「 雨夜の品定め 」


「ああ、俺もときどき考えることがある。 どうしてこんなにカミュが好きなんだろうって。
 他人からも聞かれることがあるし、自分でも不思議に思う。」
グラスを置いたミロがふと暗い庭に目をやった。 ついさっきから降り出した雨が草や木の葉を濡らし静かな雨音を立てている。 昼間はしたたるばかりの鮮やかさを見せていた新緑も今は闇の中に沈んで見えるのだ。
「それは最初に会ったときからきれいだったさ! 一目見てどきっとして、それからはどこに行っても、カミュがいないかと探す日が続いた。 訓練が行き違って会えない日が続くとだんだん落ち込んでくる。 正直なことに、そんなときは小宇宙もうまく燃やせない。 むろん今ならそんなことはないが、やはり子供だな、気持ちの落ち込みが直接響くんだよ。 で、サガやアイオロスに不審がられて、叱咤されたり励まされたり………。」
そんな年でもないだろうに、ミロの口調は昔を懐かしむものになってゆく。
「ところがカミュが遠くに見えようもんならいきなり小宇宙が高まって、もっと近くに来たらパワー全開だぜ! 自分でもわくわくするくらい力が出せる。 こんなことはカミュは知らないから、カミュの前では俺はいつでも最強の小宇宙の持ち主ってことになった。 いいところを見せたかったんだろうな、ああ、子供なんてそんなもんだ。」

「カミュのどこがいいかって?」
ミロがくすりと笑う。
「そりゃあね………他人には言えない♪ といっても、それじゃ話にもならないな、う〜ん、こんなときにはなんて言ったらいいんだ? そんなことをまともに訊かれたのは初めてだからな、どうしても言わなきゃだめなのか?」
困った顔をしたミロは、照れ隠しだろうか、グラスを揺らして一口飲んだ。
「好きになって、それを長い間隠し通していて、とうとう我慢できなくなって打ち明けた。 どんなふうに打ち明けたかは訊かないでくれ、俺とカミュの間の秘密だからな。
正直なところ、カミュが受け入れてくれるかどうか自信がなかった。 こんなにきれいなカミュをほかのやつらがほうっておくはずはないと思っていたし、積極的に自分から人にアプローチするようなカミュじゃないが、いつもなにかと世話をしてくれるサガあたりにはけっこう話をしていたからな。 ああ、嫉妬と言いたかったら、そう言ってくれてもいいぜ。 サガは子供の目から見てもきれいだったからな、いや、カミュのきれいさとは全然違う! サガは、なんていったらいいのかな……いわゆる完成された大人の男のきれいさとでもいえばいいのか?
そこへゆくとカミュは………う〜ん、照れるな……ほんとうに言わなきゃだめなのか? ……俺の見るところ、カミュは女よりもきれいとか男にしてはきれいとか、そういうレベルじゃないんだよ、造化の神の最高傑作、宇宙の神秘だな♪ え? もっと具体的に? それはできんな、カミュが不快がる。 カミュの意向を尊重し、世の荒波から守るのが俺の役目だ。 むろん、こう思ってることを知られるのも困る。 カミュは俺に守られようとは思ってないし、対等の関係でありたいと考えているんだよ。 でも、俺はどうしてもカミュを守りたいし、できるものなら大事に包み込んで誰にも見せたくないのが本音だね。 とはいっても、俺もカミュも聖闘士だ。 いったん事あらば先頭切って闘わねばならん。 それがわかってるから、俺もカミュも今の一瞬一瞬を大事に過ごしたいんだよ。」
もっと質問しようとしたとき、ミロの手に制された。
「質問はこれまでだ。 カミュが戻って来た。」
グラスを置いたミロが立ち上がる。

「待たせた。」
「かまわんさ。 それより庭の花菖蒲がきれいだぜ。 回廊を行くより、蛇の目を差して道行きと洒落込まんか?」
「それもよいかもしれぬ。」
「だろ?」
玄関脇の傘立てから薄紫の蛇の目を手に取ったカミュがちらと後ろを振り返った。
「なにを話していたのだ?」
「退屈だったから、ちょっと世間話。」
緋色の傘を広げたミロが先に庭に出た。 パランパランという雨の音に、なんとはなしに心が躍る。
「寒くないか?」
「このくらいはなにほどのこともない。」
「そういうときには、少し寒いって言うんだよ。 そしたら………」
カミュが傘の内で淡く笑ったようだった。
「では………少しは寒いかもしれぬ。」
「じゃあ、このあと俺が暖めてやるよ♪」

ところどころに置かれた灯りが濡れた敷石を浮かび上がらせ、雨に冴えた色を見せる花菖蒲が美しい。
緋色の傘も薄紫の傘も、やがて庭の向こうに消えていった。



 
             
「雨夜の品定め」 というのは、
             源氏物語に出てくるかなり有名なエピソードです。
             雨の夜に宮中で宿直 ( とのい ) している源氏たちが
             それぞれの女性経験を語り合うシーンですが、
             主人公の源氏は、ひとり飛びぬけて身分が高く、
             話には加わらずに黙って聴いています。
             内心では、自分の密かな恋人である藤壺の宮のことを
             想っているのですが、そんな様子はおくびにも出しません。

             男達がざっくばらんに理想の女性像について語り合うこのシーンは
             古来から好まれ、いろいろと引き合いに出されます。
             そこで、当サイトもミロカミュ仕立ての一風変わった趣向に。
             カミュ様の御用事は、どうぞ皆様お好きに御想像ください。