有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし

                                          古今集より    壬生忠岑 ( みぶのただみね )

                   【歌の大意】      有明の月が出るころには 貴方の元から帰らねばなりません、
                                私の心は、もっと貴方のそばにいたいと思っていますのに。
                                そのときから、暁ほど切なくつらいものはないと思える私なのです。
                                   


目が覚めたとき、どこかで鳥の声が聞こえた。

   鳥が鳴いている……もう朝なのか……
   …………ミロは?

全身で感じる隣の気配に、おそるおそる目を開けてみた。
「おはよう、カミュ」
いきなり青い目に出会い、あわてて目を閉じた。
心臓が早鐘を打ち、頭に血が昇る。
「あ、あの……私は……」
それきりなにも云えなくて、身体が震えた。
「カミュ………」
ミロの手に引き寄せられ、震えながらも精一杯身を固くする。
「大丈夫だから……大事にするから……」
一晩中くりかえした言葉をもう一度ミロはささやき、やさしい口付けをくれた。
「……私はもう……帰らなくては……あの…もう夜が明けてしまうから…」
小さい声でそう言うのがやっとで、わけもなく涙が滲む。
「ん……わかってる……でも、帰したくない 、もっとカミュと一緒にいたい……」
耳元で響くかすれた声が、私に昨夜のことを思い起こさせ、その一つ一つが私の羞恥をいや増してゆく。
かっと頬がほてり、熱が身体を駆け巡る。自分が自分でなくなったようで、二度とミロの顔を見られないような気がした。
「……でも、私は………」
声が震えて泣きそうになるのをかろうじてこらえた。
「カミュは帰りたいの?……俺と一緒にいたくない……?」
ミロの声に不安の色がある。
そうではない。 そうではないのに、喉がしめつけられるようで声が出ない。
「俺のこと……好きになってくれる?……… それとも……あの………嫌いに…なった?」

   そんな……違うことを一度に聞かれたら答えられないのに……
   「好きか?」 と聞いてくれたら頷けるのに……

返事ができなくて困っていると、ミロがうつむいて押し殺した溜め息をついた。 ミロも困っているのだ、きっと私よりも。
「今夜は……逢えない…かな?」
おずおずとミロが問い、私は今度こそ泣きそうになった。

   逢いたいのに……私はこんなにもミロに逢いたいのに…!

ミロが私にそうするように、ミロの背に手を回して自分の言葉で想いを伝えたいのに、私はこぶしを握りしめるばかりでなにもできはしないのだ。
「ミロ……」
私も勇気を出さなくてはならない、こんなに私を思ってくれるミロのために。
「今夜は………ミロが来て……」
とても小さな声だったが、ミロはたしかに聞いてくれた。
「ありがとう……」
それだけ言うと、私をもう一度抱き寄せて髪に口付けをしてくれた。
このままずっとこうしていたいのに、もっとミロに抱かれていたいのに、暁の色は容赦なく空を染めてゆく。
「今夜かならず行くから……待っていて」
安堵に満ちたミロの声が私の心を満たしていった。



                                
  

                  いつもの慣れ親しんだお二人を書こうと思ったら、
                  あれよあれよという間に、なんとはじめての朝のお二人に!
                  まあ、歌の功徳だと思ってください、カミュ様もかまいませんよね?

                  「ふうん、こうだったっけ? 俺ってずいぶん初々しくない?」
                  「最初から恋の熟練者なはずはなかろう。」
                  「それはそうだけどさ……誰が俺を熟練者にしたか知ってる?」
                  「あ……ミロ!」
                  「お前があんまり初々しいもんで、俺がリードしなきゃっていう気持ちが強くてね。」
                  「ミロ……ミロ………」
                  「だから俺を熟練者にしたのはお前だよ……ほら、こんな風に……」
                  「…………」