「サガとカノンの内視鏡」


今日は大腸の内視鏡検査の日だ。
「どうだった?」
先に検査を終わっていたカノンがサガに声をかけた。
「……どうとは?」
「気持ちよかったかって聞いてるんだよ。」
「いいわけがなかろう。」
「そうか?感じるやつは感じるっていうぜ。」
「知らんっ!」
「怒るところをみると感じたってわけか?」
「カノン!」
「隠すなよ。羞恥心と快感がブレンドされて曰く言いがたしってとこだな。俺は攻め専門だから、ふうん、こんな感じかって思って新鮮だったが、お前はどうなんだ?」
「……なんのことだ?」
「しらばっくれるなよ、生身のとどっちが感じるんだ?無機質な感触も案外よかったりして。感じてるのに動いちゃいけないっていうのもきついよな。はぁはぁ言って悶えたいのに我慢してるサガって萌えだったりして。」
「ば、馬鹿者っ!!」
「怒るなよ、看護師がこっちを見てる。……なあ、最後に先端が引き出されるときに、あっ…とか思わなかったか?あれはほんとに感じたな。性的快感そのものだ。さすがの俺も感じたね。される奴はいつもこんなふうに感じてるのかと思うと、ちょっぴり羨ましかったりして〜」
「うるさいっ!」
「ふふふ…武士の情けだ、誰にも言わないでおいてやるよ。」
「カノン、貴様っ!」
そのとき次の検査に呼ばれて不快な面持ちで立ち上がったサガにカノンが追い撃ちをかける。
「あれって触手みたいだと思わないか?おぞましい動きでくねくねと体内に入り込んで、お前が理性で押さえ付けていた欲望をあぶり出す。」
「…よせ。」
「なあ、やられて快感だったって言ってみろよ、すっきりするぜ。カミュもそう言って…」
「なにぃっ!貴様はカミュにもこんな破廉恥なことを聞いたのかっ?!」
「あいつのほうが先だったからな、当然インタビューしたさ。」
「なんということを!」
「単なる医学的検査だ。血圧測定や予防接種と変わらん。騒ぐほうがおかしいだろう。」
「………」
「で、カミュは感じたんだそうだ。」
「えっ…」
「ふふふ、兄貴と違って正直だな。白い頬をぱっと染めて目をそらしながらささやくように答えてくれたっけな。」
「……」
「ほんとにカミュは可愛いぜ、あ〜、ミロのやつが羨ましい!検査で感じるんだから、ミロがほんとになにしたらさぞかし……どう思う?」
「知るかっ!」
カノンはこの兄で遊ぶのが好きである。
実際には、
「大腸の内視鏡検査ってろくでもないな。俺はすごく違和感を感じるんだがお前はどうだ?」
とカミュに尋ね、
「ご同様だ。」
というそっけない返事が返ってきただけのことだ。それ以上の含みを持たせた質問をしようものなら即座に氷漬けにされたに違いない。

   (違和感を)感じたのはたしかだからな、俺は間違ったことは言っちゃいない

サガの煩悶をよそにカノンは楽しくてならないのだ。


サガはきわめて不愉快である。ただでさえ不本意な体勢で内視鏡検査を受けて屈辱を味わったというのに、カノンから余計なことを吹き込まれたのだ。

   まるで私があのような不快な性的行為を経験したことがあるようなことを言いおって!
   どうしてこの私が他人に屈服させられるような浅ましい恰好をさらさなければいかんのだ?
   生憎だが貴様と違ってそんな低劣な趣味はない!
   男子と生まれてあのような屈辱的行為をするなど有り得ないっ!
   どんなときでも黄金は黄金らしくあらねばならぬ!
   黄金にそんな輩がいるはずがない!
   およそ自らに誇りと自信があればあのような淫らな行為など嫌悪するに決まって…

しかしサガは突然思い出した。あのときカノンはなんと言ったか?
『 ほんとにカミュは可愛いぜ、あ〜、ミロのやつが羨ましい!検査で感じるんだから、ミロがほんとになにしたらさぞかし……どう思う?』

『なにする』 というフレーズが頭の中でグルグル回る。考えまいとすればするほど、ミロに組み敷かれて喘ぐカミュが見えてくる。逃れようとした手を押さえ付けたミロがおもむろにカミュに……
「あああっ、私としたことがなんという下劣な想像を!」
しかしそう思うそばから、あらぬことをされて悶えるカミュが見えてきた。
頭をブンブンと振って気持ちを切り替えようとしても、妖しい妄想は消えるどころかますます燃え盛ってくるのはどうしたことだ? とても文字にはできないような愛の行為が延々と続き、サガはこれがおのれの妄想なのか、それとも次元を越えてあの二人のリアルな交歓を望見しているのかわからなくなってきた。
「おい、サガ、呼ばれたぜ。行かないのか?」
「…え?…ああ、今行く。」
カノンに呼ばれて気がつくと、そこは病院の待合室だ。苦虫をかみつぶしたようなサガにはまったく気が付かないカノンが憎らしい。

   いまにみておれ!このままでは済まさんからな!

久しぶりにサガに悪意が芽生えた瞬間だった。