「 エッセンス ・ 2 」            
                           ※  先に 「 東方見聞録・七夕 」 ・「 黄表紙・エッセンス 」 をお読みください。



「覚えてる?あの夜のこと…」
耳元でそうささやくミロの声が妙にふんわりと響く。

じわりと熱を持ったような手足はいうことを聞いてくれず、ミロのたくましい腕で抱き上げられた私はいつの間にかしとねに横たえられ肌を半ば露わにされていた。 私に触れているミロの肌や唇の熱さがあまりにも心地よく、目を閉じてうっとりとしていると、部屋の灯りを消して、と頼むのを忘れていたことに気がついた。
「ミロ………あの…」
唇までも熱を持っているような気がして次の言葉を探していると、暖かい手が私の首筋から胸へと伝い下りてきて、肌を愉しみいつくしみ、ゆっくりと行きつ戻りつしながらだんだんとその範囲を広げていくのだ。
いつもどおりの、でも常に新しく響く甘い言葉の蜜が私の身体に滲みこんで心の奥底まで溶かそうとする。

   いけない………灯りを消して、と頼まなくては………
   このままではミロに私を見られてしまう…………溶けた私を見られてしまう……早く………はやく………

そう頭の隅で考えているのに私の口はひらかない。

   見られている………きっとミロに見られている………………
   半ばひらいた唇も 仄かに色づくこの肌も 
   おののきながらその手に焦がれているのを知られてしまう
   はやく……はやく………灯りのことを言わなくては……

私をいつくしむミロの手はさっきより版図を広げているというのに、あらがうことを忘れた身体を恥じらう気さえ起きないのは酔っているからに違いない。
そうだ、性懲りもなくピーチパイと紅茶にアルコールを入れたミロは、きっと私がこうなるのを知っているのだ。
知っていてやっているのだから、それはもう確信犯だろう。
ミロはずるい。 でも、そのずるさを肯定し、ひそかに期待していたのは、私ではないのか? それなら私も確信犯………?

   そうだ………そんなことより、灯りのことを頼まなくては………

そう思いながら、私の唇はほかの言葉を紡いでいる。
「あの夜………とは…?」

   あの夜とは何のことだろう………?
   今までにミロと重ねてきた数え切れないほどの美しい思い出の夜の………そのどれのことだろう?
   ………灯り………灯りを消すって………何のために………?
   灯りを消したら美しい夜が見えないのに………

「俺がシベリアにピーチパイを持っていったときのこと♪」

   ミロの声が甘い薔薇色に色づいて聞こえるのは私の気のせいだろうか
    あのピーチパイのように淡い薔薇色でとてもきれいなミロの声………もっと………もっと聴かせて………

「たしかお前は………今度からはノンアルコールにすると言った………約束が違う…」
「それはシベリアに持っていくスイーツのことだよ。 あのあとに持っていったのは、みんなそうしてた。」
「ん………そうかも……」

   灯りを消したらこの美しい夜が見えない………きれいな薔薇色のミロの声が見えない………………
   灯りはつけたままで………ミロ……ミロ………私を見て…………
   お前の声に染まりたいから………そうしてきれいな薔薇色に染まった私のことを見てほしいから………

「でも今日は………」
「……あっ…」
ミロの手が急に熱を帯びて伸ばされた。 私はふるえおののき背をそらす。

   ああ、ミロ………そんなことを………ミ……ロ………
   ミロが………ミロが私を見ている………………ああ……
   もっと私を見て………お前の仕草にふるえ恥じらう私を見て………ミロ……ミロ………
   ほら……ほら………こんなにこんなに私はお前に………

「ミロ………いつもと…違う……………なんだか身体が……ミロ…」
身体がどんどん熱くなってきて、さっきまでは暖かくて心地よかったはずのミロの身体がひんやりとして気持ちよい。
熱くなりすぎて火がついてしまったら困るから、ミロに冷やしてもらえば良いのだろう。
もっとミロに身体を重ねれば、そう、もっとミロに可愛がってもらえばいいのだ、そうに違いない。

   もっと………………もっと……ミロ………可愛がって……
   お前がいつもするように……もっと私を可愛がって………!
   やさしい手で 甘い吐息で 煌めく瞳で その唇で
   触れて欲しい じらして欲しい 見つめて欲しい 愛して欲しい
   はやくはやく………もっと……もっと!

「やっぱりわかる……? 今日のは、ちょっと違うんだよ♪」
「………え?」

   ミロの目が私を見てる   きれいな青い瞳が私を見てる!
   嬉しい! 嬉しい! もっともっと私を見て!
   お前の青い瞳に染まりたい!
   ああ、お前の声で薔薇色に  お前の瞳で青色に
   どちらがほんとうの私? 否、どちらもほんとうの私

「紅茶に入れたのはブランデーだけじゃない。 特別製の薔薇のエッセンスも入ってる。」
「薔薇の………? ああ、ミロ……私は…」

   エッセンス!
   なんて素敵なその言葉   なんてきれいなその響き!
   煌めいて 透き通って 輝いて 秘密めいて なんて素敵なエッセンス!

   お前の言葉は甘い蜜  お前の指は甘い罠
   蜜に惹かれて捕らえられたら のがれられずに可愛がられて
   逃げられない逃がさない 離れられない離さない
   ミロ ミロ こんなに愛してる



潤んだ蒼い瞳が俺を見つめて秘めた想いを告げてくる。
吸い付くような柔肌が俺を求めて微熱を帯びる。
「この間、ちょっと聖域に帰ったときに双魚宮に寄ったんだが…」
しかし、もはやカミュは俺の言葉を聞いてはいない。
すがりつく手が乱れる髪が、尋常ならざる熱さを俺に伝えているのは明白だ。

   やはり、あれは媚薬だ!
   それもとびきり上等の!
   最高のプレゼントをもらったぜ

俺は満足の笑みを浮かべて、あでやかなカミュに唇を重ねていった。