君や来し我や行きけん おもほえず 夢かうつつか寝てか覚めてか  

                                         伊勢物語より
                   【歌の大意】
                     貴方が来たのだろうか、それとも私が・・・・・?
                     夢なのかそれとも現実なのか
                     寝ていたのか起きていたのか
                     ・・・・それすらも なにもわからないのだ



朝になって、昨夜のことが心に蘇ってきた

突然やって来たお前に心乱され まるで私が私でなくなったかのように思われてならぬ
いや、この言い方は論理的ではないな
では、きっと夢に違いない
この私があのような振る舞いをするはずがないではないか
いくらお前が熱っぽく私を抱いても・・・・・・あ、あのようなことがあるなどとは思えない
きっと現実ではないのだ!
夢の中ならありうるかも知れぬが いや、それも考えたくはないが
・・・・と、ともかく私にはなんとも云えぬのだ
こんなに自分の記憶に自信が持てぬのはいったいどうしたことだろう?
酔っていた覚えはないが、いや、少しは飲まされたような気がするが・・・・
それすらも何もわからないというのはかなり問題があるといえる
ともかく、今夜もお前が来るというのなら、もう少し自分を厳しく律することにしよう


  かきくらす心の闇に惑ひにき 夢うつつとは今宵さだめよ

                                          ( 返歌 )

                   【歌の大意】
                     心乱れて 私もよくわかりはしなかった
                     夢か現実かは 今宵確かめればどうだろう



しょうがないなぁ、あれほど自分から夢中になっておいてそれはないだろう?
俺がどれほどお前に尽くしたか考えてみろよ
あ・・・・・それを忘れてるわけか・・・・・
それは確かに少しは飲ませたぜ?
しかし、あんなものは飲んだうちには入らんと思うがな
お前ときたら たったワイン一杯、
ブランデーならたかだか水深2cmで真っ赤になって撃沈だろう?
それじゃなんにもならないから、飲ませる量がむずかしいんだよ!
少なすぎると例の調子で身持ちが固くて、手がかかるばかりでどうしようもないしな
これまでに、どれほど俺が、研究に研究を重ねて適量を発見したかと思うと
自分で自分を誉めてやりたいよ

ああ、わかった、わかった!
そんなに昨夜の自分のやったことが信じられないなら
いいとも! 今夜、もう一度リベンジだ!!
その代わり、今夜は一滴も飲ませんぞ
酒のせいでよくわからなかった、なんて逃げ口上は云わせんからな
どうするのかって?
決まってる、俺の魅力でお前を酔わせてやるさ
なんなら今すぐ試したっていいんだぜ?
鉄は熱いうちに打て、というからな

・・・・・・「せっかくだが遠慮する」、だ?
まったく情緒ってものがないのかね お前って奴は・・・・・
こういうときはだな 、少しは恥じらいの色を見せて
「春宵一刻値千金 、春の夜の夢ばかりなる手枕に かいなく立たん名こそ惜しけれ、
 夜のほうがふさわしいと思うが」
くらいのことを云ってみたらどうだ?
そうすれば俺も、にやっと笑って、いい気分で夜を待つっていうもんだ
私には無理だ、ってそれもそうか・・・・お前は根っからの理系だからな

しかし、理系というのは、こういうことには全く不向きだな・・・・・
この間、俺が、夜の予定のことをほのめかしたら、
日の入り、月の出の時刻、月齢、満潮・干潮の時刻と潮位をそらんじてみせたろう?
俺達は気象予報士じゃないんだから、
夜の予定っていっても、そういうのは関係ないんだよ!
せっかく春が来たんだから、
もっと、こう・・・・・・春めいたことを頭の中で予報して、頬でも茜色に染めてみたらどうだ?

天蝎宮から宝瓶宮への道なんて、
月が出てない真の闇夜だって、昼間と変わらずに歩けるぜ
今までに何度通ったと思ってるんだ?
『今日の月齢が19』 なんて知らなくてもいいから、
「今夜は寝待ちの月だから、お前のことを寝室で待っていよう」くらい云ってみせろよ!
そうだな・・・・さらに理想を云うと、

「今宵、私が何処でお前を待つか、わかるか・・・・?」
「え? どこでって、宝瓶宮で・・・」
「そうではない・・・・今宵の月は寝待ちの月というぞ」
「・・・・・!」

こんな台詞を、
雨に濡れた海棠(かいどう)の如き風情で、万感の思いを込めて云ってくれれば
俺は百年経っても忘れない! 
夜を待たずして、お前に諸手を挙げて降参するよ!
・・・・ああ、すまん、無理なのはわかってる、そんな目で俺を見るな

・・・・まあいい、ともかく今夜来るからな!
どこにも行かないで、俺の来るのを待っていろ!!
おっと、その前に・・・・・・・

    「あ、ミロ・・・・・」
    「お前の唇にはグラスよりこっちの方が馴染むだろう?」
    「そ・・・・そんなことは私は・・・・」
    「わからないならもう一度。」

    「・・・・どう?カミュ」
    「・・・・
そう・・・・・かもしれない・・・・」
    「よく考えると、お前にアルコールは必要なかったな」
    「え?」
    「飲むより早く、赤くなってる」

    ミロが笑い、カミュはますます赤くなった。


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                          伊勢物語第六十九段、
                          伊勢の斎宮と在原業平との恋の贈答歌です。
                          神に仕える斎宮との恋は、一大スキャンダル。
                          伊勢物語の中でも、圧巻のエピソードです。