「 こたつ 」

                                                  あさぎ & インファ   共作

南欧のギリシャ、 今日の聖域には白い粉雪がちらちらと舞う。
まだ子供の貴鬼は歓声を上げて喜んでいたが、同じく南欧出身であるデスマスクやシュラ、サガやカノンはこれでもかと服を着膨れ、寒さに震えていた。総大理石造りの十二宮は悲しいほど暖房効率が悪い。 ロスリア兄弟は、これも修行だと勇んで外に駆け出して行ったので論外である。
そしてもう一人、 ギリシャの陽光と空の色を身に纏う金髪碧眼の蠍座の聖闘士は、いつも絶さぬ笑顔を潜め、どこか不貞腐れた様な表情で窓から白い粉雪を眺めながら紅茶を飲んでいた。
「まったく、なんだってこんなに寒いんだ?俺は雪は好きだがそれもカミュがいてこそだ。肝心のカミュがいなきゃ、寒々しい景色にしかならないだろうが。」
北欧で珍しくオーロラが観測されたというので取るものも取りあえず出かけていったカミュはまだ戻らない。
むすっとしたミロが紅茶を飲み干したところにシロネコヤマト聖域支店から宅配便が届いた。 ここは日本ではないので、印鑑を押すのではなくて差し出された伝票にサラサラとサインをする。ミロの自筆のサインは腐女子には垂涎のレアアイテムだが、配達員にとっては単なる日常業務の一つに すぎない。
「なんだ?え〜と、日本の秋葉原からって?石丸電気からなんで俺に?」
きちんと梱包された大きな箱を開いてみると、日本人には珍しくもないがギリシャ人のミロにはさっぱり用途のわからない品物が現れた。 そう、こたつである。 とりあえず、何かは分からないが説明書らしきものがあるので図の通りに組み立てたミロだが、出来上がったものはとても低いテーブルみたいなものでどの様な用途で使うのかさ っぱり分からない。
「何だ?これは…」
低すぎて椅子も入らない。途方にくれたミロは、日本の事は日本人に聞けとばかりに、鷲座の白銀聖闘士魔鈴の所に向かう事にした。 そうと決まれば善は急げである。コートを着込こんだミロは天蠍宮の階段をかけ降りた。

「あたしはたしかに日本出身だけど、小さいときから聖域で暮らしてるからあいにくだけど知らないね。星矢ならわかるかもしれないから闘技場に行って聞いてみるといいよ 。たぶん雑兵の相手になってやってるはずさ。」
そこでミロは闘技場へとやってきた。

ザワッ!
雑兵相手に軽く汗を流していた星矢はいきなりざわめいた雰囲気にどうかしたかとふと拳を収めると、何やら闘技場の入口付近が騒がしい。
「どうしたんだ?」
額を流れる汗を腕で拭いながら見ていると人混みの間から頭二つ分程抜きん出た金髪がチラッと見えた。 闘技場に居る全ての雑兵の視線が集中する。

   うおぉぉ!天蠍宮様だ!スコーピオンのミロ様だ!!
   こんな所に来られるとはお珍しい!俺、今日ラッキー!

皆の心は一緒である。
「すまんがちょっと通してくれ。ペガサスは居るか?」
「は、はいっ! あちらの方に!」
「そうか、ありがとう。」
「天蠍宮様!お呼びして参りましょうか。」
「いや、いい。俺が行くから。」
星矢が見ているとミロがスタスタと歩いてきた。 遠巻きに無数の雑兵に熱い視線を送られているが気にした様子もなく平然としていつもとかわらない。 否、この程度の事くらい気にしている様では至高の黄金聖闘士など務まらないのである。
「ちぇっ、俺のときとはまるで注目度が違うんだよなあ。」
雑兵のざわめきを気にもとめずに向こうからやってくるミロが自分に用があるらしいと踏んだ星矢が
「やあ、ミロ!こんなところまで来てどうしたんだ?」
とくだけた口調で聞くと、それがまた雑兵たちの羨望の念を誘ったらしい。

