カジュアル「落花」

 
 
    しかし、さっきのバラの風呂は実によかったな。 
   聖域にいたのではとても想像もできんが、 
   いやまったく、デスが新婚旅行といったのもまんざら間違いでもないってことだ。 
 
天井を見上げながら思い出し笑いをしていた俺は、ふと、部屋の床が一段高くなったところに置いてある花瓶に目をやった。 
 
   バラか…………バラねぇ…… 
 
俺が起き出した気配にカミュが身じろぎをする。 
起こしたかもしれんが、かえって好都合というものだ。
俺が淡いピンクと白のバラを抱えてくると、カミュが物憂げに俺を見た。 
「 ミロ………今ごろ何をするのだ?」 
「 まあ、黙ってみてろよ ♪」 
俺はくすくす笑いながら、寝ているカミュの毛布を剥ぐと、さっそくバラの花びらを撒き始めた。 
「 ミロ!!いったい何を考えているっ!」 
柳眉を逆立てて半身起き上がったカミュが毛布に手をかけるが、そんなことを許す俺ではない。

   そんなことをされちゃあ、予定が狂うんだよ ♪ 

「 だめだめ! さっき、俺の言うことは何でもきくって言っただろうが。」 
「 そんなことは私は…………」 
 
   言ったかもしれぬ……そういえば確かに……… 
 
赤くなって黙り込んだカミュに、俺は勝利の笑みを浮かべる。 
「 はい、納得したら寝る、寝る!」 
観念して横になったカミュが呆れ顔で見守るうちに、俺は全部の花びらを撒き終えた。 

   やっぱりだ、カミュの白い肌にはこの淡いピンクのバラがよく似合う。 
   俺としたことが、もっと前から気が付いてればよかったぜ、 
   アフロに頼めば、宝瓶宮でもお望み次第で好みの花色が手に入るんだからな♪ 
 
「 納得したらもうよかろう。茶番はいい加減にして、私は寝かせてもらう!」 
「 甘いな!」 
「 なに?」 
「 それはないだろう、カミュ。これだけのお膳立てをしたからには、もう少し付き合ってもらわなきゃな。」 
カミュが沈黙し、俺はかねてから考えていた計画を実行することにしたのだった。 
 

結果は上々だったと思う。 
カミュは俺のものになったし、俺もカミュのものになったのだからな。 
俺はきちんとリーダーシップを取ったし、カミュも満足したようだ。 
 
   ちょっときつかったかもしれんが、なんの問題もなかったな♪
   人間、決断が大事ということだ 
 
俺が暗い天井を見上げて、もう一度思い出し笑いをしているとカミュが俺の方をじっと見ている。
「 どうした?何か問題でもあるのか?」 
向き直ってまろやかな肩を抱いてやる。 
「 ミロ……私ばかりがバラの花にうずめられるというのは片手落ちだろう。 次の機会には、お前に真紅のバラを進呈したいのだが。」 
「 ほぅ! 俺は一向にかまわないぜ。相手がアフロでは命が危ないが、お前のくれるバラなら大歓迎だ!」 
にんまりとした俺は、ここでちょっと考えた。 
 
   まてよ? 俺に花びらを撒くのは簡単だが、そのあといったいどうする気だ??? 
   まさかカミュ、俺に………??!! 
   え? え?
   い、いや…俺としては一向に構わんが………しかし、そんなことがありうるのか? 
 
頭の中にありとあらゆるシチュエーションが浮かんでくる。
心臓が高鳴り、頬が緩んでいる俺の耳にカミュの声が聞えてきた。 
「 ……綺麗だろうな」 
「 …え? 綺麗って、何が?」 
カミュの青い目が意味ありげに光る。 
「 フリージングコフィンの中で真紅のバラに囲まれているお前だ。 喜べ、私の知る限り、最高の美の結晶といえるだろう。」 

………心臓の鼓動が止まったような気がした。 
「 ちょっと待てっっ、カミュ!!!! 悪かった、ほんとうに俺が悪かった!! あんなことをして心から謝る、すまん、許してくれっ!!」 
蒼白になった俺を見ていたカミュがやがて笑い出した。 
「 カミュ………」 
「 安心しろ、そんなことはしない。ほんとに嫌なら……あのときにすでにやっているだろう。」 
「 カミュ……その……俺……ひどかった?……やりすぎた……かな?」 
カミュが黙った。 
俺は、はらはらして返事を待った。 
「 ミロ……お前が私を好いてくれるのと同じで、私もお前が好きだ。でも……」 

   でも?………でも、なんだ?

俺は唾を飲み込んだ。 
「 もう少し軽いほうがいいかもしれぬ……」 
俺が青ざめたのを感じたのだろう、カミュが小さな声で言葉を継いだ。 
「 明日の乗馬に差し支えるのは困る……」 
「 カミュ!」 
今度こそ俺は、ありったけの優しさを込めて至高の恋人を抱きしめた。 
 
 
翌日は一日中の雨降りで、俺たちは牧場には行かずにすんだ。 
 
   世の中は上手くできてるじゃないか 
   雨の日も悪くないな…… 
 
「 カミュ、庭の向こうに綺麗な花が咲いてるぜ、見に行かないか?」 
俺はカミュに声をかけた。


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