「なあ、薔薇水って覚えてる?」
「ああ、以前アフロから貰ったことがある、あれのことか。」
「あの時は紅茶を淹れて全部使ったが、ほかに使い道があると思って、さっき双魚宮で貰ってきたんだよ♪」
「ほぅ………なるほど、確かにあの時と同じ香りがする。 で、ほかの使い道とは?」
「例えば、浴槽に入れて、薔薇の香りの湯に浸かるとか。」
「え? いくらアフロディーテでもそんなに大量には用意出来まい。」
「ああ、そこで湯上りに身体に振り掛けたりもする。」
「………え?」
カミュは湯から上がったばかりなのだ、たじろぐのも無理はない。
「あの……ミロ……私は髪を…」
「あとにして……」
「あ……」
すっと近寄ったミロに肩を抱かれたカミュが小さくあえいだ。
「髪なんか、小宇宙を使えば一瞬で乾かせるんだろう? 知ってるぜ。 今夜は俺のためにそうしてくれる?」
「でも…あの……ミロ………」
しかし、ささやくようなその声はすぐに封じられ、やがて淡い金色の小宇宙が艶やかな髪を一瞬包む。 湿っていたはずの髪がさらと広がりミロを密かに歓ばせずにはいられない。
「そう……それでいいんだよ♪」
ミロの手が薔薇水に伸びた。

ミロの手のひらはそれほど大きくはないものの、かなり肉厚でたいそう滑らかである。 なにしろ日毎夜毎にカミュに触れるのだから、ミロとしては手のひらのや指の手入れも、これは欠かせない。 すこしでも荒れた手でカミュに触って不快な思いを毛筋ほどでもいだかせるわけにはいかないではないか。
「………どう? なかなかいいだろう?」
うつ伏せになったカミュの首筋から始まり、まろやかな肩を包むようにして薔薇水を擦りこんでゆくミロの手のひらがマッサージも兼ねているので悪かろうはずがない。
「…ん……いい香りがする」
「ふふふ……なにしろ薔薇のエッセンスが溶け込んでるからな。 それに香水と違ってノンアルコールだから薔薇そのものの香りしかしない。」
ミロの手が徐々に版図を広げてゆく。
「そら、腕も背中も終わったぜ! それで……この先の処女地も踏破していいかな?薔薇水はまだたっぷりあるし♪」
「……え…」
軽く背中をたたいたミロが屈み込んでささやくと、横たわる白い身体は震えずにはいられない。
「でも……あの…そんなに塗ったら……明日まで香りが残りはしないだろうか? そういうのは私としてはとても困るので……だから……あの…」
「いいからいから♪ 香水じゃないから、そんなに長持ちするはずはない! ほら、言うことをきいて♪」
「あ……ミロ…!」
有無を言わさぬミロの手が先に進み、カミュは沈黙することになった。

翌日、教皇の間へ行く途中で、カミュはアフロディーテとすれ違った。
「おはよう、カミュ!」
「おはよう、アフロディーテ。」
ただそれだけですれ違い、2、3歩行ったところで双魚宮の主がくすっと笑ったことをカミュは知らない。




                       瑞薙さんからいただいたキリリク小説に触発されて、
                       ちょっと書いてみました。
                       さらっと書いたので、黄表紙にはなりません。
                       それに、これ、黄表紙にすると恥ずかしいですよ……。
                       うち、単語の制限があるので不可能ですし。

                       アフロは、調香士にもなれそうな人です。
                       カミュ様、まずい人と隣同士ですね……筒抜けかも?

  君ならで誰にか見せむ梅の花  色をも香をも知る人ぞ知る

                                        紀 友則    古今集より

       【歌の大意】    あなたでなくていったい誰に見せるというのでしょう
                  花の色も香も知っているのは そう あなただけなのですよ