「 カノンは見た! 」

                                                   あさぎ & インファ   共作


任務から一日早く帰ってきたミロがカノンと出会ったのは教皇庁で報告を済ませて長い石段を降りかけたときだった。
「よう!いま帰りか。」
「ああ、たいしたことはなかったな。おかげで早く戻れた。」
そのまま宝瓶宮に寄るつもりだったミロだが、カノンの目の前でカミュに会いに行くのもどうかと思い直してそのまま天蠍宮のエリアに入った。
「……あれ?」
予想外の気配にミロがたじろいだ。よく知っている小宇宙が漏れてくる。
「ふうん………ちょっと面白いな。」
カノンがニヤニヤとして奥に向かってゆくのを見たミロが慌てて呼び止めた。
「カノン!それはちょっと…」
「お前の宮だろ。それに昼間なんだから目撃されても自己責任って訳だ。まぁ、ぶっちゃけ、どんな事してるか気になるし。」
「でも!」
「気にするな。お前が行かなきゃ、俺だけで行くぜ。お前だって気になるんだろ?」
「う……」
ゴクリと喉を鳴らして視線を交わしたかと思うと、覗く気満々のカノンにつられてミロもよく知る自宮に忍びこんだ。
気配を潜め天蠍宮を進む。カノンはともかく、ミロは自宮ゆえに小宇宙を馴染ませれば良いだけなので楽である。それに蠍座はその性ゆえに気配を潜めて忍び寄るのは得意な訳で。

「なぁ、いいだろ…」
「でも私は……あっ、そんな……よ、よせっ………いけないから…」
「それならこれは?」
「あぁ……カル……ディア…」
天蠍宮の奥まった廊下に足を踏み入れたカノンとミロを迎えたのはカルディアの手練手管とそれに答えるデジェルの甘い喘ぎだった。留守の間は好きに使ってていいぜ、とは言ったがまさか昼間からこんな情景が展開されていようとはミロも想像もしていなかった。
「うわ……どうしよう…」
「いまさら逃げ出す気はないな。後学のために遠慮なく拝見しようじゃないか。」
「後学って…」
「お前には後学は無用か?少しは参考になるんじゃないのか?」
にやりとしたカノンにがしっと腕を取られてミロも物陰に引きずり込まれた。

   あ〜あ……本気でやってるし…

居間の有様を見たミロが嘆息した。さすがに寝室ではなく居間のソファーの上だ。
「い、いけない……カルディア…もしもミロが戻ってきたら……」
「大丈夫だ。帰ってくるのは明日のはずだし、ミロだってほかに行くところのない俺達のことはわかってくれてる……俺には今しかない。」
そうなのだ、心臓に不安を抱えるカルディアは明日まで待てない。それどころか夜を待つことさえできないくらいにデジェルを欲していた。
「でも…あの………」
しかしカルディアに遠慮という言葉はなかった。デジェルに想いを伝えるのに遠慮はない。
水瓶座をこよなく愛する蠍座のミロとしてはカルディアの気持ちは痛いほど分かる。

   俺だって…もしカルディアと同じ状況だったら………
   分かる…分かるぞ! カルディアお前の気持ちは!

蒼い眼に涙が浮かび静かにミロは落涙した。それに気付かぬカノンではない。

   えぇぇぇっ! 泣いてるのかっ、ミロっ?!

舌先三寸で神をもそそのかした世渡り上手のカノンもビックリである 。そのミロの情の篤さゆえに昔カノンも助けられたのであるが。

   「ここにいるのは我が同志、その名も黄金聖闘士双子座のカノンだけよ」
   あれは実によかった! 激痛に気を失いそうになりながらも、マジで感動したからな!
   と、とにかくミロ、落ち着け!

着々と進む、カルディアとデジェルの愛の仕草と男泣きするミロを見比べるのにカノンは忙しい。そのとき、カルディアがさらに大胆な行動に出た。

   ( カ、カノン! どうするっ!これはいくらなんでもっ! )
   ( 勿論、このまま見学させて戴こうぜ! 先代蠍座の腕前拝見だな!)

息を詰めるそんな二人の背後から、
「貴方たち、楽しそうですね。」
ムウが現れた!

「うわっ!なっ、なぜムウがここにいるっ!?」
振り向いたミロは大混乱である。ソファーではカルディアが本気になっていて、いかにもな気配と切羽詰まったデジェルの喘ぎが漏れ聞こえてくる。 聖域一詮索好きのムウをこれ以上ここにいさせるわけにはいかなかった。即断即決はミロの信条だ。
「ここは俺の宮だ!立ち入っていい人間は俺が決める!」
そう宣言するなり、ミロはムウの腕をつかんで白羊宮の入口にテレポートした。残されたのはカノン一人だ。
「…あれ?すると俺はこのまま見てていいんだな。」
腹を決めたカノンが注視するなか、姿勢を変えたカルディアがにやりと笑ったのが見えた。
「あっ…」
短い悲鳴が聞こえた。

そのころ白羊宮ではムウとミロが対峙している。
「いいじゃないですか!ちょっとくらい見せてくれたって!」
「俺が赦さん!」
「自分勝手ですよ、ミロ!」
「それは貴様のほうだ!」
やいのやいのと白羊宮で二人の黄金聖闘士が言い争い、あと一歩で千日戦争という状態でいる頃、天蠍宮ではカノンが目の間に広がる未知の世界を目を丸くしながらジッと鑑賞していた。

   ふうん………こいつはまた……

思わず呟きかけてハッとしたカノンが気がつくと、デジェルに注意を向けている筈のカルディアが眼を細めてこっちを見ているのに気がついた。ドキッとしたとき、カルディアが長くのびた爪を舐め上げ愉しそうに微笑んだ。

   ヤバい! ヤバい! ヤバいっ!

