秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる
                                古今集より     藤原敏行
               【歌の大意】   暦の上では秋が来ているのだが どうもそうとは思えなかった
                         しかし 風の音を聞けば もう秋なのだと思い知らされることだ

それは、俺がカミュを抱いてからしばらくたったときだった。
途切れることのない甘い仕打ちに耐えかねたように小さく声を漏らしかけたカミュが、はっと息を呑み身を固くした。
予定にない反応に俺が眉をひそめたときだ。

   人がいる…………

開いている窓を通して入ってきたのは、金木犀の甘い香りだけではなかったのだ。
外の庭の小道は広い庭へとつながっており、どうやらそこから泊り客がこちらへ足を伸ばしてきたらしく、小さい声でなにか話しているのが風に乗って聞こえてきたのだった。
恋人同士らしい二人の気配はその場から動かない。 幾つか置いてあった陶製の丸い椅子に、長居を決め込んだに違いない。

   まずいな………どうする……?

内心で舌打ちした俺が、柔らかく組み敷いているカミュを見ると、首筋まで赤くして緊張の極みといった様子で息をひそめながら顔をそむけている。
いくら二階の部屋といっても、夢中になれば声を聞かれないものでもないと思うと、こんな経験をしたことのないカミュの身体がこわばってしまうのも無理はない。
なにしろ、宝瓶宮も天蠍宮も、その広いことは一般の建物の比ではない。 いったん中に入れば、外の人間の気配など、よほど相手が攻撃的小宇宙でも燃やしていない限りは、届くはずもないのだ。
俺に抱かれるときに、近くに人がいるかもしれない、といった心配とはまったく無縁だったカミュが動転するのも、この場合当然だろう。
正直なところ、俺はかまわないのだが、この至近距離に人がいる状況でカミュが応じてくれるものか、俺にはわかりかねた。
しかし、こんなことで最後の金木犀の夜を無駄にしたくはないのだ。 それはカミュも同じに違いない。

ままよと思い、そっと様子を窺いながら再び首筋に唇を押し当ててゆくと、びくっと震えた身体が不思議と俺に快感を与えたのではなかったか。人目を気にしておののく有様が今までにはなかったことで、それが俺の気を高ぶらせた。
急な刺激を慎重に避けながらやさしく扱ってゆくと、いつもなら忍びやかにあえぐところを必死で耐えているのがいじらしい。
最初は、ほどほどに軽くしようと思いもしたが、こうなってくると却って力が入ってくるのは妙なもので、俺はいつの間にかカミュになんとかして声を出させようとし、対するカミュは声を出すまいと必死になっているのだった。

   少しくらい声を出してもいいんだぜ……外から風が吹いて来るんだから聞こえやしない

       そんな……そんなこと………頼むから……ミロ……私はもう…
   
   箱根の最後の夜だ……俺は思う存分 お前を愛したい……

       ミロ……ミロ………

やがて、俺の手を押しのけようとあらがっていたはずのカミュが、いつのまにか俺をかきいだき、新たな刺激を求め始めたではないか。
弱々しかった哀願の仕草が次第に要求に形を変え、消え入りそうに見えた表情が控え目ながらも歓びの色を露わにしていくことに、俺は目をみはっていた。
いつしか外の気配は途絶えていたが、それにも気付かぬ艶やかな髪がたたみの上に渦を巻き、俺も情念の虜になってゆく。

眠りに落ちる前の最後の記憶は、首に絡みつくしなやかな手と甘い花の香りだった。