもふとんもモバイルなのは素晴らしく合理的だ。」

      そ、それのどこが合理的なんだっっっ!!!!
      やつがここに泊まるだと〜〜っ!
      不合理・不条理・不自然・不愉快そのものだろうがっ!!!!
      いいか、カミュ!! ここは俺とお前だけの愛の巣で、今までにどれだけの夢と想いを紡いできたと思ってるっ??!!
      そこにどうして他人を入れられるんだっっ?????
      お前は知らんだろうが、デスマスクのやつは、俺たちのこの日本行きのことを新婚旅行だと言って冷やかして
      くれたんだぞっ!
      そんなやつを隣りで寝かせておいて、俺はどんな顔してお前の横で寝ればいいのだっっ!!!
      やつの寝床は、牧場の厩舎の片隅の古藁の束で十分だ!!!!

   気がつくと、カミュが受話器を置いたところだった。
   「運がよかったな、デスマスク。 夕食の一人前の追加は大丈夫だ。泊り客にキャンセルがあったらしい。」
   「そいつはラッキーだ! 一度 、本格的日本料理を味わってみたかったからな。 そういうわけだ、ミロ、よろしく頼むぜ♪」
   視線で人を次元の彼方に飛ばせるのなら、このときのデスマスクは確実に牡牛座にあるカニ星雲あたりまで飛ばされたに
   違いない。

      おのれっ、こんなことならサガに弟子入りしてでもアナザーディメンションを会得しておくんだった!!

   デスマスクの持ち技に積尸気冥界波があることも忘れて俺がそんなことを考えてはらわたを煮え繰りかえらせている間に、
   カミュはやつに予備の浴衣を渡して日本の風呂の入り方の説明を始めている。
   どうせ今夜の家族風呂はカミュと一緒には入れんのだ。 それならいっそ、デスマスクのやつを家族風呂に追いやって、
   せめてその間だけでもカミュと………。
   「聞いただけではどうもよくわからんな? ミロ、一緒に入ろうぜ、日本の風呂は作法が難しいから教えてくれ♪」
   「それがよい、初めての風呂で湯を抜くなどの間違いがあっては、ここの主人に迷惑がかかる。 よいな? ミロ。」
   にやにや笑いながら立ち上がるデスマスクに腕をとられた俺は気が遠くなりそうだった。
   カミュがデスマスクと一緒に入るよりは百万倍ましかもしれんが、どうしてこの俺がデスマスクと〜〜っ!!!!
   日本に来て一番の厄日だった。


   夜になって、食事から戻るといつも通りにふとんが敷かれていた。ただ一つ違うところは、八畳間のコタツが端に寄せられ
   ていて、一組のふとんが敷かれていることだった。 同じ部屋に寝られてたまるものかっ、カミュの寝顔は俺だけのものだか
   らなっ♪ 世界遺産並みに守られねばならんのだ!
   「ふ〜ん、ほんとにベッドじゃないんだな! 話には聞いていたが実際に見るのは初めてだ。」
   「私たちは奥の間に寝るから、ここで寝てもらう。朝食は7時半だから、間に合うように起きてもらいたい。」
   「ああ、わかった。 ところで、少し寝酒をやってもいいかな? ミロ、少し付き合えよ♪」
   「えっっ?!」
   「日本の珍しい習慣のことなど話すのがよいのではないか?私は酒は不調法ゆえ、ミロの方が向いている。先に寝かせて
   もらおう。」
   カミュ〜〜〜っ!!!! 俺を残してどこへゆくっ!!
   
   1時間ほどして、上機嫌のデスマスクをやっとの思いでふとんに押し込んだ俺は、そっと襖を開けて寝床へもぐりこんだ。
   カミュはきちんと天井を向いて規則正しい寝息を立てている。 ほんとに綺麗な寝顔で、ともかくもそれだけはデスマスクの
   強襲から免れたということだ。 いつもはくっつけるふとんも、今夜は敷かれたままに50cmほど間をあけたままになってい
   る。 隣りではまだ起きている気配がして、何事もできはしないのだ。
   そっと溜め息をついて、行灯のやわらかい灯りにぼんやりと照らされている天井の木目を見るともなしに見ていると、カミュ
   がわずかに身じろいだ。 はっとしたとき、カミュの手がためらいがちに俺のふとんの中に伸ばされてきたのだ。どきっとして
   そっとその手を握ると、安心したかのような小さい吐息が聞こえてきた。
   そのまま、眠るまでの間、やさしく手を握り続け、ときおり指を絡ませていた。 カミュのやわらかい手のひらがうっすらと汗ば
   み、握り返す俺の手をとらえて離さない。 爪先で指の付け根辺りを軽くつねってやると、驚いたように一瞬震えて手を引いた
   が、すぐに俺の手を探し当て、同じことをやり返してくるのだ。 俺を求めてせつなげに絡み付いてくる細い指がいとしくて、手
   のひらを合わせ指を握りしめて互いを確かめる。 身体を合わせられぬ分だけ、さらに思いは強くなっていたのかもしれなか
   った。
   手のひらだけの会話はしばらく続き、その間俺はカミュの端正な横顔を眺めていた。見られているとは思わなかったのだろう
   か、ときおり深い息をつき、眉をひそめ、笑みを浮べたりもしたものだ。 やがてカミュの手が握られたままになり、何の反応も
   示さなくなったのを見定めてから、気取られぬよう気配を抑えて、力を失った手をふとんの中に押し戻してやった。

      突然のことで今夜は抱いてやれなかったが、明日はきっと……カミュ………

   心のうちでささやきながら、俺も目を閉じていった。


                        
                               いかがでしょう、「ミロカミュ in 十二夜」。
                               タイトルだけはシェークスピアを借りながら、この先を予想させる(?)展開に。
                               ギャグだった前半からうって変わって、締めくくりはちょっと珍しい黄表紙風。
                               ミロ様、少しは気が晴れたかしら?