あな可愛ゆ われより早く酔ひはてて 手枕のまま君ねむるなり |
若山牧水 歌集「海の聲(こえ)」より
【歌の大意】
なんとまあ可愛いのだろう
あんなことを言っていたのに先に酔ってしまって
手枕で寝てしまうとは
「だから俺は思うんだよ、だいたい人間なんてものは………」
返事がないのに気付いたミロが目を上げると、これはどうだ、さっきまで背筋を伸ばして相槌を打っていたはずのカミュがテーブルに突っ伏して寝ているではないか。
「おい、カミュ!カミュ……しかたないな。そんなに飲んでなかっただろ、お前………」
よろよろと立ち上がって肩を揺すぶってみたが一向に起きる気配がない。
そんなのは予定にないぜ、まったく!
舌打ちをしながらテーブルの上を片付け、正体のないカミュを寝室までかついでいく。
ミロの方も、そんなつもりではなかったがいささか酔いが回っていて、休み休み歩いていく廊下は思いのほか長かった。
やっとの思いでカミュをベッドに寝かせると、ミロは盛大にため息をついた。
「そういえば少しピッチが早かったかな……だいたい飲める量が限られてるんだから、自分でセーブしろよな。」
ぶつぶつ言いながらカミュの靴を脱がせ衣服をゆるめていると、カミュがなにかつぶやきながら首を振る。
え?なにを言ってるんだ?
興味を引かれたミロが顔を寄せ耳を澄ます。
「……あ……ミロ…私は…もう……これ以上は……そんなことは……困る……そんなことをいわれても……ああ…」
秘めやかに眉を寄せたカミュの長いまつげが震え、誘うが如くに半ば開いた唇の紅さが目を奪う。
ミロの頭から酔いの文字が消え去った。口元に笑みが浮かぶ。
「ふふっ、そういうことか、なるほどね…………。いいぜ、カミュ、お望み通りにしてやるよ。」
ミロの手の動きが早まった。
力を失っている身体を扱うのは思いのほか時間がかかったが、なんとか気付かれずにやり遂げた。
こんなことを好まないカミュなのは想像がついたが、今夜は特例だ。
なにしろ、無意識とはいえ、誘ったのはそっちのほうだからな………
論理を追求されたら困るというものだが、この際、論理性は無視することに決めたミロである。
意識がないはずのカミュの甘い吐息が、ミロを駆り立てていった。
翌朝の目覚めは遅かった。
すでに身仕舞いを整えたカミュがモーニングティーの声をかけ、ミロは赤面しながらベッドから出たのである。
気付かれたかもしれんな………なにしろ………
少し緊張しながら紅茶をすすっていると、カミュが口を開いた。
「ミロ………」
ミロの神経が跳ね上がる。
「昨夜、面白い夢を見た。」
「え?」
ドキッとしたミロの手がカップを持ったまま、空中で止まった。
なんだ? 自分も恥ずかしいので、夢に紛らわしてそれとなく俺にお灸を据えるつもりなのか??
「アテナ主催の 『アテネにおける日本デー』 が市内のホテルで開催され、私たちも招待されたのだ。」
「………なに?!」
「そこに並んでいる種々の日本産品のうち、和菓子、これは日本のスイーツのことだが、それを食べようとお前が誘った。」
ミロは唖然としながらカミュの顔を見つめている。
「日本の菓子は細やかでたいそう美しい意匠だった。私が感心すると、お前は親切にも私の持っているトレーに盛れるだけ和菓子を積み上げたのだ。」
カミュが非難がましくミロを見る。
ミロは予想を超える話の展開についていくのがやっとである。
「そんなに食べられないからこれ以上は困る、と私が何度繰り返しても、お前はニヤニヤ笑いながら、
『 和菓子だからいいじゃないか♪ 』 とわけのわからぬことを言いながら、次から次へと和菓子を盛り上げていた。
そういう夢だ。」
「あ………ああ……そうか……うん、それは迷惑をかけた。夢のこととはいえ、俺の配慮が足りなかったようだ。すまん、この通り謝る!」
もしかして、あの色っぽい台詞はこのことではなかったのか?!
あの台詞は、そういうことか!
なんて紛らわしいんだ!勘違いしても仕方ないぜ………
しかし、そのおかげで珍しい一夜を経験できたのだからな、終わりよければすべてよし、だ!
内心ほっとしたミロが少し冷めた紅茶を口に含んだときだ。
「それから、ミロ…」
「え………?」
「ああいうのは私は好きではない。知らなかったとは思えないが、次からは固く辞退させてもらう。」
固まっているミロを残して、カミュがトレーを持って立ち上がり居間を出て行った。
その目が笑っていたことを、独り残されたミロは知らない。
カミュ様の一見あぶなそうな台詞をどう解釈するか?
ミロ様、ああ、勘違い!(笑)。
今日、6月16日は「和菓子の日」。
それを記念しての小品になりました。
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