   なんて羨ましい!
   あのミロ様とタメ口をきけるなんて、さすがはアテナ様ともご昵懇だという噂のペガサス様だけのことはある
   ああ、俺もあんな身分になれたらなぁ

雑兵たちはおのれの身を省みて彼我の差に愕然とするのだが、そう悲観したものでもない。 現にはるか遠く離れた極東の島国日本にいて聖闘士の気配のひとかけらも感じることができない黄金ファンから見れば、たまにとはいえ黄金の姿を見、稀には言葉の一つもかけて もらえる雑兵は稀有な幸運の持ち主なのだから。
それはさておき、ミロが星矢に話し掛けた。
「訓練中すまないがちょっと良いか?」
ミロが単刀直入に要件を切り出した。
「実は日本人のお前にちょっと教えて貰いたい事があるんだが、今から天蠍宮に来てもらえるか?」
「用事はないし行ってもいいけど。」
腑に落ちない風で首を傾げる星矢の手を引いたミロがさっそく十二宮へと駆けだした。
この姿にどよめいたのはもちろん雑兵たちだ。
「ミロ様とペガサス様が手を…!」
「おおっ、なんかわからないが萌えるぅっ!」
大和撫子には望むべくもないリア充である。

「これの用途を教えてくれ。」
ミロが指さしたのはこたつだ。足を取り付けたのはいいがそもそも用途がわからない。ギリシャ人のミロにはこんな低いテーブルというものは考えられないし、床に正座するという発想もない。いかに消費者の立場に立って懇切丁寧な接客を心掛けるアキバの電気街といえどもギリシャ語のマニュアルなどあるはずもなく、英語すら読めないミロにはこのこたつは荷がかち すぎた。
「さっき送られてきたのだが、何なのかわからんのだ。魔鈴に聞いても彼女も知らぬと言うし。」
「えぇ!魔鈴さんも知らないって!?」

   なんで?魔鈴さん日本人だろ?
   こたつっていったら日本人の心のオアシスじゃないか!
   やっぱり俺の姉さんじゃないのかなぁ……

「あぁ、知らんそうだ。だから星矢、お前だけが頼りだ!なにしろ差出人はアテナだ。わかりませんでした、では済まないからな。」
そうなのだ、この荷物の差出人の欄にはグラード財団と書いてある。そう書いてあるからにはアテナの差し金に違いなかった。お願い、とでも言うように目の前で手を合わせたミロが片目を瞑る。

   なんか…ずるいよなぁ

美形はどんなことをしても格好良いと星矢は知った。
「これはこたつっていって、」
床に座り込んだ星矢は箱を引き寄せると、ミロが見逃していた電源コードを取り出した。こたつの裏を覗き込んで差込口を見つけ、コードをぐっと差し込んだ。
「ええと、この部屋のコンセントは……あれ?………そうか!日本の電化製品はこのままじゃ、使えないんだよ!だめじゃん!」
「え?なんのことだ?」
「うん、ちょっと面倒なんだ。でも大丈夫。俺から頼むから。」
なにがなんだかわからないミロにはかまわずスマホを取り出した星矢がいくつかボタンを押した。 4つしか押さなかったところをみると短縮番号らしい。
「もしもし、沙織さん?……俺、いまミロに呼ばれて天蠍宮に来てるんだけどさぁ。だめじゃん、せっかくこたつを送ってくれても、ギリシャに対応した変圧器と電源プラグがな いとミロがこたつ使えないだろ。ほかの宮にもこのまま送った?……うん、じゃあ手配よろしく!待ってるから。」
さすがは星矢、アテナにタメ口である。しかも短縮になっているという親密さだ。 リア充すぎて、雑兵が聞いたら目を回すことだろう。萌えどころの騒ぎではない。

   恐れ多くもアテナに対してその口のききっぷりは、もしかして不敬罪じゃないのか?

