「あのこはたあれ」   作詞 : 海沼 実 



天蠍宮にやってきたデスマスクがミロと飲み始めたのは暗くなってからだ。
え? ミロはカミュと一緒に過すのではないかって? いやいや、その心配ならご無用だ、なぜならカミュは一週間の予定でシベリアにオーロラの観測に出かけているのだから。
むろん、それを知っての上でやってきたデスマスクはのんびりと腰をすえて飲み始めた。
「ふうん、カミュは今ごろシベリアか。 別荘みたいなものか?」
「別荘にしては寒すぎる。 11月の外気温はマイナス30度以下になることも珍しくないし、物見遊山で行くところじゃないな。 たまには行って体験してみたらどうだ?」
「俺はごめんだね。 冷凍蟹にはなりたくない。 俺よりもお前が行ってやったらどうなんだ? 明日はお前の誕生日なのに離ればなれはないだろうが。」
「余計なお世話だ。 この一週間はオーロラの動きが活発で十年に一度の絶好の観察のチャンスなんだそうだ。 カミュが出かけたいのは当たり前だ。」
ぴしゃりと言ったミロが話を変えてそれ以上の介入を許さず、デスマスクも口をはさめない。

   まあ、いいさ! 面白いことになるんだからな
   楽しみにしてろよ、ミロ!

楽しく飲んで騒いだあとは2人とも寝てしまった。

翌朝になってミロが目覚めるとデスマスクがシャワーから出てきたところだ。
「悪いな、勝手に使わせてもらったぜ。」
「ああ、好きにしてくれ。 俺も浴びてくる。」
「飯、てきとうに作っとくからな。」
「頼む。」
パスタとサラダの朝食を食べてから、じゃあな、とデスマスクが帰っていった。

その日の夜のことだ。 双児宮の書斎でパソコンを開いたのはサガだ。
長い指がすばやく動き、次々と画面を開いてゆく。 世界情勢や経済情勢を一通りチェックした後で、自分の趣味のサイトめぐりを始めるのがいつものことだ。 「秘湯探訪」 「リラクゼーション紀行」 などのブックマークしているサイトを次々と回り、最後にいつものように動画投稿サイトを訪れた。
「なにか新しいものは出ているだろうか………ふむ、エーゲ海に沈む古代遺跡の調査か………心を癒す百の風景………うむ、これはよい………歴史的建造物のビフォーアフターか。 ほぅ!これは参考になる。」
あれこれと見ているうちに一つの動画が目に留まった。
「生きているギリシャ彫刻の浴室ライブ? ……なんだ、これは?」
ギリシャという言葉に気を惹かれてなんの気なしに再生すると、かなり広めの浴室の内部が映し出された。 双児宮の浴室よりは狭いようでサガの優越感を満足させたが、内部の造りはクラシカルで品がいい。 壁のタイルは時代がかっていていまどきの建物には望めない高度な技術を用いて作られたものに違いないし、ちらりと見える浴槽も大理石造りの立派なものだ。

   はて? どこかで見たことがあるような気もするが………

とは思ったが、浴室などどこも似たようなものなのでサガは気に留めなかった。 まさか自分がはるか以前にその浴室で幼い者を入浴させたことがあるなどとは思いもしない。
目に入るすべてがこころよい時代色を帯びる中でそれだけは新しい水回りの金具類はどうやらフランスのテアシュジェ社がラリックと提携して製作した最高級品のようで実に素晴らしい。 注文しても半年は待たされるという噂はサガも聞いている。
「ほう、これはなかなか贅沢なつくりだな。 住み手の好みがしのばれる。 むろん、私のところほどではないが。」
感心しながらなおも細かい造作を見ていると画面左手から誰かが入ってきた。
「えっ?!」
波打つ豊かな金髪の背の高い人物がシャワーを使い始め、その見事な体躯に目を奪われる。 肩や背中の筋肉の盛り上がりが見事で、なるほどタイトル通り、ギリシャ彫刻が生きて歩いているようだ。 最初はドキッとしたが、向こうを向いていて腰から上しか映っていないのでどうということもない。 映像のみで音声は入ってこないが、ライブ映像というからにはどこかの浴室の生中継のように思われた。
「おかしなことをする人間がいるものだ。 自分が裸になってシャワーを浴びている様子をネット上で公開するとは気が知れん!」
肩をすくめてブラウザを閉じようとしたサガの手が止まった。 画面の左側から現われた第二の人物が長い髪を揺らしてちらりとこちらに顔を向けたのだ。

   あっ…!

