「 い・け・な・い ルージュマジック 」 より      歌 : 忌野清志郎 + 坂本龍一


「次の満月の夜には天蠍宮に来て欲しい。」
そう言われていたカミュがその扉を開けたのは、あたりがすっかり暗くなってからのことだ。
それほど人目を気にしないミロは夕方前から宝瓶宮に居座ってそのまま夜になっていくことがほとんどだが、カミュはとかく人目に立つのを避けたがる傾向にある。
「そんなに気にしなくてもいいのに。 みんな大人だから、人がどうしようと干渉なんかしやしないし、俺たちは誰に迷惑をかけてるわけじゃないぜ。」
「しかし、けじめはつけねばならぬ。」
そんなカミュの律儀さもミロの守備範囲の天蠍宮にあってはものの役には立たぬ。
「あ………でもまだ外は明るくて…」
「それがいいんだよ♪ 俺に抱かれながら夕焼けの茜色が夜の帳の群青色に変わっていくのを眺めてるなんて最高だとは思わないか?これ以上の贅沢はなかろう?」

大気の澄んだ十二宮の夜空は美しい。
神話の時代から外界と聖域とをへだてている結界が清澄な気を保たせているのかも知れぬ。
「………そろそろ、いい?」
後ろから抱かれたままで空の色の移り変わりに見とれていたカミュの耳元でミロがささやいた。 そう言いながらもミロの手は先ほどからそこここに柔らかく触れ始めていて、すでにカミュの白い肌をほんのりと色づかせているのだ。
「ん………」
曖昧な、しかし肯定としか思えぬ返事を与えられたミロがカミュをやんわりといつくしみ始めるのもいつものことだ。
「あ……ミロ…」
どういうわけか、今夜のミロは性急だった。
常にない動きが抱かれるカミュを困惑させ、やがてそれは耐え難いほどの熱をはらんでついにその意識を失わせた。

