みちのくのしのぶもぢずりたれゆえに 乱れそめにしわれならなくに |
河原左大臣(かわらのさだいじん) 百人一首より
【歌の大意】 「みちのくのしのぶもじずり」ではないが
いったい誰のために乱れ初めたとお思いですか?
貴方のために心乱した私ではありませんか
双魚宮を出たのはもう夜中を過ぎていただろう。
月のない夜だが、目を凝らせば見慣れた景色が闇の中に浮かんで見える。
日中は暖かかった春の日も、この時刻ともなれば、山頂にほど近いこのあたりの夜気は冷たさを含み、出歩く者を震わせる。
まっすぐに自分の宮に帰る筈だったミロの足は、すぐ下の宝瓶宮にさしかかると少しためらいの色を見せた。瞬時の迷いは、しかしすぐに消え、ミロの手が馴染んだ扉のノブにかかる。
「ミロ・・・・・・・?」
小さな灯りを持ったカミュが扉を開けたとき、外から吹き込んできた一陣の風が灯りを消してあたりは再び闇に包まれた。
一瞬見えた寝衣姿のカミュが怪訝そうにしていたのも無理はない、五日も居続けたミロがその夜に再びやってくるとは思いもしなかったに違いないのだ。
「夜中にすまん・・・・・アフロと少し飲んで、天蠍宮まで帰ろうと思ったがいささか遠すぎる。 ここで休ませてくれるか?」
そうだ、最初は確かにそうだった、酔いが回って足元がおぼつかなくなっていたミロはそうするつもりだったのだ、頷いたカミュに連れられて寝室に入っていくまでは。
寝室にはほのかな灯りがともされ、ベッド脇の小卓には水差しと数冊の書物が置かれている。
すでに寝ていたらしいカミュが脱け出したベッドの乱れが目に映ったときミロの気が変わったのは、その中に残るカミュのぬくもりを酔った頭で考えたからかもしれなかった。
「カミュ・・・・・・愛してる・・・」
それは、思いもかけぬ突然の抱擁だった。
それまでは唯々諾々とカミュに従っていたミロに気を許していたカミュが反応する暇もなかったのだ。
ミロはカミュが取り落とした灯りにも気付かぬようで、カミュの名を呼びながら抱擁をゆるめることがない。
あとから思えば、風で灯りが吹き消されていたのは幸いだったといえよう。
「ミロ!・・・・いきなりなにを!・・・・・・ミロッ!!」
カミュの抗議を意に介するふうもなく、ミロはあらがう恋人の身体を押さえつけながらその臥所(ふしど)に運ぶと、乱れた襟元からのぞいている白い肩に唇を落としてゆく。
「あ・・・・・・・」
ミロの思わぬ行動に顔をそむけたカミュの耳朶が濃い紅に染まり、心ならずも乱れた息づかいがミロの恋情にさらに火をつけたようだった。
「カミュ・・・・俺のカミュ・・・・愛してる・・・こんなに愛している・・・・」
ミロの手が、唇が、優しく、時には熱を込めていとしい人を求めてゆく。
その的確な愛の動作が、間断なく繰り返される色めいた言葉が、カミュの心に沁みるまでにはそれほど時間がかからなかったろう。
「ミロ・・・・・・・・・私は・・・・・」
それまでかろうじて続いていた抵抗が弱まり、カミュの声が艶めいた色を帯びたとき、急にミロの身体が力を失いカミュの上に重くのしかかってきた。
「・・・・ミロ?!大丈夫か?」
はっとしたカミュだったが、すぐに静かな寝息に気付きほっとする。
「ミロ・・・・・明日、目が醒めたら・・・・」
そこまで呟いて、カミュは言葉をのみ込んだ。 たとえミロが眠っていてもいえないことはあるものだ。
ひとり顔を赤らめたカミュがそっとミロの身体の下から脱け出そうとすると、これはなんとしたことか、ミロの肩の下に髪が挟まれてなんとも身動きが取れないのではなかったか。
声をかけても一向に目覚める気配はなく、眠っているミロを押し返そうにも、角度が悪く、とても力の入るものではない。 これはどうやら、不自然な体勢で眠るしかなさそうである。
観念したカミュが、なんとか手を伸ばし床に落ちた毛布をたぐりよせるとミロと自分の身体を覆う。
「さすがはスコーピオンのミロということか。狙った獲物は逃がさぬのだな。」
くすっと笑ったカミュの声が闇に吸い込まれていった。
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日記に突然現れたミニ小説です。
ミロ様、普段はきちんと手順を踏んでカミュ様を納得させるのに、
やっぱりお酒は怖いですね。
こんなふうに扱われるのが納得できないカミュ様、
抵抗しようにも、普段でも体力で負け気味なのに、
酒の力を借りたミロ様の腕力には捻じ伏せられるしかない!
