「 危 難 」


シャカとムウは同年である。
幼いときより聖域で暮らし、互いのことはよく知り尽くしている。
と、シャカは思っていた、少なくとも今日のこの日までは。

今日もシャカは処女宮の奥で瞑想に耽っていた。 この世の真理を見極め、善悪を見定めるには時間がいくらあっても足りないと思っている。
そうしたときのシャカは、むろん聖衣など身につけてはおらぬ。 釈迦が修行していたときと同様、なんの飾り気もない粗末な衣を身につける。 右肩を露わにする偏袒右肩 ( へんたんうけん ) というこの着付けは、インドにおける、身体の右側は清浄、左側は不浄という考え方に基づくもので、清浄な部分を出して仏陀に敬意を表すことになるのだった。
しかし、その敬虔な考え方による姿が他の者の目にどう映っていることか。

シャカの思索の中に他者の小宇宙が紛れ込んできた。

   ……ムウ?

忍びやかに近付いてくるそれはたしかに白羊宮のムウのものだった。 目を閉じていても、シャカにはムウが己の前で立ち止まり、じっと思い詰めたような眼差しで見あげているのがよくわかる。
「シャカ…………話が…」
それきり黙ったムウは何も言わぬ。 長い沈黙ののちシャカが口を開いた。
「聞こう…」
「……ここでは……人が来るかも…」
抑えた声がただならぬ様子で、シャカは気を惹かれずにはいられない。
「では、こちらに…」
瞑想を中断し、台座を降りる。 私室に導くとしずかについてきたムウが音を立てぬようにして扉を閉ざした。
時刻はもはや夕方に近く、窓から射す光は金色を帯び、それがシャカの透けるように白い肌を照らして眩しいようなのだ。
「話とは? なにか困りごとでも?」
「シャカ、余人には言えぬことなのです………あなただけに聞いてもらわなくてはなりません…」
声をひそめたムウが身を寄せてきた。

   この宮の中で、誰に聞かれよう筈もないのに……

そう思いながら、話を聞こうとシャカが顔を寄せたときだ。
突然抱きすくめられ、シャカが気付いたときにはムウの手によって長椅子に横たえられていた。
なにが起こったのかわからずに動転しているシャカの耳元に暖かい息が吹き込まれ、その初めての感覚にゾクリと身が震える。
「シャカ……あなたを我が物にしたい……出会った時からずっとそう思っていました…もう逃がしませんからね…」
自分の耳が信じられず、ムウの手が肌をまさぐり始めていることが理解できず、シャカは混乱する。
「なにを………なにをするっ……ムウ…やめよ……そ、そのようなこと……」
思索の世界に生きてきたシャカには我が身に降りかかってきたこの現実が把握しきれず、混乱した心を収めるすべもない。
初めから露わになっていた右胸にやすやすと押し当てられたやわらかい唇がシャカの官能を直接に刺激して、五体は打ち震え、抑え様もなく甘い吐息が洩らされる。
「ム……ウ………なぜ…なぜ、こんなことを…」
「好きだからですよ……もう待ちません……そして待たせません……あなたの心も身体も…」
その言葉の理不尽さに反駁しようとしたシャカは己の身体の感覚が歓喜に等しいことに気付いて沈黙せざるを得ないのだ。 否応なしに心に浮かんでくるのはいわずとしれた歓喜天の有様だった。

   こんな……こんな筈はない………私は……ああ…

混乱した想いの中でシャカは官能の淵に身を投げていった。




        
元歌をご存知の方はおわかりの通り、ピンクレディーの歌からできた話です。
        なんて安直な! 
        シャカに六道輪廻かけられたらどうしようっ!

        危難、この言葉は釈迦が法難に遭うときに使われたような気が。
        えっへん、タイトルもちょっと凝っているのです、
        偏袒右肩 ( へんたんうけん ) なんて、今回初めて知りました。
        ちなみに両肩を覆っている着付けを通肩 ( つうけん ) といいます。
        今度仏像を見るときにはそこに注目してみようっと。
        法衣の説明もしたから、シャカよ、お慈悲を垂れ給え!
        初の色艶シャカを寿いで画像も極上です。

        ピンクレディー ⇒ こちら