蛇に睨まれた蛙のように眼をそらせないカノンの頭の中で警鐘が鳴る!

   あの眼は獲物を見つけた捕食者の眼だ!
   そして、俺にスカニーを撃ち込んできたミロの眼だ!

カノンはかつて味わった痛みを思い出しすぐさま逃げようとしたがすでに遅かった。獲物を狙うカルディアから必死で目をそらしたカノンが逃げようと身を翻したとたん、カルディアの指先からリストリクションが放たれた! 金縛りにあったカノンの背後から忍び笑いが聞こえ、デジェルの喘ぎが漏れてくる。
「デジェル、どうだ?」
「カルディア…」
「誰も聞いちゃいない。好きなだけせがんでいいんだぜ。お互いせっかく生き返ったんだから精一杯のことをしてやろう」
「あぁ……」
それから壁を向いたカノンの耳に延々とに甘い睦言やらソファーの軋みやら、それはそれはありとあらゆる官能を刺激する響きがこれでもかこれでもかと飛び込んできた。最初はあらがって身をすくめていたデジェルがだんだんと大胆になるのが背中を向けているカノンにもよくわかる。
見えないだけに想像ばかりが先走り、おのれの体が熱くなる。カノンがもうこれ以上は耐えられないと思ったそのときだ!
白羊宮で不意に膨れ上がった強大な2つの小宇宙がぶつかり合った!
そうだ!言い争っていたミロとムウがとうとう実力行使に出たのだ!!

ドォォーーン!!!
鈍く重い爆発音がしたかと思うと石造りの宮が揺れ何処かでパラパラと小石が飛ぶ音もする。白羊宮と天蠍宮はかなり離れているのに相当な衝撃だ。
その瞬間リストリクションが解かれ、はっと気付いたカノンは天蠍宮の外に走り出た。
「ミロのやつ、派手に始めたな!」
はるか下の白羊宮から砂塵が上がるのが見えた。いつの間にか身なりを整えた先代蠍水瓶の二人も下を覗きこむ。
「ヒュ〜♪ミロ、中々ヤルじゃねぇか!爪が疼くぜ!」
「馬鹿!お前ならともかく、どうしてミロが?!」
そこへ宝瓶宮からカミュがやってきた。
「あれは白羊宮だな。ミロとムウがやり合うとは珍しい。」
首を傾げたカミュが石段を降りはじめた。
原因の想像がつくのはカノンだけで、白羊宮で一同が会したときになにが起こるか恐ろしい。カルディアとデジェルの濡れ場を見られなかったムウが腹いせにろくでもないことを暴露する可能性もあるのだ。
「あ、俺はちょっと用事があるから」
嫌な予感がしたカノンがその場を離れようとしたとき、カルディアにがっちりと腕をつかまれた。
「一緒に行こうぜ、ミロもきっとお前の話が聞きたいんじゃないか?」
「俺の話なんてべつになにもっ!」
「ふうん……じゃあ、ミロに聞いてみよう」
「そんなことはっ!
カミュとデジェルはかなり先を歩いている。カルディアがにやりとした。
「あれだけいいものを見せてやったんだ。これから先は俺の下僕になれ」
「なんで俺がっ!」
「言うことを聞かなきゃ、サガに、カノンに俺達の情事を盗み見られてデジェルがひどく傷ついてるって言ってもいいんだぜ。サガのやつ、どうするかな?」
「…っ」
「なんでもスニオンには気の利いた洞窟があるっていうじゃないか。」
「……わかった。」
カノン、全面降伏である。