さあ、どうなるッッ!
しかし、どうにもなりはしないのだった。
翌朝、それなりの経緯があったあと、もう一度快く睡眠。
以下は、そのあとのお話です。
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「 ミロ、お前、昨夜、自分が何をしたのか覚えているのか?」
「 え? 何をって? 昨日は夕方からアフロと飲んで・・・・・ええと、よく覚えていないが今朝お前の横に寝ていたんだから、帰りに宝瓶宮に寄ったんだろうな。」
「
それだけか?」
「 それだけかって・・・・・??おい、ちょっと待てよ!!もしかして俺、何かまずいことをしたのか?」
「
やはりな・・・・記憶にないか。」
「 なんだよ、妙に思わせぶりだが・・・・まさか、俺・・・・・暴れたりした?」
「
暴れたというか・・・・・・」
カミュの話にミロが青ざめたことはいうまでもない。
「 すまんっ、カミュ! 俺が悪かった、もう二度としないから、ほんとに悪かった、この通り謝るっ!」
「
私はあんなふうに扱われるのには慣れていない、そんなことはわかっているはずだと思うが。」
冷ややかな口調のカミュに、ミロは返す言葉もない。 いくら謝っても、酒を飲んで記憶がないというのでは、今後いつまた同じことが起こるか知れたものではないのである。
カミュはむずかしい顔をして横を向いている。
ここは決心のしどころだった。 そして、ミロにはうまくやれるという自信があった。
「
カミュ・・・・・」
そっと腕をさしのべてこちらを向かせようとするが、カミュはかたくなにミロを見ようとしない。
「
カミュ・・・・そのときどう思った?」
「 ・・・・・そのとき・・・とは?」
「 俺が寝ちゃったとき・・・・その・・・・・何もしないでさ・・・・残念じゃなかった?」
「 な…なにをばかなことをっっ!」
しかしミロには、向こうを向いているカミュの動揺が手にとるようにわかる。
午後の明るさが残る部屋では、耳朶の紅さは隠しようもないのである。
「
私は・・・・私は、そんなことなど・・・・・」
「 カミュ・・・」
ミロの手が白い肩をとらえ、優しく、しかし有無をいわさずこちらを向かせた。
「
もうしないから・・・・お前の嫌がることは決してしない・・・お前の好むことだけを・・・・」
青い眼がまぶしくて思わず眼を伏せたカミュの耳に甘やかにミロの言葉がそそがれる。
「 カミュ・・・俺の大事なカミュ・・・・いつもそばにいるから・・・・・・お前のためならなんでもしよう・・・・お前の髪も・・・心も身体も俺の宝だから」
「ミロ・・・・・」
カミュの手がミロの背中にまわされるのを待っていたかのようにミロが囁いた。
「今度は途中でやめたりしないから・・・・」
息を飲んだ身体をミロがやさしく抱きしめた。
ミロ様、ほんとに上手いと思いますよ、
恋の手練れ(てだれ)とは、こういう人のことを云うのね。
カミュ様、手玉に取られてません?
しかし、ミロ様の素敵なところは最初からカミュ様一筋であることです。
いいなぁ、こういう関係。
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