沈丁花 いまだは咲かぬ 葉がくれの くれなゐ蕾(つぼみ) 匂ひこぼるる 若山牧水 |
宿を出るときに、玄関脇の常緑樹の陰に見慣れぬ花が咲いているのを見つけたのはミロだ。
ぎっしりと束のようになった赤紫の蕾の幾つかが花開き、淡紅色の花弁の内側を見せている。
「あれ? 昨日までは、こんな花は咲いてなかったな?」
「ほぅ! なんとよい香りではないか。」
身をかがめて花の香りを確かめているらしい二人を、美穂が見かけていたようである。
「ん? この匂いは?」
夕方になって離れに戻ってきた二人を出迎えたのは、今朝見かけた花の香である。
「ああ、床の間の花瓶にこんなに活けてあるぜ。」
部屋の暖かさが蕾を開かせて、濃い甘い香りが満ちていた。
「ほぅ、締め切っていると、こんなにも香るものか!」
そのときは、それだけのことだった。
いったんは寝入っていたミロは、自分がなぜ目覚めたのかよくわかっていなかった。
室内は行灯のぼんやりとした灯りで照らされており、何の物音もしない。 それにしても、とろけるような春の宵の、なんとけだるく心地よいことか。
はっきりと目覚めているという感覚もなく、再び重いまぶたを閉じようとしたときだ。
あ………
ミロの胸に手を添えて静かに眠っているとばかり思っていたカミュが、いつの間にかミロの肌をまさぐるそぶりを見せているのだ。
「カミュ……」
思わずびくりとしたミロが、声をひそめて呟いたときだ。
「ミロ……ミロ……」
かすれた声でミロの名を呼びながらカミュがすがりついてきた。 それはまるで、物狂おしいとでもいうような様子で、しのびやかに愛を受け入れるのみだったカミュしか知らなかったミロを、おおいに驚かせずにはおかぬ。
「どうした………? 」
向き直ってやさしく包み込んでやる。
「……ミロ…………ああ…ミロ……」
それ以上の言葉はいらなかった。 明らかにカミュはもう一度抱かれるのを望んでおり、ミロに異存のあろうはずもない。
みずから唇を寄せてきたカミュをやさしい口付けで迎え、甘い言葉を時折り耳元でささやきながら、なよやかなその身を我が身に添わせるように抱き込んでゆく。
艶めいた白い肌が薄紅に染まるころにはミロの積極性の方がまさり、カミュは浅い溜め息をついて夜毎に狎れた愛に身じろぐばかりとなっている。
そのときになって、ミロはやっと気付いたのだ。
あの花の香りだ……
締め切った部屋にこんなに甘い香りが漂ってるじゃないか!
……これがカミュの夢に入り込んで、
こんなにも狂おしくさせたんじゃないのか?
抱かれているカミュに、はたしてその意識があるものかどうか?
朝になって聞いたら、きっと頬を染め身も世もなく恥じらうカミュなのだろう。
なにも言わないでおこう
カミュが俺を求め、俺がカミュを抱いた
それでいいじゃないか
何度でもこころゆくまで抱いてやるさ……
沈丁花の甘い香りが闇に満ち、二人の想いを解き放ってゆく夜更け。
どちらのものともつかぬ甘い吐息が、春の闇に溶けていった。
沈丁花の素材が出たので、即座に書いた甘い話です。
もっともいくら早いといっても、
ミロ様ほどではありませんが。
、
、