※ もう一つの 「歌の翼に」
「そら、ここがインドだ。 初めて来たぜ。」
「私もだ。 シャカから何度か話を聞いたことはある。」
「かなり蒸し暑いんだな。 ちょっときつい。 いったい何度あるんだ?」
「インドは広大だ。 土地によって気候がかなり異なるが、ここは南東の海岸沿いだから、7月の平均気温は、最高が35度、最低が26度ほどになる。
ちなみに、アテネは最高が31度、最低が21度、雨は7月にはまったく降らないので、空気は乾燥しており、インドよりははるかに過ごし易い。」
「ふうん、俺はこんなところにはとても住めん!」
「いや、ここはまだ過ごし易い。 北部のデリーは、6月には最高が40度、最低が28度。
これはあくまで平均気温なので、実際にはもっと暑い日も多いということになる。」
「嫌だ!こんなところには住みたくない。 おい、帰るぞっ!」
「えっ? せっかく来たのにか?」
「ああ、天蠍宮で一杯やろうぜ。 それからお前をゆっくり抱いてやるよ、こんな暑いところではとても抱く気になれん!」
「ミロ……そんな大きな声で……」
「ここはインドだぜ? 誰がギリシャ語を判るっていうんだ、平気だよ。」
「せめて、あの蓮が咲いている水辺まで行ってみないか?」
「蓮は日本で見りゃいいんだよ、ほら、大事なお前に蚊が寄ってきたっ!ギリシャにも蚊はいるが、結界が張られている聖域にはそんなものは一匹もいない!こんなところで、お前の肌に指一本触れさせるわけにはいかんっっ!」
「蚊に指はない。 それに、日本の夏にも蚊はいると思うが。」
「いいんだよ、そんなこと!日本には蚊取り線香があるだろうが!さあ、四の五の言ってないで、帰ろうぜ!」
ミロがカミュの腰に腕を回したと見る間に、二人の姿は消え去った。
インドの夏は暑い。
※ 補足
「俺もカーマ・スートラの中身なんかは知らん。 ただ、インドのとんでもなく古い時代に書かれた、愛に関する本、くらいにしか思ってないからな。」
「……え?」
「だから、なんでお前があんなに気にしたのかわからんというのが実情だ。 インドの本なんて、ほかには仏教の、ええっと、お経っていうのか?
それしか知らないからな。 俺はシャカじゃないから、お前に寝物語でお経の話をしようとは思わないし、お前も聞きたくないだろう?
だいいち、まったく内容を知らんのだから、話しようもないが。」
ミロが肩をすくめる。
「俺に抱かれてるときに、愛の話と説教の話と、どっちのほうを聞きたい?」
「え?あのぅ………」
「愛の方にきまってるだろ? だからあの本のことを言った。」
「それだけ?」
「ほかにインドについてはろくに知らないからな。 象がいるとか、それからええっと…?」
「象っ!」
「お前、抱かれてるときに象の話、聞きたい?」
「……いや、別に…」
「そうだろう、そうだろう。」
ミロは我が意を得たり、とばかりに頷いた。
「シャカと仏教と象と愛の本。 俺の知るインドは、この4つに代表される。 そうしたら、愛の本が勝つのは当たり前だろう。」
「当たり前だな…」
「だから、なんの問題もない。 納得できた?」
「わかった。」
カミュが花のような笑顔を見せ、ミロも満足するのだ。
「じゃあ、もう遅い、寝ようぜ。 ゆっくり抱いてやるよ。」
「あ………」
「ふふふ、夜はこれから。お楽しみもこれからだ。 いいだろう?」
「………」