「カミュ…カミュ…」
遠くから呼ぶ声が耳元で甘く響き、やがてなよやかな身体に意識は戻る。
さきほどまでついていた灯りもすでに消えていて、高窓から床に落ちている月の光だけがほのかな明るさをもたらしていた。
「あ…」
「ふふふ、気がついた?」
「あの………私は……」
「魂が抜け出して桃源郷に行ってたみたいだな♪ そんなによかったの?」
「そんな………そんなこと…」
「俺を置き去りにして独りでそんなところに行くなよ、帰って来られなくなったら困るぜ♪」
「私は……」
「お前が居ないと………」
「あ…」
ミロの手がやさしく触れ始める。
「俺が淋しいだろ……」
「ミ…ロ………」
それからのミロのカミュを丹念にいつくしむことは今までになかったほどで、頬を染め目を潤ませたカミュがいかに懇願し哀訴しても望む歓びを与えてはもらえない。 熱を込めて押し付けられた唇が白い肌のそちこちを遍歴し逍遥することを止めさせることはカミュにはもはやできはしないのだ。
「カミュ………カミュ……次はどうして欲しい? お前の望むことならなんでも叶えてやるよ…………ほら、こんなことも♪」
「ああ………ミロ………」
ミロのあまりに懇切な扱いに心を遊ばせてやむことのなかったカミュが湧き上がる想いに耐えかねてその波打つ金髪に手を差し入れようとしたときだ。 高窓から洩れくる月の光に照らし出された我が腕に目をやったカミュが息を飲んだ。
「あ! ミロ…、これは……!」
「あれ? もう、見つかっちゃった?」
「こ、こんなことをして…! あっ、こんなにたくさんっ!」
半ば月の光に照らされているカミュの肌のいたるところに紅の痕が濃く薄くしるされて、明日からのことを思うカミュは気が遠くなりそうだった。
「ど……どうするのだっ、これでは外に出られないし、誰にも会えぬ! なんということをしてくれたのだ!」
あまりのことに声が震えて涙が滲みそうになる。 悔しさにミロの胸を押し返そうとした手はあっさりと絡めとられ、それがまたカミュには口惜しいのだ。 抗議の声さえミロの唇でゆるやかに封じられてしまう。
「落ち着けよ………勘違いしないで、カミュ。 これはキスマークなんかじゃないぜ.。」
「………え?」
くすくす笑ったミロがカミュの胸のひときわ色濃い箇所を指でついっと撫ぜて月にかざして見せた。
ただそれだけで打ち震えてしまう我が身に恥じらいながらカミュが目をこらすと、なんとその指が紅く染まっているではないか。
「なぜ……紅い?」
「ふふふ、それはこれのせい♪ さっきお前が魂を仙境に飛ばせている間にちょいと唇に塗ってみた。」
サイドテーブルに無造作に置いてあった金色の小さな筒をミロが手に取った。
「………口紅…?」
「そう! この前双魚宮に行ったらアフロが見せてくれた。 故郷にいる妹にバラの香りの口紅を贈る約束をして、自分で作ってみたのだそうだ。」
「でも、それをお前がもらっては…」
「あのね、口紅っていうのを一本だけ作るのも大変だと思うぜ。 どうしても何本分かは出来てしまうんじゃないのか? なんでも、ホホバオイルとミツロウと、ええとなんだったかな? それから色素を混ぜて加熱して融かしてから型に入れて冷やすって云ってた。 もちろん色素はバラから抽出してるから安全だ。 それで、余ってるようだから一本もらってきたんだよ、面白半分に♪」
「面白半分って………私はそんなこと…」
眉をひそめて横を向いてしまったカミュが可愛くてミロがくすりと笑う。
「そして、後の半分は検証に当てた。」
「検証とは?」
「お前と俺の積極性の検証♪ ちょっと立ってみて。」
「え?」
手を引かれてしぶしぶ起き上がったカミュと並んでベッドの横に立ってみる。
「あ……」
「ほらね、これだけ違う。」
互いの身体を月明かりで比べてみると、カミュはほぼ全身に紅い痕があるのにひきかえ、ミロにはほんの数えるほどだ。
「自分ではさっぱり見えないな? 俺のどこについてる?」
「あの………唇の辺りと…首筋に………ほかには……ない……と思う…」
「うん、俺もそう思う。 念のため後ろも見てみる?」
「いや…いい………ないと思う。」
さすがに真っ赤になったカミュが口ごもり、それをたまらなくいとしいと思うミロなのだ。
「気にすることはない。 これはなにも愛情の差じゃなくて好みの差だからな。 俺は抱くのを好み、お前は抱かれるのを好む。 ただそれだけのことだ。 それに…」
ミロが自分の唇を指差した。
「ここにはとりわけたくさんもらってる♪ たぶん俺より多いくらい♪」
「ん………」
「カミュ……こんなことして怒ってる? 俺、いけなかったかな…?」
「ミロ………」
くるりと背を向けたカミュがサイドテーブルに手を伸ばす。 その白い背に残るおのれの愛の証しに見とれていたミロがはっと気づくと、なんとカミュがぎこちない手つきで口紅を塗っているではないか!

   ………え?

「いけないに決まっている! 人に黙ってこんなことをして………ほんとにお前ときたら…」
するりと近付いてきたカミュがミロのとある場所にやわらかく唇を寄せ、その秘めやかな感触がミロの背筋をぞくりとさせた。
「ほんとにいけないのだから………」
「うん………俺もそう思う…」

ルージュマジックの夜はまだ終わらない。






                
忌野清志郎、喉頭がんのため入院!
                このニュースは一瞬で全国を席捲し、多くのファンを震撼させました。
                そこで、氏の完全復活を願って、記念すべき黄表紙第50作への登場です。
                曲想に合わせてレイアウトにも凝ってみました。

                26年前に大ヒットしたこの曲は、資生堂82’春のキャンペーンソングにも使われて、
                天才・坂本龍一との見事な才能の融合が世間をあっと驚かせました。
                曲もさることながら今でいうビジュアル系の先駆けとも言える奇抜なメイクも話題に。

                曲に合わせて思いっきり派手なレイアウトを工夫してみました、楽しいです!




                
平成21年5月2日に永眠されました。 氏のご冥福をお祈りいたします。



      
       Baby  Oh  Baby  いけない ルージュマジック