「目が覚めた?」
「………ああ……久しぶりによく寝たようだ………」
「……カミュ……それ………いつも俺がお前を寝かさないから困ってるってこと?」
「え………?…いや…私は別に……決してそんなことは………」
「いいんだぜ、お前が夜によく寝たいんなら、それはそれで。 俺が我慢すればいいんだから………」
そう言ってくるっと背中を向けたミロに、カミュは当惑してしまった。
「あの……ミロ……ほんとに私はそんなつもりではなくて………」
見ると、ミロの広い背中が少し震えているではないか!

   わ、私は………ミロを傷つけたのか???
   ……そんなこと………ミロ……どうすればいいのだ?

向こうを向いたきりで何も言わないミロに、どうすればいいかわからなくなったカミュは戸惑うばかりである。
ともかくなにか言わなければならないのは間違いない。
「ミロ……あの………お前が私を寝かさないというより、事実は、私がお前を寝かさないのかもしれな
 いし………。」
ミロの背中の震えが大きくなった。
困ったカミュは迷った末に、そっと背にすがり、頬を寄せた。
「というより、私は………ほんとはお前に………その……早く寝かせてほしくはなくて……ミロ……」
最後のほうはつぶやくような小さな声で、やがてカミュは絶句してしまった。

   私が、あまりにも、自分から 「好きだ 」 と言わなかったのがいけないのだろうか?
   だから………心が通じないのか?
   ミロ………こんなに好きなのに………
   「 好きだ 」 と言ってみようか……そうすれば、こっちを向いてくれるだろうか……

「ミロ……あの…私は……」
そのとたん、ミロが向き直ってカミュを抱きしめた。

   え?……ミロ…笑ってるのか?

「カミュ! 俺のカミュ………大好きだ! 隅から隅まで愛してるから……!」
「え?…あの………ミロ………」
「いいか、忘れるなよ! どんなときでも、俺はお前のことが一番大事で、大好きでたまらない!
 目覚めるときも眠りに落ちるときも、お前がそばにいてくれることが俺の最高の喜びだ。
 でも、愛しすぎて睡眠が足りないんだとしたら、確かに俺が悪かった、すまん、あやまる。
 睡眠不足は肌に良くないというからな、これからは寝たくなったらそういってくれ、自重するぜ。」
きらきらと輝く青い目で見つめられたカミュが真っ赤になった。
「いや……その……私が言った 『よく寝た 』 というのは、久しぶりに小宇宙を究極まで高めたので、
 それだけ眠りが深かった、ということを言ったまでで………」
「え? そうなの? そういえば、お前の肌の調子は最高を維持してるからな ♪」
くすくす笑うミロには、返す言葉もないカミュである。
「ねえ、カミュ………今夜はどのくらい寝かさなくても大丈夫?」
「……え………そんなこと……私にはわからぬ………」
「うん、そりゃ、そうだ! じゃあ、俺が満足して、お前も満足するまで!」
ミロにキスをされたカミュが顔を赤らめる。
「そうと決まれば、さっそく起きて風呂に行こうぜ♪ そのあとは夕食だ♪昨日の今日だから、きっと
 山海の珍味が並ぶに違いない!」

   そして、そのあとでミロに抱かれたら、先に 「 好きだ 」 と言ってみよう………
   今日こそ、そうしよう……

果たして、その日の夕食は今までになく豪華なものだった。 頼みもしないのにきた酒は、金箔入りの大吟醸である。主人が感謝の意味を十二分に込めたに相違ない。
「こちらは、すっぽん鍋でございます。 のちほど、ご飯を入れましてご賞味いただきます。」
二人の前にあつあつの湯気の立つ土鍋が置かれた。いかにも美味そうな匂いが広がる。
「ふうん、これは初めてだな! なんて料理だって?」
「たしか……スッポン……とか言っていたが。」
「知らんな……まあ、いい、食べようぜ!」
「ほう! これは……!」
「おい、絶品だぜ、これは! 一滴も残すわけにはいかんな!気に入ったよ♪」

その夜、眠りについたのはかなり遅くなった。




         どうしましょう……当初の予定とは、まったく違った話になりました。
         ほんとは、カミュ様がどうやって川の水を堰き止めたか、という技術話のはずだったのに!
         なにが原因かというと、二行目のカミュ様の台詞 「 久しぶりによく寝た 」 、これですね。
         なにげなく言ったこの台詞が、全ての発端です、ほんとに口は災いの元。
         そして最後には伝統のスッポン鍋まで出てしまいました、笑ってやってください………。
         そんな予定は全然なかったのに!

         でもほんとに、スッポン料理は高価なことでは日本一かも?
         参考のために調べた京都の超有名店「○市」はお一人様23000円。
         昔、母とこの店で食べたことがあるんですけどね……そんなに高かっただろうか???
         しかし、美味しいことは掛け値なし! ミロ様が感動するのは当然です。
         むろん、宿の主人はカミュ様が尽力してくれたほんのお礼に、と思っただけで、
         決して他意はありません。
         スッポンのいわゆる効能については、ミロ様カミュ様もさらさらご存じないので、
         これは、私と読者様だけの秘密です……。
         どなたもカミュ様には教えないように! きっと真っ赤になっちゃいますから♪
         その横で、ミロ様が 「可愛い♪」 と思いながら照れ笑いするのが目に見えるわね。

         ところで、ミロ様はスープを一滴残らず飲んじゃいました……。

         
「そろそろ、お雑炊を作らせていただきます。」
         「え?」
         「あら………全部お飲みになられました??」
         「なにか問題でも?」
         「いえ……あの……少々おまちくださいませ!」
         「どうかしたのか?」
         「詳しくはわからぬが、どうもこのスープを全部飲んではいけなかったらしい。」
         「ん? なぜだ?」
         「さあ……? よくわからぬ。」


         かくて、翌日、ふたたび、懇切丁寧な解説書付きで、スッポン鍋が提供されたのだった。


                この仲居さん、美穂ちゃんにしてもいいですか?
                シャイナさんや、魔鈴さんじゃ無理でしょう、
                シャイナさんのお給仕は、とくに向かないように思われます。