雨ニモマケズ  風ニモマケズ

                                              宮沢賢治  「 雨ニモマケズ」


「雨にも負けず、風にも負けず、もちろん雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な身体を持ち、自分の欲は持たずに決して怒らぬようにしていつも静かに笑っているようにする。
一日にパンを三つと魚と少しの野菜を食べて、あらゆる訓練を自分を計算に入れないで行い、弟子の意見に耳を傾け、よく理解してやってそのことを忘れないようにする。
シベリアの氷と雪の大地の隅の、小さな木造の小屋にいて、東にオーロラが見えれば一緒に観察してやり、西に修行に疲れた弟子がいれば行ってその悩みを半分背負い、南にクレバスがあれば危険はないか確かめて、恐がらなくてもいい、と安心させてやり、北にオゾンホールがあれば紫外線の増加に注意を払う。
雪と氷に覆われた冬には訓練と自分の修行に汗を流し、涼しい夏には少しくらいは散歩をしてやることにする。
弟子持ちと呼ばれて、ずっと留守にするけど、聖域のみんなには迷惑をかけないように頑張るつもりだ。
そんなふうに私はなりたいと思っている。」

旅立つときにカミュは俺にそう宣言した。 胸を張って、ちょっと顔を赤くして。
「大丈夫だよ、カミュならきっとやれるよ!」
「そうだといいんだけど……」
俺と同い年のカミュがまだ小さいのに弟子を育てるためにシベリアに行くのは、水瓶座の星に選ばれた子供が新たに見つかったからだ。 黄金聖闘士になれる素質を持つ者が現れるのは数十年か、もしかしたら百年に一度くらいのものだというから、水瓶座にカミュと6歳しか離れていない子供が現われたというのは珍しいことらしい。
「水瓶座の先輩に教えを受けたわけじゃないのにこの暑いギリシャで修行して黄金聖闘士になれたんだから、カミュの素質はやっぱりすごいんだよ! カミュの弟子になる子のほうがずっと得だと思うな。」
「そう…かな?」
まだちょっと自信のなさそうなカミュを俺は精一杯はげました。 元気な顔をしておかないと、カミュも俺も泣いてしまいそうな気がしたからだ。
「俺が大人になるころには蠍座の弟子が現われるかもしれないし、そのときには俺も頑張って指導するんだ! で、そのときには俺のことを、我が師、って呼ばせることにする。」
「え? 我が師??」
「うん、カッコイイだろ、ちょっと昔風で♪」
カミュがくすくす笑って、俺もなんだか恥ずかしくなって照れ笑いをしてしまう。
「さあ、もうお別れはいいだろう、カミュ、もう行ったほうがいい。 君の弟子と落ち合う時間だ。」
「はい、サガ。 行ってきます。」
きりりと頷いたカミュが、俺と、それから見送りに来ている全員を見て、
「みんなも元気で…」
そう言って、あとは言葉が続かないままに小宇宙を高めて姿を消した。

カミュが立っていたそこには、もう気配さえも残ってはいない。
みんなが三々五々に散っていくあとを俺もゆっくり歩いていった。

   カミュがいないあいだ、俺も頑張る!
   もっと頑張って、もっと立派な聖闘士になる!

そう心に誓いながら長い石段を登って行った。 強い風が涙を散らせて、誰にも気づかれずに終わった。




                     
古典読本100作目は、もっとも有名な近代詩 「 雨ニモマケズ 」 。
                     記念すべきメモリアルということで、いろいろ考えましたが、
                     ほかにこれを越えるものがあるとすれば 「春はあけぼの 」 くらいでしょうか。

                     病床にあった賢治は失望と落胆の中でこれを手帖に書き留めましたが、
                     まだ小さいカミュ様は若く慎ましやかに決意を語っています。

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