画面を凝視して血相を変えたサガが席を立ち、その姿は瞬時に消えた。


「二人ともすぐに出て来いっ! ネット上に画像が流れているっ!」
「えっ?!」
シャワーの音のする浴室から驚きの声が上がり、すぐにドアが開けられてミロが顔を出した。
「あ……サガ! いったい何事だっ!」
「私にもわけがわからんが、この浴室がネットでライブ中継されている!」
「なにぃぃっ!」
ミロの手が即座にスイッチに伸ばされて、浴室の照明が消えた。
「どうしてっ? なぜだっ!」
「わからんっ! 動画サイトを見ていて偶然に発見した! 音声は入っていなかった!ともかく私は帰る! あとは任せる!」
それだけを言うとサガがくるりと向きを変えて風のように帰って行った。
「なんだってまた……」
唖然としているミロの後ろからそっとカミュが顔を出す。
「………どういうことだ? それに、あの………サガがあれほど慌てて帰って行ったということは………知られた?」
「ええと………タイミング的にそう…かも…」
二人同時にサガが 「二人ともすぐに…」 と叫んだことを思いだす。

   だめだ……どう考えても知られてる!

真っ赤になったカミュが黙り込み、ミロにも慰めようがない。 楽しいはずの誕生日が妙な具合になった。

翌日になってミロが昼の光の中で調べたところ、隠しカメラが発見された。 角度は固定されていて逆立ちでもしない限り上半身しか映らないようになっていたが、ミロの怒りは天に達するほどだった。 むろん犯人は決まっている。
「デス! 貴様っ!」
ミロに乗り込まれて胸倉をつかまれたデスマスクがたじたじとなる。 ミロの後ろには厳しい表情のサガがいて、とても言い逃れできる状況ではなかった。
「俺だって、まさかカミュがいるなんて思わなかったんだからな! お前しかいないと思ったから、ちょっとしたドッキリのつもりで動画投稿してみただけだっ!」
「そんなことが言い訳になるかっ!おのれっ、余計なことを…! あのあと、どんなにたいへんだったかわかるかっ! いや、貴様はなにもわからなくていい! さあ、詫びろ! 土下座して謝れっ!俺のアンタレスが引導代わりだっ!!」
怒髪天を突く勢いのミロが今にもアンタレスを撃ち込みそうで、それを危惧したサガが割って入りなんとかその場は収まった。

「ほんとにくだらないことを!」
アフロディーテが眉をひそめる。 
「馬鹿か、お前は!」
シュラもにべもない。
「だってよ、カミュはシベリアにオーロラ観測に行ってるはずだったんだからな。 ミロだってそう言ってたし、まさか戻ってくるなんて思わないぜ!」
「あの二人が誕生日に会わないなんて考えられないね。 その気になればシベリアからなんて一っ飛びだよ。 そのくらいのことは想像するべきじゃないのか。 読みが甘い!」
「ミロがお前に、カミュはたぶん戻ってくる、なんて言うわけがないだろうが。 頭を使って考えろ!」
「ああ、悪かったよ。 ちっ、それにしても瞬間アクセスはすごかったんだよなぁ! もう少し映像が流れてたら、どうなってたかと思うと…」
「…え?」
「なにぃっ!」
「聞きたいか?」
「そりゃまあね。」
「聞いてやらんでもない。」
「ふふふ………聞いて驚くな。 実は……」
「ええっ! そんなにっ?」
「う〜〜ん…」
「それからコメントが山ほどついてだなぁ。」
「ほぉ〜……」
「ふむふむ。」
アフロディーテとシュラが頭を寄せる。 そのあとも微妙な話が盛り上がっていった。

「むろん、サガにも口止めをしておいた。 まあ、そんなことをしなくてもサガが人に言うはずもないが。」
「ん…」
「大丈夫だよ、お前だなんてわかるはずがない。 俺だって後ろ姿だけだし、天蠍宮の浴室を見たことのある人間はこの聖域でもほんの数人しかいない。 人も場所も特定できるはずはないんだから、気にすることはないさ。」
「そうか………そうだな………それにしても…」
「サガはたぶん、もとから俺たちのことを知ってたと思う。 それにもし、サガがあの動画を見つけてくれなかったらたいへんなことになってたことを思うと、むしろ感謝すべきだな。 ある意味、これはサガからの誕生日のプレゼントかもしれないぜ。」
「え?」

   そういえば、そんな気もしないではない………
   いや、それはミロの勘違いなのでは?

カミュにはなんとも言えなかったが、ミロがそう思うのならそれでもいい。
「そういえばあの騒ぎで言い忘れていた。 ミロ、誕生日おめでとう。」
「うん、ありがとう。」
やさしいキスが交わされて二人が笑い合う。
「サガに先にプレゼントをもらっちゃって、まずかったかな?」
「きっと私のプレゼントのほうが喜んでもらえると思うが。」
「そいつは楽しみだ。」

え? プレゼントは何かって?
そんなことはここでは言えない。





             最近はやりの動画投稿。
             聖域にもWEBの波は確実に押し寄せています。

             2009年のミロ誕のお祭り企画に出したものです。


         あのこはたあれ  たれでしょね