鄙びた宿とはいえ湯治場だけあって、温泉に関してはなかなか満足できるものがある。
川の露天風呂には驚かされたが、屋内の浴室もよいものだった。
「ふうん、これはいい!」
なにしろ泊り客は俺たちだけなのだ。 人目を気にせず入れるのでカミュも今夜ばかりはくつろげるというものだ。
ここの浴室は作りは古いが総ヒノキ作りで、浴槽にはかけ流しの湯がふんだんにそそぎ込み、低いふちからあふれ出した湯が常に板張りの洗い場を流れていく。
「ほぅ、なかなか贅沢なものだ。」
ここも灯りはランプだけなので、持ってきたそれを壁の高い位置に吊るしておいた。
やわらかいランプの灯りの中で湯を浴びる音だけが響き、いかにも静かな湯治場という風情が好ましい。
湯はどちらかというとぬるめなほうで、カミュとならんでゆっくりと身体を温める。

「どうだ? 悪くないだろう?」
「泉質もよいし、それに私たちだけというのが落ち着けてよい。 このヒノキの木肌もよい肌触りだ。」
日本に来るまでは木製の浴槽など想像もしていなかったが、慣れれば実に気持ちが良いのだった。
「あ…」
髪を包んでいたタオルがほどけて艶やかな髪が湯に広がった。 慌てて束ねようとする手をおさえ、
「いいじゃないか。 たまには髪も自由にさせてやれ。」
「でも……」
「きれいだぜ、そうは思わないか?」
「ん……」
湯の中でゆらゆらとする黒髪が艶かしくカミュの腕を肩をおおっては離れ、俺の心をくすぐってゆく。

やがて十分と思ったのか、
「先に上がっている。」
カミュが すっと立ち上がった。
いつもなら横を向いて、カミュが脱衣室に姿を消すまでゆっくりしている俺なのだが、今夜はミロの日だ。 続けて立ち上がり、カミュが振り向く前に後ろから抱きすくめる。
「あ……ミロ…なにを…」
「この湯も今夜だけだ………俺はお前を愛したい…」
あらがうカミュを軽くいなしながらそのままの姿勢でいつくしんでゆくと、もはや立っていられないのか甘い喘ぎを洩らしながらいとしい身体は崩れそうになる。
「立っていられないの?」
わかっていながら訊いてやり、あるはずのない返事は待たずにそっと洗い場に横たえてゆく。
絶え間なく流れる湯がカミュの白い背を、流れる髪をやさしく包み、ヒノキの柔らかな肌触りが心地よさを誘い出す。
「ミロ……こんなところで…」
突然のことにとまどうカミュだが、それほど抵抗しないのは誰も来ないに決まっていることと、一夜限りの宿だからなのだろう。
「こんなところだから抱きたいんだよ……」
横たえたカミュをそっと抱いてゆくと、十分に暖まっていた身体がおずおずと俺を迎え、しなやかな手が背に回された。
「……大丈夫かな? 寒くない?」
唇を重ねたあとで訊いてやる。
「背の周りを湯が流れているから………それに木肌も暖かいし…」
「……それだけ?」
続きをうながすと恥ずかしそうに横を向く。
「あの……お前の身体も……暖かい…」
満面に笑みを浮かべた俺はもう一度口付けていった。