「星矢、いくらなんでもアテナにたいしてその口のききようはないんじゃないのか?」
「あれっ?気になるかなあ?でも沙織さんが、聖域にいるとみんながあまりにも腫れ物にさわるような扱いをするので淋しいらしいんだ。だからせめて俺たち青銅だけでも気楽な口 調で話し掛けたらいいんじゃないかって思うんだよね。いまさら黄金のあんたたちに気楽に話し掛けろって頼んでも無理な注文だろ。」
「う〜ん、それはそうだが。」
「だからいいんだよ。俺たちは気楽に。黄金は丁寧に。それでバランスが取れてるんだから。」
それから星矢が日本とギリシャの電圧の違いの関係で変圧器と電源プラグが要ることを説明し、明後日には届くと話したのでミロも理解した。 しかしまだ問題があった。 そう、天蠍宮にはこたつ布団がなかったのだ。
今度はミロの許可を得て天蠍宮のパソコンを開いた星矢が楽天でこたつ布団や下敷きを検索し、ミロの好みの品を選ばせるとカートに入れた。このページには日本人家族がこたつでくつろいでいる画像がついていたのでここに至ってミロもようやくこたつの用途を理解した。気を効かせた星矢がこたつの足の継ぎ足も注文したので寝返りも楽に打てることだろう。

その二日後、ついに待ちに待ったこたつ布団その他が到着した。 ミロがさっそく星矢を呼び、リビングの中央にこたつを設置する。
「ふうん、こうなるのか。」
「これでみかんがあれば完璧なんだけど、ここはギリシャだからオレンジでもいいことにするか。」
座布団がわりのクッションを置くと、星矢はミロを誘ってこたつに入る。 温度調節のスイッチを教えて取り扱いの注意事項を読み上げるとミロが満足げに頷いた。
「なるほど、これがこたつか。まさしくアテナの恩寵だな。たしかに温かくていい気持ちだ。」
「だろ。欠点は、こうしていると眠くなってきて、つい横になっちゃうことなんだな〜」
「うむ、わかるぞ。」
「こうして横になると…」
ぱったりと倒れ込んだ星矢が欠伸を一つした。
「なるほど、いい気持ちだな。」
同じく横になってみたミロが足を伸ばした。184cmの長身でもこたつ布団から足がでることはない。 足を継ぎ足したため最初よりテーブル面がくなり、横になっても窮屈ではない。
そのままとりとめのないことをしゃべっているうちに二人とも目を閉じて眠ってしまったのも当然の成り行きだったろう。
さて、その一時間後にやってきたのはカミュだ。 オーロラの観測を終えると自宮にも寄らずにまっすぐに天蠍宮に戻ってきたカミュを出迎えたのは、互いに頭を寄せ合ってこたつで眠るミロと星矢だった。

   ……え?
   なぜミロが星矢と寝ている?
   これは日本のこたつか?

どう考えても不純な動機ではなさそうだが、ここに至るまでの経緯はさすがのカミュにもわからない。
しばらく様子を見ていたカミュは二人が目覚めそうにもないと見て取るとくるりと向きを変え宝瓶宮へ戻った。予想通り自宮にもこたつの箱が届いているのを確認するとすぐに組み立てを開始した。不足の品は楽天を見つけてさっそく注文をする。
それからミロが目覚める前にシベリアに出かけることにした。まだ戻っていないようにふるまったほうがなにかと都合がよい。
「氷河、宝瓶宮に来てくれぬか。」
注文の品が届くタイミングを見計らって氷河を呼び出すとシベリアの思い出話をしながらこたつで楽しい時間を過ごし、遠慮する氷河にぜひともと言って横にならせ た。 むろん喋り疲れた身体はこたつ効果のせいもあってすぐに眠くなる。
「私はここで少し寝ようと思う。少しつきあってくれぬか?」
「はい、我が師カミュ。」
やがて聞こえてきたのは安らかな寝息だ。
こうして夕方にやってきたミロは宝瓶宮の居間で仲睦まじく眠る水瓶座の師弟を発見しておおいにあわてふためいたのであった。