うたたねに恋しき人を見てしより 夢てふものは頼みそめてき |
小野小町
【歌の大意】 ついうたたねをしていたら
思いがけないことに 夢であの人に会ったのです
それからでしょうか
夢を心頼みにするようになったのは
「ミロ、ミロ !! こんなところで寝るな、風邪を引くではないか!」
肩を強くゆすぶられたミロがはっと目覚めると、目の前に呆れ顔のカミュが立っていた。
ミロが寝ていたのは、天蠍宮のベランダにある大理石の長椅子である。
新緑の色を映す木漏れ日の誘惑に抗しかねたミロがほんの少しのつもりで寝そべったのは、まだ午後も早い頃だったはずだ。
「・・・え? あれ? もう夜なのか?カミュ・・・・どうしてここに?」
「自分から夕食の招待をさせておいて、その言い草はなんだ?待てど暮らせどお前が現れぬから、私が迎えにきてやったという
のに!」
「・・・あっ、そういえば! すまんっ、ほんとに俺が悪かっ・・・・そうだっ、カミュっ!!!」
いきなり起き上がったミロに腕を掴まれたカミュが目を見開いたのは、思いがけないミロの言葉のせいだった。
「カミュ、俺は昭王に会ったぜ!」
「・・・・・なに?!」
ミロの瞳が興奮の色を映していた。
「・・・・・・・というわけだ、どう思う?」
「夢・・・・・ではないのか?現実にそんなことがあるはずはない。」
宝瓶宮へと登る道すがら、二人の夢談義が続いていた。
「だが、昭王はお前のところに銀の櫛を持ってきた。それなら俺が燕に行っても不思議はなかろう?
それに昭王と違って、俺の
意識だけが行っていたようだし、言葉も全く分からなかった。 いかにも夢のようだが、夢の本質なんて案外そんなもんじゃない
のか? 実際に意識がその世界に行ってるのに、それを『夢』の一言で片付けているだけじゃないかと俺は思う。」
カミュが急に足を止めた。
山裾から吹き上がってくる風が長衣の裾を乱す。
「ミロ・・・・昔の私は・・・・どうだった?」
「どうって・・・・お前とそっくりだ、どこも違っているところはないぜ。 髪も声も瞳の色も・・・・・おそらくほかのところも・・・・すべてそっく
りそのままだろうと俺は感じたね。ただ・・・・・・一つだけ違う点がある・・・・」
ミロがカミュを引き寄せると耳元でそっとささやいた。
「昔のお前は、俺のことを何も知らない。俺が会ったカミュは、いずれ昭王のものになるべきカミュだ。
そうあってほしいと、お前も
思っているはずだろう。」
ミロの腕の中でカミュが頬を染めた。
「昔のお前の目は昭王だけを追っていた。ほかの者にはわからなかっただろうが、俺には一目瞭然だ。 こういう微妙なところは、
読んでいるだけではわからんものだ、夢もけっこう役に立つじゃないか。」
「・・・・・そんなに?・・・その・・・・昔の私が?」
「ああ、なにしろ昭王は俺なんだから、お前を夢中にさせて当たり前だ!そこで俺は別れる前に昭王によ〜く頼んでおいた ♪」
「・・・・・頼むとは何を?言葉が通じなかったのに?」
カミュが闇の中で不審の目を向ける。
「そんなことはいいんだよ、俺がこう言いたかったんだから・・・・」
ミロはカミュにその頼みごとを囁くが早いか、、抗議の声を聞くより早く唇を合わせていった。
小野小町の時代には、
相手に想われているとその人が夢に出てくるものと信じられていました。
そんな儚い言い伝えでさえ、
いざ本当に好きな相手に夢に出てこられると信じたくなるというものです。
ミロ様もカミュ様も、寝ても覚めてもお互いに逢っているのでしょうか(笑)。
ほんとに理想の恋人たちです。
※ 「夢てふものは」の部分は「夢ちょうものは」と音読します。
「てふ」は「といふ」の転じた形です。
百人一首の
「恋すてふ 我が名はまだきたちにけり 人しれずこそ思ひそめしか」
も同じです。