この鎧は重すぎる 私にはとても  優しささえ伝わらずに 倒れるのはいや
  もう誰も貴方を攻めたりしない  そんなの早く脱いで

                                                      作詞 : 鬼束ちひろ     「 CROW 」 より


互いに聖衣を身につけているのは久しぶりで、ここ数日間はずっと緊張が続いている。
表面的には誰も平静でいるのだが、内面では小宇宙が激しく渦巻き、それに呼応した黄金聖衣が輝きを増しているのだった。

日が暮れてからやってきたミロは通り抜けてきた他宮の様子を話し、いつもと変わらぬシャカの瞑想ぶりやデスマスクが腕を奮いたくてうずうずしていることを私に教えてくれるのだ。 平時であれば聖衣など身につけているはずもなく、すぐに私を抱きしめてキスしてくれるのだろうに、今日のミロはさすがに緊張した面持ちでそんな様子は少しも見せぬのだ。
「みんな興奮を抑えようとしてるぜ、無理もない。俺だって血が沸き立つ思いだからな。」
違う。 私が聞きたいのはそんな話ではない。
「アテナとともにこの地上の平和を守る。 そのために俺たちは存在してきたのだ。 その意味を本当に知るのが明日かもしれない。」
それは、そんなことはよくわかっている。 でも、今の私がお前の口から聞きたいのは……。
「聖域中がいい意味で緊張してる。 8番目の宮の俺の出番があるとはとても思えないし、ましてやお前には残念だろうが、静観しているだけで終わるだろうよ。 どんな不可抗力があろうとも処女宮ですべては終わるだろう、なにしろあのシャカが…」
「ミロ…!」
もう耐えられなかった。 なんともいえぬ衝動に背中を押されて立ち上がった私はドアを開け、振り返ってミロを見た。
私を見たミロがいぶかしそうに目を細め、なにか言おうとして口をつぐむ。 そして、ミロはわかってくれた。

寝室の扉を閉めると、ミロは静かに私を抱きしめて額にキスをしてくれた。 私たちののヘッドパーツは唇へのそれをやんわりと否定するのだった。
「どうした…? お前らしくもない……」
「私は……」
それ以上、なにも言えずにミロのヘッドパーツに手を触れた。 輝かしい黄金の冠を幾度見つめ、羨ましいと見惚れたことだろう。 ミロの身に添う長い尾をどれほど愛でたことだろう。
「聖衣を纏うのは明日でよい……今夜はなにごとも起こりはしない……ミロ…」
それだけでミロはわかってくれた。
この部屋で聖衣を脱いでゆくのは今までになかったことで、私たちは互いに無言で一つ一つそれをはずしていった。 私はスコーピオンの聖衣を。 ミロはアクエリアスの聖衣を。
それは厳かな儀式のようで、とても敬虔な気持ちがしたものだ。
「来て………カミュ…」
ミロがしずかに私を誘う。
黄金聖衣を脱げば私たちは普通の人になれるだろうか?
否、それはない。 
それはないけれど、少しだけでもミロに近づける。
ほんのわずかだけ黄金の責務を忘れられる。

「カミュ、カミュ………愛してる………なによりも誰よりも………俺の命よりも愛してる…」
ミロの手が私をいだき、いつくしみ、あらん限りのやさしさで私を包む。 暖かい肌身がなつかしくて恋しくて、私もむさぼるようにミロを抱いた。
嬉しくて哀しくてわけもなく涙が滲む。
「………なぜ泣く?こんなに幸せなのに…」
ほんとに……私はなぜ泣いているのだろう……こんなに愛されて、こんなに幸せなのに。
「わからない………ミロ……もっと私を愛して……ミロ……もっと……もっと…」
今夜だけは素直な言葉が出てくるのはなぜだろう。
自然にミロを引き寄せて黄金の髪に手を差し入れていとおしげに唇を寄せられるのはなぜだろう。
自ら肌を合わせ、広い胸に吐息を添わせ、なによりもいとおしい身体を自分のものにした。 私をかきいだくミロの手が、押し付けられる熱い肌が、とぎれなく与えられる甘い言葉が、私を誘い惑わせ耽溺させる。
私は泣きながらミロを愛し、ミロはその私をなにも言わずに黙って抱き続けてくれた。
「ミロ……ミロ………愛してる……私はお前を………ほら、こんなに……こんなに…」
夜が更けるまで私はそればかりをくり返し、腕をからめ頬を寄せ、甘い仕打ちに歓び震えた。いつも通りにやさしいミロはそんな私をとても丁寧に扱ってくれて、そのやさしさが私をもっと泣かせるのだ。
「カミュ……俺の大事なカミュ………明日の夜には笑って抱かれてくれるか?」
私が目を閉じる間際にミロが耳元でささやいた。
「きっと………きっと……私のミロ…」

   明日の私は……きっと………

そう思ったら、わけもなく涙がこぼれた。




                        
鬼束ちひろでなにか書きたくなって、一つ目に見つけたのがこの歌です。
                        ………ぴったりだわ!
 
                        そして、書くつもりのなかった あの夜の話となりました。
                        すこし涙が滲みました。