赤い靴はいてた女の子  異人さんに連れられて行っちゃった
  横浜の埠頭(はとば)から船に乗って  異人さんにつれられて行っちゃった
  今では青い目になっちゃって  異人さんのお国にいるんだろ
  赤い靴見るたび考える  異人さんに逢うたび考える
                           
詞 : 野口 雨情

「ミシェル、ミシェル! 知ってる? カミュが行っちゃうんだよ!」
「もうすぐだって!」
「お客さんが来てるの!」
学校から帰って門を入ったとたん、何人もの年少生が僕を取り巻いた。 みんな口々にいろんなことを言うものだからどうにもわけがわからない。
「え?カミュがどうしたって?」
よく訊いてみると、昼過ぎにやってきた外国人がカミュを引き取るらしいのだ。
「そうなんだ……」
僕は嬉しいような淋しいような複雑な気持ちになった。
この救済院には50人くらいの子供がいて、運のいい子はどこかの子供のない家に引き取られてゆくし、そんなことのなかった僕のような子供は学校を卒業するまでここにいる。 引き取られていった子供が幸せになったかどうかはわからないけれど、それでも  『 選ばれた子 』 は運がいいのだった。
カミュはつい最近オルレアンからやってきた子で、まだそんなに話をしたことはない。 とてもきれいな子で、初めて見たときは女の子かと思ったほどだ。髪の毛が肩を過ぎるほど長かったので、間違えるのも当たり前だと思う。
カミュは同年齢の子たちとはまだなじめなくて一人でいることが多いので、時々話しかけてやると嬉しそうにするのだけれど、僕の方が8歳も年上なので一緒に遊んでやることもあまりなかったのだ。

中庭を通っていてふと院長室のほうを見ると、ちょうどドアが開いて中から人が出てくるところだった。 院長先生と年配の男の人と、それから二十歳くらいの背の高い若い男の人だ。 遅れて出てきたカミュはその人に頭を撫でられて困ったような恥ずかしいような顔をしている。 そうするとこの人たちがカミュを引き取るのだろう。
「あれ?カミュがどうして赤い靴をはいてるんだ?」
「あのねあのね、さっきお昼のときにスープをこぼしちゃったの。 」
「それでシスターが代わりの靴を探したんだけど赤いのしか見つからなかったの!」
見ていると若い男の人とカミュは院長先生と一緒に部屋のほうに行った。 きっと荷物をまとめるのだろう。 ここを出てゆく子はみんなそうするのだ。 もう一人の年配の男の人は門から出て行った。
「カミュ、ほんとに行っちゃうの?」
「ほんとに? ほんとに?」
小さな子たちが興奮するのも無理はない。 小さいなりに、ここを出ることが誰かの家の子になることだと知っていて羨ましがっているのだから。

カミュに別れが言いたくてその場で待っていると、10分ほどで三人が戻って来た。 カミュの荷物はとても小さいカバン一つで、あれでは荷造りも簡単だったことだろう。 庭にいた僕たちに気付いた院長先生が手招きしてくださったのでそばまで行くとカミュが真っ赤な顔をしてうつむいた。 さらっと揺れる髪の毛がきれいだし、赤い靴をはいているせいでやっぱり女の子に見えるのだ。
「行っちゃうの?カミュ!」
「行っちゃうの?」
小さい子達が口々に言い、ますますカミュは困ってしまったようだ。僕が代表してお別れを言ったほうがよさそうだった。
「カミュ……あんまり遊んであげられなくてごめんね。 新しい家で幸せになるんだよ。 短い間だったけど君のこと忘れないからね。」
それから姿勢を正して手を差し出した。 カミュはまだ小さい子だったけれど、なんとなくきちんとお別れをしたかったのだ。
「ありがとう……ミシェルも元気でね…」
小さい声で答えたカミュがそっと手を握ってきた。 柔らかくて小さい子供の手だった。

ちょうどそのとき年配の男の人が紙包みを抱えて戻って来た。
「ああ、よかった! ありましたか?よかったわね、カミュ。」
院長先生がほっとしたように言い、カミュの頭をなぜる。
包みを受け取った若い男の人が取り出したものは真新しい青い靴だった。
「さあ、これを履いてごらん、カミュ。」
その人はやさしく言って、カミュの側にかがみこむと小さい手を自分の肩につかまらせて靴を履き替えさせた。
「よかったね、ぴったりだよ。」
その人が微笑むとカミュは はにかんで顔を赤くした。 それも無理のないことで、この救済院で新しいものをもらうのは至難の業なのだ。
「新しい門出にふさわしいこと! ではカミュ、行ってらっしゃい、新しい家で幸せにお暮らしなさい。 あなたの上に神の祝福がありますように!」
そうして青い靴をはいたカミュは、その人に手を引かれ、振りかえり振りかえりして出て行った。 僕たちはみんな門の外まで出て、カミュを乗せた車が見えなくなるまで見送っていた。
「院長先生、カミュはどこの街に行ったんですか?」
小さな子供たちを遊びに追いやってから訊いてみた。
「フランスではありません、ギリシャに行くのです。」
「ギリシャって………そんなに遠くに!」
驚いた僕は部屋に帰って地図を広げてみた。 ギリシャはヨーロッパの東の端で、その向こうはもうアジアなのだ。 きっとフランス語も通じないことだろう。 カミュの発音はとてもきれいで、あまりしゃべってはくれなかったけど聞いているのが楽しみだったのだ。

   ギリシャはギリシャ語かな?
   きっとそのうちにフランス語を忘れてしまうんだろうな……
   フランス語は世界で一番きれいなのに残念だな…

カミュの残していった赤い靴はその後 長い間 靴箱の隅にあり、それを見るたびに僕は行ってしまった小さいカミュのことを思い出すのだ。




                      「あの……アイオロス…」
                      「なにかな? カミュ」
                      「ギリシャって、この車で行くの?」
                      「そうではないよ、カミュ。」
                      アイオロスは微笑んだ。 この子になんとたくさんのことを教えねばならないことか。
                      「ギリシャは遠い。パリからマルセイユまで汽車に乗って、それから船で海を行く。」
                      「え………汽車も船もまだ乗ったことがない……海も……」
                      「いろいろなことを教えよう。 ギリシャは美しい国だ、きっとカミュも好きになると思うよ。」
                      「ん……」
                      こうして、不安と期待の中でカミュはフランスを離れていった。



            ミシェルはカミュより8歳年上ですから、迎えに来たアイオロスと同年齢です。
              でもミシェルの目には、アイオロスが大人に見えました。
              このときのカミュ様は何歳なのでしょう?
              もしかしたら5歳くらい??
              するとアイオロスは13歳ですから、いくら大人に見えようとも聖域は彼を一人では派遣しません。
              教皇庁の職員が一人来ていて、身元引受人としてカミュ様を引き取るのです。

              「孤児院」 では可哀そうだと思って 「救済院」 にしました。
              なんとなくフランス的な気がしたのです。
              検索してみると昔から 「貧民救済院」 というようなものがあるのですね、
              きっとモンテクリスト伯かなにかで覚えたのでしょうか。
              では、オルレアンではどうしていたか?
              さあ? どうなのでしょう?