目の前から私が消えてしまったら  貴方は名を呼び探してくれる?

                                                 「 c a l l 」  鬼束ちひろ


「ちっ! 性懲りもなく、またかよ!」
パソコンを覗いていたデスマスクが声を上げた。
「どうした?」
ソファーで雑誌を見ているシュラが振り向きもせずに言う。
「また出てるぜ、いわゆる人身売買ってやつだ。 こういうところで、誘拐された子供なんかが取り引きされるんだぜ、許せんな!」
「すぐに検挙されるだろう。 それはともかくとして、そんな裏オークションにアクセスできるお前のほうが不思議だが。」
「固いこと言うなよ、ちょっとしたお遊びだ。 ん?……なんだぁ? ちょっと待て! こいつは…」
デスマスクの指がめまぐるしくキーボードを動く。
「驚いたな、ガキじゃない。 成人男性って書いてある。」
「男? 女の間違いじゃないのか?」
寄ってきたシュラが画面を覗き込んだ。
「これを見てみろ。 白人種、二十代前半、Hair : Black 、 eye : blue 、 身長 184cm 、体重 76kg 、おいおい、スリーサイズまで書いてあるぜ、こいつは本気だ。 ふうん、備考に6カ国語に堪能って書いてある。 こんなのはほんの付け足しだ。 ああ、画像もあるな、どんなやつだ?」
眉をひそめながらクリックしたデスマスクが口をあんぐり開けた。 あまりにもよく見知った人物の顔が画面の向こうからこっちを見ている。
「なんだとっ!」
叫んだシュラの手から雑誌が落ちた。

「あとどのくらいだ?」
知らせを受けてすぐさま駆け付けてきたミロの額に汗が滲む。
「あと13分だ。 すごい数のオファーがきてるが、ここまででかなり脱落した。」
「なんとしても競り落とす! 金に糸目はつけん!」
「わかった!」
警察の手入れを待っていては間に合わない。 犯罪の元締に公権力の手が伸びる頃には商品は闇の中に消えているだろう。 それがネット犯罪の恐ろしさだ。 犯人を捕らえても商品を取り戻せなければ意味がない。
「入力が間に合わない。 10秒で50を越える入札がある。」
「なんとかしろ!」
「まかせろ!」
目まぐるしく書き変わる最高金額を見つめるミロの顔に焦りの色が浮かぶ。 もし落札できなかったらカミュは……!
信じられない桁数に徐々に入札が減り、ついに一騎打ちになったが、閲覧者の数はミロには想像もつかないほど多いのだろう。

   くそっ、カミュは見世物じゃないっ!
   貴様ら、なんのつもりだっ!

こちらの入札額を見越してそれを上回る額が即座に表示され、追いつくことが難しい。
「どうする? 思いきっていくか?」
「かまわん、やってくれ! 金はあとで取り戻す!」
「たぶんこいつは出品者だな。 こっちの足元を見て、値を吊り上げようとしてやがる!」
デスマスクが吐き捨てるように言った。
息詰まる攻防の果て、ついにデスマスクが安堵の溜め息をついたのは終了した瞬間だった。
「やったぜ! 落札した! 気が遠くなるような金額だ!」
「よしっ!」
どっと疲れが出たミロが椅子にどっかりと腰掛けた。

入金の一時間後にカミュは中東のとある国の山あいで解放された。 突然発現した小宇宙を察知して即刻駆け付けたミロが抱きしめて無事を確かめる。
「ミロ!」
「最高落札価格の記録を塗り替えたな。 さすがはアクエリアスのカミュだよ。」
「え?」
カミュの返事を待たずにもう一度かわされた口づけはたとえようもなく甘かった。

その後の調べで犯人は、地上に舞い戻った冥闘士くずれの犯罪者であることが判明し、指定口座に振り込まれた巨額の身代金も無事に回収することができた。
「アテネの書店で本を探しているときに一瞬にして拉致された。 実力のないわりには小宇宙を完全に封ずる能力を持っている冥闘士で、この私としたことが手玉に取られてしまった。 思い返しても腹立たしい。」
テレパシーも小宇宙による能力なので、捕われたカミュは急を知らせることすらできなかったのだ。
聖域に戻ったカミュからおおよその事情を聞き取ったミロは即座にカノンを呼び付けた。
「カミュのことは聞いているだろう! 冥界に行ってラダマンティスを呼んでこい! やつに話がある!」
すごい剣幕に息を呑んだカノンがすぐに冥界の巨頭の一人ワイバーンのラダマンティスを連れて来てミロと会わせたときはたいへんだった。
「貴様っ、配下の冥闘士の掌握はどうなってるっ! こんな不始末を看過していて、それでもいっぱしの上司のつもりか! カミュが無事に戻らなかったら全面戦争に突入だぞ! ええいっ、腹を切って詫びようとは思わないのかっ!」
胸倉をつかまれたラダマンティスが蒼白になる。 傍らにいたカミュが、いくらなんでも、と止めに入りことなきを得たが、一気に千日戦争になりかねない勢いだった。
「今度のことは本当に申し訳なかった。 この通り謝る。 やつはすぐに引っ立てていき、コキュートスに浸けて二度と地上に這い上がれないようにしよう。 ルネの判決を待つまでもない。」
詳しい事情を聞かされたラダマンティスが即答し、ミロの脳裏にいやな思い出が蘇る。 コキュートスではじつに酷い目にあったのだ。
「ミロ、もうそのくらいでよいから。」
カミュにとりなされたラダマンティスがアテナに謝罪するため教皇宮に向かい、 ようやくことは終息に向かった。

