「 月 下 美 人 」


「月下美人を知っているか?」
「月下美人? もちろん知っている! それは、お・ま・え♪」
「あっ、ミロ! なにを…!」
「ふふふ、なにをって、決まっているだろう♪ 月夜に花を愛でるのは礼儀だからな、花に清香あり 月に陰ありっていうじゃないか♪」
「ああ……ミロ…そんな………」
「きれいな花を見るだけじゃ惜しいというものだ………ほら、こうやって……」
「あ………いや…」
含み笑いをしたミロに 次々と弱いところを責められて、あとはあらがうこともできずにミロに手折られてゆくカミュなのだ。
「手元に引き寄せて………香りを愉しんで……蜜を吸って……カミュ………俺のカミュ……次はどうして欲しい…?」
「ミロ………ミ…ロ………」


「カミュ……カミュ……大丈夫? 気がついた?」
「あ………」
「ちょっと心配したぜ……俺…花を愛ですぎたかな?」
「……あの……そんなことは………あっ!」
「どうした?」
「間に合わなかった!もう遅すぎる!!」
「え? なにが?」
「月下美人だ! 一緒に見に行こうと思ったのに、お前がいきなり私を…!」
「え? だって月下美人って…」
腕の中のカミュに睨まれてミロはたじたじとなる。
「月下美人とは花の名だ。 サボテン科の多肉植物で夜に咲き始めて翌朝にはしぼんでしまう。 素晴らしい芳香がある直径20〜25センチの白い大きな花で観賞価値が高い。」
「で、それがどうして…?」
「以前から老師が育てていらして、やっと4年目の今日、初めての花が咲くというのでお招きを受けていたのに、お前ときたら!」
「えっ、そ、そんなこと言われても。」
「人の話は聞かない! 手紙は読まない!何かといえば、すぐに私を抱きにかかる!」
「その、手紙は読まないって、なんのことだ?覚えがないが?」
「忘れたとは言わさぬ! 私が初めて聖衣修復のために血を提供した日のことだ。 私が書いた手紙をお前が読んでくれなかったせいで私は…」
「あ……!」
「お前があの手紙を読んでくれたと思ったので、私はお前が寄り添ってきても安心していて………………そのままで眠れるものと思っていて………なのにお前は私に……あんなことを…」
「ごめん、カミュ………あの時はほんとうにすまなかった………みんな俺がいけなかった…」
「私は半ば朦朧としていたものだから………流されるばかりで………」
「大事なお前にとんでもないことをした……お前はちゃんと手紙を書いていてくれたのに、俺はそれに気付きもしないで無理矢理お前を抱いて………カミュ………」
「ミロ……」
「お前の身体があんなに白くて冷たかったのに、なにも考えないでその美しさに酔っていたのは俺だ。 いつもより反応が鈍くて物憂げだったのに、久しぶりに愛されて恥じらっているのだと自惚れていたのも俺だ………」
ミロの声に苦痛が滲む。
カミュは思い出した。
あのあと、どんなにやさしく抱き起こされて、身体を支えられたまま暖かいスープを飲んだかを。
一口飲むたびに、ミロがどんなに嬉しそうにして頷いていてくれたかを。

   それから長い間ミロはとてもやさしくて、いつも寄り添っていてくれて、
   「 もう大丈夫だから 」 と云ってもなかなか承知せず、二ヶ月位も私を抱かずにいてくれたのだ………
   毎日食事を作ってくれて、私が笑ったり歩いたりするたびにとても喜んでくれたのだ…………

「ミロ…」
「すまなかった………俺の不注意でお前を……死なせるところだった…」
「言うな、ミロ! それは言ってはならない! お前は私を死なせたりはしないから……………けっしてそんなことはしないから………あのときも私を救ってくれたのだから……ミロ…」
「でも、カミュ…俺は…」
「大丈夫だから、ミロ……私の書いた手紙が目立たなすぎたのがいけなかったのだから………あの夜、私を救うためにどれほどお前が尽力したか、どれほど勇気を振り絞ったか、私はわかっているつもりだから………」
「……え………あの……? カミュ…」
「愛している………あの夜、お前が私を救ってくれたからこそ、私はここにいる……ほら……この手で………この唇で……お前を…」
「あ………カミュ、カミュ……」



「とうとうカミュたちは来なかったのぅ。」
「なにか用事でもできたのでしょう。 いい月の晩ですから。」
「わしの花を見るより自分のところの花見に忙しいのかもしれんの。 あまり待たせるから、せっかくの月下美人がしぼんでしまったわい。 その点、双魚宮のバラは何日も咲いていて羨ましいものだ。」
「バラにはバラの良さが、月下美人には月下美人の良さがあります。優劣はつけられませんね。」
「もっともじゃな。 花はそのままでも美しいが、愛でる者がおってこそ花の命も輝くのじゃよ。 夜の闇に人知れず咲く花を愛でるのもまた一興♪」
「まことに♪」
「ほっほっほっ、若い者はいいのぅ♪」
「老師、わたくしも若いつもりですが。」
「それはわかっておるが、今日のところはおぬしだけでもこの年寄りに付き合ってもらおうかの。花に清香あり 月に陰ありという。 さ、もう一献やるがよい。」
「は、いただきます。」

さきほどまで咲いていた花の香がゆかしく漂い、深更の清談は尽きることがない。
それぞれの夜が静かに更けていった。





                     
あのままで終わらせるにはあまりに惜しい 「 雪花 」。
                     月下美人の壁紙にひかれてこんな話が出来ました。
                     老師とアフロの月下清談もなかなかいい雰囲気を醸し出し♪
                     ちょっと、中国の竹林の七賢なんかを思い出しました。
                     
                     それにしても、みんな見透かされてます………どうしましょう?
                     月下美人は何輪も咲くので、明日もお招き受けるかも。

                     「昨日は所用のためご無礼仕りました。」
                     「なんのなんの。 どうじゃ、そっちの花も良かったか? 若い者はいいのぅ♪」
                     なんて言われちゃったら二人とも赤面っ!
                     「ほぅ、月下美人には赤い花もあったかのぅ?」
                     「は………」
                     「ほっほっほっ♪」

                     老師、好きですよ〜♪ 老獪なんだか洒脱なんだか (笑)。

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