「 エッセンス 」              ※  先に 「 東方見聞録・七夕 」 をお読みください。


「覚えてる?あの夜のこと…」
「あの夜………とは…?」
「俺がシベリアにピーチパイを持っていったときのこと♪」
「たしかお前は………今度からはノンアルコールにすると言った………約束が違う…」
「それはシベリアに持っていくスイーツのことだよ。 あのあとに持っていったのは、みんなそうしてた。」
「ん………そうかも……」
頬を上気させ目を閉じたカミュは、俺に抱き直されても力ない腕を俺の首に絡めたままだ。
「でも今日は………」
「……あっ…」
やわらかくもたれかかってくる身体を引きつけてそれなりに扱ってやると甘い溜め息が洩れ始め、次第にその呼吸が荒くなる。
「ミロ………いつもと…違う……………なんだか身体が……ミロ…」
せつない喘ぎを抑えることができないカミュが途切れ途切れに訴えてきた。
「やっぱりわかる……? 今日のは、ちょっと違うんだよ♪」
「………え?」
「紅茶に入れたのはブランデーだけじゃない。 特別製の薔薇のエッセンスも入ってる。」
「薔薇の………? ああ、ミロ……私は…」
潤んだ蒼い瞳が俺を見つめて秘めた想いを告げてくる。
吸い付くような柔肌が俺を求めて微熱を帯びる。
「この間、ちょっと聖域に帰ったときに双魚宮に寄ったんだが…」
しかし、もはやカミュは俺の言葉を聞いてはいない。 すがりつく手が乱れる髪が、尋常ならざる熱さを俺に伝えているのは明白だ。
それに思い切って応えてやりながら、俺はアフロとのやり取りを思い出していた。

「これ、何?」
戸棚の奥にきれいに並んだ小瓶を俺は指差した。
「薔薇のエッセンスだよ。 左のは鎮静効果、次のは入眠効果、その右が鎮痛効果。」
「ふうん、いろいろあるんだな。 ………じゃあ、これは?」
俺が一つ離れておいてあった淡い薄紫の小瓶を指差すと、アフロがちょっと黙ってから軽い咳払いをした。
「………それは、まだはっきりと効果が確認されたわけではないけれど、たぶん……夜に使うのに向いているように思う。」
妙に曖昧な言い方が俺の気を惹いたのは当然だ。

   ………夜に使う? ふうん………夜にね…
   鎮静でも入眠でもないってことは………

「香り以上の効用があるエッセンスなんてなかなかいいな! もらってもいい?」
「ああ、かまわない。 すべて私の薔薇から抽出したものだから安全性は保証するよ。」
小さい瓶のそれぞれにはアフロの几帳面な筆跡で効用が書かれたラベルがついており、薄紫の小瓶だけには 『 夜 』 とだけ書かれているのだった。

「ミロ………ああ、ミロ………」
いつにないカミュの積極性が俺を瞠目させている。
やはりあのエッセンスが媚薬であることは確かなようだ。 これを催淫効果と言わずしてなんと言おうか。
微量だったが、アルコールとの相乗効果で効き目が強まったのか、それとも、もともとこうしたものには弱いカミュの体質のせいなのか。
正しい効果を知るために俺は飲んではいない。

   冷静な判断ができなくては、しょうがないからな………
   ………しかし、この結果をアフロに伝えるのはいかがなものか?
   アフロには悪いが、秘密にするしかなさそうだ♪

「早く………ミロ……早く………」
俺の髪に差し入れられた白い指が切なげに金の流れを梳いてゆく。
「年に一度の七夕の夜だ………ゆっくり愉しませてもらおうか…………」
全てを振り捨てた俺は尽きせぬ想いに応えていった。