「それにしてもお前をオークションにかけようなんてけしからんっ! 言語道断だ!」
「まったく不愉快だ! それに、なぜスリーサイズまで計らなくてはいけないのだ?」
「なぜって……」
生身の人間をオークションにかけようとする人間の意図は明らかだ。 顔写真だけで済んだのは幸いだった。

「ついてるな、顔写真だけだぜ! ほかの写真もあったらこの百倍は入札があったろう。」
パソコンを操作しているデスマスクがそう言って、ミロの肝を冷やしたのだ。
「6カ国語が話せるなんていうのは本当の意図をカモフラージュするための情報にすぎん。 買手もそんなことはわかりすぎるほどわかってる。 買手がついたら、二度とカミュは見つからないだろう。 小宇宙を封じられているから探しようがない。」
デスマスクはそうまでいったのだ。

「通訳にそんなものは不必要ではないか。」
「…は?……あ…ああ、そうだな。」
驚いたことにカミュは自分がなぜオークションにかけられたか理解していなかった。

   普通、誘拐されてスリーサイズまで計られてオークションっていえば、目的くらいは想像できるんじゃないのか?
   いや、わかってないほうがいいかな、やっぱり

「スリーサイズって、もちろん服の上から計られたんだろうな?」
念のために聞いてみた。 答えを聞くのも怖いが、はっきりさせておきたいことでもある。
「その必要はない。 自己申告だ。」
「え?」
「自分のサイズくらい熟知しているゆえ、改めて計り直す必要はない。 それに監禁場所にメジャーなどなかった。」
「あ………そうね。 うん、そうだな!」
まったくの杞憂である。

「ラダマンティスの言うには、ほかに地上で小宇宙を封じることのできるやつはいないそうだから安心だ。」
「うむ、小宇宙を発現できぬとほんとにただの人になる。 今度のことでそれがよくわかった。」
「やっぱり聖闘士のほうがいい?」
「当たり前だ。 いまさら普通の人間に戻ろうとは思わない。 それに…」
「それに、なに?」
カミュがぱっと頬を染めた。
「聖闘士なら、お前と一瞬にいられるから…」
「あ…そうだな。 うん。」
照れたミロがカミュを抱いた。
「今夜のお前のオークション、入札者は俺しかいないけど、いいかな?」
「え、あの……先行予約を受け付ける。」
「そうこなくちゃ!」
夕闇が迫っていた。




       

      
ミロ様のアペンがオークションに出るということに関してメールをしていたら、
      「生身のカミュがオークションにかけられたらどうなる? もちろんミロが競り落とします」 という発言が!
      えええっっ!
      そしてこの話ができました。
      みきこさん、どうもありがとうございます。


   ◇ カミュ様オークション事件 「 隠された真実 」

      敵の冥闘士、あっさりとカミュを誘拐して監禁場所にテレポートし、さて、とパソコン立ち上げて。
      カミュに身長などの数値を聞いて入力、
      「メジャーがないんだが、スリーサイズはわかるか?」
      「当然だ。」
      言われた通りに入力。
      「顔写真を撮るからこっちを向け。」
      「なぜ?」
      「画像がないと登録ができないそうだ。」
      むっとしているカミュを写メール。
      持っている携帯は第二世代で、手ブレ補正機能がついてないけど問題なし。
      カミュに憧れているわけではないので、手ブレはしません。
      「う〜ん、これだけじゃ、まずいな。 お前、外国語は話せるのか?」
      「誰にものを言っている? ギリシャ語、ラテン語、フランス語、ロシア語、英語、日本語に通暁している。」
      「ドイツ語はできないのか?」
      不満そうな冥闘士。
      「……できない。 なぜそんなことを聞く?」
      むろんカミュも面白くない。 
← 感心されないのは初めて
      「俺はドイツ出身だ。 ドイツ語も覚えておけ。 『 6カ国語に堪能 』 と……これでよし。 送信!」


こんな経緯があったのではなかろうかと。
ちょっと緊迫感のない冥闘士です。 
← カミュ様もです