「ブルークリスマス」


登別のこの宿は、純和風の作りのためもあって、クリスマスツリーをホールに飾るようなことはせぬ。
その代わりに、食事処に通ずる廊下の中ほどにあるちょっとした休憩場所から見える庭のモミの木に美しいイルミネーションがほどこされており、毎晩それを見るのがミロのこのところの楽しみなのだ。青と白の発光ダイオードで冷たくも華やかに彩られたツリーはミロのお気に入りで、初めて見たときには先を歩いていたカミュの腕をむんずとつかみ、かなり興奮したものだ。
「おいっ、あれを見てみろ! 聖域じゃとても考えられんっ!あの青い光の美しさはどうだ!!」
「ほう!これは素晴らしい!」
感動しながら振り返りつつ食事処に向かい、ツリー記念と称してシャンパンを開けたミロは食後には例のツリーが見える椅子にカミュと二人で腰掛けて飽かず眺めていたものだ。
「俺はね、点滅する灯りは好きじゃないんだよ、なんだか落ち着かない。 日本のクリスマスツリーに点滅するイルミネーションが多いのは残念だが、ここのはほら、点滅しなくて素敵じゃないか! それに青と白の冷たい輝きがいかにもお前の美しさを連想させる。 そうは思わんか? え?わからない? う〜ん、自分のイメージってのは本人にはピンとこないのかな、いかにもあれはお前だぜ。」
「なぜ、ツリーが私なのだ?」
あきれて問うと、
「青はお前の目の色で、白はお前の肌の色、そしてツリーの周りの夜空はお前の漆黒の髪の色。 あれは雪の中に立つお前だよ、なっ、そうとしか思えない!」
「よくもまあ、そんなことを……」
絶句するカミュにはかまわず、おのれの連想に得意げなミロである。
ツリーが飾られ始めた初日から今日のクリスマス当日までの間、ミロのツリー礼賛はやむことがなく、カミュをあきれさせ、また赤面させたのだった。

前日のイブにカミュの降らせた雪はこの宿にもやさしく積もり、ホワイトクリスマスの名の通りの白い世界を見せてくれている。
「ちょっとここで待っててくれるか? あと10分ほどしたら離れに来て欲しいんだが。」
「え? どうして?」
「いいから、いいから♪」
夕食を終えて離れに戻ろうとしたカミュを庭のツリーの見える休憩所に残したミロが一足先に姿を消した。 

   今度はなにを考えていることか………まあよい、あとのお楽しみとしよう

庭に目をやると、白と青に彩られたツリーに粉雪が降り積もり、なんとも美しい。 ひとり椅子に掛け庭を眺めているカミュの後ろを他の宿泊客が通り過ぎ、そのいずれもが窓に映るこの白皙の美青年にそっと賛嘆の眼差しを向けたことには、当の本人は一向に気付いていないのだ。

10分経ったところで立ち上がり、離れへ戻ると、玄関の中の小さい灯りはついているものの、手前の八畳間の電気が消されている。
「ミロ……?」
「もういいぜ、こっちに来てくれ。」
境の襖を開けたミロに呼ばれて奥の間に入ると、この季節に不釣合いな蚊帳が吊られていて、部屋の灯りはすっかり落としてあるのだ。
「いまごろなぜ蚊帳を?」
「うん、ちょっとした演出。」
顔をのぞかせたミロが蚊帳の裾を持ち上げて中へと誘い、首をかしげたカミュがそろそろと褥に横たわったときだ。
「あっ…!」
隣との境の襖を閉めたミロの姿が闇に沈み、暗い中でカミュが目をこらした瞬間、周囲が青い光で満ちた。
「ミロ……これは!」
「なかなかいいだろう。 クリスマスの最後を飾る俺たちのイルミネーションだ。」
数え切れないほどの青い小さな光が蚊帳の上面と側面に散りばめられて冷たい光を放ち、そのあまりの数の多さがカミュを瞠目させた。
「すごい……まるで星の海だ……なんと美しい…!」
「だろう?喜んでくれると思ったぜ。」
いつの間にかカミュのそばにひざまずいていたミロが、そっとかがみこみやさしいキスを贈る。
「ん……」
「目を閉じないで……今夜は星の海を眺めながら愛されてくれる?」
耳元でそうささやかれ頬を染めたカミュが小さく頷いたのを認めたミロが浴衣の打ち合わせにするりと手を差し入れると、そんなことを予期していなかったらしい白い身体がぞくりと震えたようだ。 迷いもせずに手を進めてゆくと、それにつれてみるみるうちに頬が羞恥に染まるのもミロの目を楽しませる。 抱かれぬままにじらされてゆく身のつらさがカミュをいらだたせ、ついに重い吐息を洩らさせた。
それを合図にしたかのようにミロの動きが早まった。
「青い光に染められたお前を見せてくれ……」
ミロの手が帯を解き、ミロの指が襟元をすべりながら打ち合わせを緩めていくと、徐々に露わにされてゆく柔肌が神秘の青に染まりミロを感嘆させる。
「素敵だ…もっと俺に見せて…」
「でも……ああ…ミロ………」
恥じらって目を閉じようとするカミュを、しかし今夜のミロは許さない。
「目を開けて俺をまっすぐに見て。 どう見える?」
見上げる目に青い星の中に浮かぶミロが映り、波打つ金髪が青い星で飾られているその美しさにカミュは息を呑む。
「とても……綺麗だ………星の中にお前がいる…」
見られていることを忘れたカミュが見とれている間にもミロの手は休みなく動き、やがてカミュが我と我が身に気付いたときにはミロの目的は達せられている。
「こんどは星の中のお前を見せて……どんなに綺麗なことだろう…」
ほの青い光に隈なく照らされたおのれの姿を恥じらうカミュが耳の中に響いた言葉の意味を咄嗟にはかりかねていると、どこをどうされたものか、次の瞬間にはミロの目に下から見上げられていた。

   あ……

きらきらと輝く瞳に青い星が映り、金の髪が青い光を帯びる。
「綺麗だ、俺のカミュ……なによりも輝く俺だけの星……」

   それはお前のことなのに……ミロ……お前こそ…

言葉にできない想いは、しかしこの夜のカミュを動かした。
星の海から珊瑚の唇が降りてきてミロの首筋から耳朶をかすめ甘い吐息をさざなみのように吹きかければ、 いとおしげに金の流れを梳く白い指は、夜毎歓びを与えてくれる唇をゆるやかになぞり喉元を過ぎ、しばらくのたゆたいを経てやがて秘められた想いをミロに示してその心をかき乱さずにはおかぬのだ。

   カミュ……

日頃はつつましやかなカミュが見せた思いもかけぬまめやかな仕草にたえかねたミロの腕が伸びていとしい人を引き寄せる。
「もう待てない…………青い海の中で抱かせて………」
「……ああ…ミロ……」
濃朱に濡れた耳朶を指先でもてあそびながら想いを込めてささやくと、甘い溜め息が待ちかねたように洩らされた。
抱き寄せればどこまでもたおやかにしなやかに身を添わせ、心を尽くした扱いの一つ一つにもはや歓びの色を隠そうとすることもない。
「ミロ…………もっと……もっと私を………」
「わかってる……カミュ……いとしい大事な俺の星…」
時を忘れて互いの想いを一つに溶け込ませ、海の青さに身を沈めていった、それは粉雪降る青いクリスマスの夜のこと。