左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)

                 【歌の大意】     秋風の吹く夜空にたなびいている雲の切れ間から
                              さっと洩れ出した月の その光のなんと明るいことよ     


そのときカミュが目覚めたのはなぜだったのだろう。
けだるさの残る部屋はまだ暗く、明け方まではまだ時間があるようだった。
やわらかな暖かさに包まれてもう一度まどろみかけたカミュだが、ふと気付くと半身起き上がっている人影がある。
どうやらこちらをみているらしいそれは、もちろんミロなのだった。

   ミロ…………なにをしている……?

心に浮かんだ疑問を口に出そうとしたときだ、突然雲が切れ、冴え冴えとした望月の光が高い窓からさしこんできたのだ。

   あっっ……!

カミュは息を呑んだ。
月の光に照らされた身を覆うものは何もなく、しどけない姿を惜しげもなくさらしていたのではなかったか。
欠けることのない月の光が真昼よりも明るく思われて羞恥に身をすくめたとき、ミロと目が合った。

「………あ、起きちゃった?」
「ミロ……お前っ…!」
「別にルール違反はしてないぜ、灯りなんかつけちゃいない。」
ミロが、いたずらを見つけられたときの子供のような笑顔を見せる。
「し、しかしっ……」
「お前がなんと言おうと月は月だ。何億年も前から地上を照らしてる。」
 ミロは親指を立てて、天井の高い部屋の高窓を示した。
「あの窓から差し込む月の光がこの場所を照らすのは満月の夜をはさんだ数日だけだ。 わずか10分ほどに過ぎないが、その短い間は俺の……え〜と、俺の時間にしてたんだよ。」
「……そ、それのどこが短いのだっ!するとお前は今までにも……!」
そんな無防備な姿を見られていたかと思うと、顔から火が出る思いがするカミュである。
そう言っているうちにも、月が動いてミロの姿を浮かび上がらせ、カミュを困らせる。
「お前ね……気にしすぎ!顔をそむけすぎ!恥らいすぎ!……いや、恥らうのはいいんだが。」
くすくす笑うミロが、いつの間にかカミュの横に移動してきて肩を抱く。
「月は無心にお前を照らし、お前は静かに夢を見る。綺麗なんだぜ、ほんとうに。 昼の喧騒から離れてゆっくりお前を見てると、魂が震えるんだからな。 せめて10分くらい、俺に内省の時をくれてもいいんじゃない?」
「でも…………」
「そうはいっても、夏とはいえすでに夜風は冷たい。そこのところも考えて、俺の小宇宙でお前を大事に包んでおいた。なにか感じてた?」
 
   ミロの小宇宙が私を……………

困ったようにして頬を染めたのを返事と受け取ったミロが、優しく唇を重ねてゆく。
高窓から落ちる青い月の光が二人を染め、やがてそれも闇に沈んでいった。


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 秋風にたなびく雲の絶えまより もれ出づる月の影のさやけさ