カミュがクールに12宮の階段を下り、カノンがカルディアに下僕になれと迫られている時、白羊宮では貴鬼がアルデバランの後ろに隠れながら黄金聖闘士二人の争いを止めようと必死に声をかけていた!
「ムウ様〜!ミロォ!どうしてケンカなんかして…」
ドォーーン!
「うわ〜!だめですってば〜!」
貴鬼は必死で叫ぶが頭に血が昇った二人には届かない。
「いいじゃないですか!カミュへの優しさのひとかけらでも友人に回そうとは思わないんですか!」
そう言いながらムウが拳を振り上げたかと思うと、
「駄目だって言ってんだろ!お前はいい友人だが口が悪いのが欠点だ!」
ミロは軟らかい身体を活かし攻撃を避けると鋭い蹴りを繰り出し、そのたびに地面や宮は激しく揺れて轟音が響き渡る。
「ミロのけち!」
「何だよ!ムウの分からず屋!」
掛け合う言葉は幼少時を彷彿とさせ可愛いが、やっている事は聖戦時の冥界戦顔負けの激しい戦闘である。
バキッ!
小気味良い音が辺りに響きミロの身体が中に浮く。そして追撃しようとムウが跳躍した瞬間、空中で見事に回転し体勢を変えたミロが反撃してきた。
「喰らえ!」
一瞬の隙を突き、ミロのしなやかな身体から繰り出される鋭い蹴りを喰らったムウは、勢い良く吹き飛び白羊宮の柱に激突した。
「もう!痛いじゃないですか、ミロ!」
「俺も痛かったんだから、おあいこだろ!」
戦々恐々の貴鬼を抱えたアルデバランにも手の施しようがない。そこへカミュとデジェルが到着した。
「ミロ!なにをしている!」
カミュの鶴の一声にミロがはっとした瞬間、ガードがおろそかになりムウのスターライトレボリューションがヒットしたぁぁ!
「大丈夫か、ミロ!」
柳眉を上げたカミュがムウにいきなりオーロラエクスキューションを放ってまわりを驚かせた。ミロが負傷しかねない事態にクールの看板が吹き飛んだらしい。まさかとおもっていたムウがまともに喰らい、次の瞬間にシャカが登場した。
「ムウに手を出すとはけしからんな!カミュよ、私が相手になろう!」
ああ、突然のカミュvsシャカ戦の勃発である。
「そうはいきませんよ、これは私の闘いです!あなたは引っ込んでいてください!」
ムウが立ちふさがった。続いてカミュに放ったのはスターライトエクスティンクションだ。しかし、無数の星のきらめきがカミュを包もうとする寸前に美しい光彩と究極の冷気ががあたりを満たす。カミュのオーロラエクスキューションがムウの攻撃を相殺したのだ。滅多に見られない大技同士のぶつかり合いに一同がどよめきたった。
「ムウ!ここは私が魑魅魍魎を決めようと思っていたのだ。どきたまえ!」
「今、どける状態ですか!そんな話は一昨日言ってください!」
「ならばムウ、君も巻き添えになるが、それでもよいかね?」
「もちろん、嫌ですよ!何を勝手なことを言っているんですか!」
この不毛な言い争いにほんのわずかの隙を見出したミロがチャンスとばかりにシャカにリストリクションを放った。
「くっ! 私としたことが!」
素早く背後をとったミロがシャカの自由を奪い、その毒爪をシャカの頸にのばす。
「俺とカミュの連携は強いぜ。」
「シャカ!危ないっ!」
シャカの危機にはっとしたムウの右足が凍りついたのはそのときだ。アクエリアスのカミュ、やはりクールである。
ムウ&シャカ、最大のピンチ!

緊迫する四人の闘いを見ていたカルディアがカノンを振り返った。
「おい、カノン!ちょっと来い!」
「なんだ?」
カルディアに顎で使われるのは面白くないが、ここで怒らせたら、サガにあることないこと吹き込まれるのではないかと思うとカノンは言うことをきかざるをえない。不本意だがそばに寄る。
「お前、代わりに謝れ。」
「えっ?」
「黄金同士で私闘はまずいんだろ。これだけ好き勝手に小宇宙を燃やしまくってたら、サガが駆け付けてくるのは時間の問題だ。そうなったら根掘り葉掘り聞かれてデジェルがいたたまれなくなるが、俺としてはなんとしてもそれは避けたい。だから、代表してお前があの四人に頭を下げて謝れ。そうすれば年長のお前の顔を立てて双方とも手を引くだろう。あいつら全員二十歳の若造なんだろ?年上の指導力とやらを見せてもらおうか。落としどころってやつだ。」

  あ〜………なんて面倒な…

しかたなくカノンは頭に血が上って戦闘モードになっている四人に頭を下げてまわり、とくにシャカからは皮肉たっぷりの辛辣な台詞を浴びせられてかなり気分が萎えた。プライド剥奪である。
「そういえばカルディア、留守番を頼んで悪かったな。」
我に返ったミロが素知らぬ顔で言う。
「いや、なんてこともない。デジェルとのんびりさせてもらった。途中で客が来たみたいだが、無視させてもらった。わかるだろ?」
それと同時にミロの頭にテレパシーが響いた。

  (見せ付けるのも悪くないが、今度はそっちの番だぜ。俺たちばかりじゃ片手落ちだからな。)
  (えっ…でもっ…)
  (ばれなければいいんだよ。拒否したら、お前とカノンが俺とデジェルの現場を覗き見たってカミュに言い付けてもいいが
   どうする?)
  (う……)
  (そのかわり、今度は俺達のスペシャルバージョンを最後までたっぷり見せてやるから楽しみにしてればいい。)

にやりと笑ったカルディアがミロの背中をばしんと叩く。かくてWさそり座の愛の連携プレイはまだまだ続くのだった。