どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために
「 好きなものは好き! 」と 言えるきもち抱きしめてたい |
カミュがミロとともにトラキアに来るのは去年に続いて二度目である。
ギリシャ北部にあるトラキアはミロが暮していた村で、幼いころに叔母夫婦に引き取られて育ったミロには懐かしい故郷なのだ。
「だから今年の収穫祭にあわせて俺の従兄弟のディミトリーの結婚式があるんだよ。
きっとにぎやかになるぜ!」
村への道を歩く二人はそれぞれに結婚祝いの品を持っている。ミロはアテネを歩き回って見つけた高雅な造りの置時計、カミュはバカラのデカンタを入念に選んでいた。
「人の結婚式に出るのは初めてだ。」
「俺だってそうだよ、聖域に暮していたらそんなことはまず考えられん。 ディミトリーが結婚するのは同じ村の娘だから俺たちも去年会ってるはずだ、美人だといいんだが♪」
「結婚するのはミロではあるまいに、なぜそんなことを?」
「だって、親戚になるんだぜ! どうせならきれいなほうがよくないか? それに子供が生まれたら俺の甥か姪なんだから可愛い子のほうが頬ずりしたときに嬉しいからな♪
でも…」
立ち止まったミロがちょっとあたりを見回した。遠くのブドウ畑に小さく動く人影が見えるが、他には誰もいはしない。
「一番きれいなのは、お前……そしてそのお前は俺のものだ…」
手を引いて傍らの繁みに入ったミロがやさしく唇を重ねると、ちょっとためらいながらカミュも抱擁を返してくる。
昼日中からいささか気がひけるのだが、村に入ってしまえばこんなことはとても望むべくもない。
しばらくお互いの感触を確かめあったあと、道に人がいないのをみすまして再び村への道を辿る。
「やあ、ミロ、きたな! カミュもようこそ!」
「ディミトリー!! 花婿自ら出迎えか?!」
「知らんのか?結婚式の日は、花嫁は支度に忙しいが花婿は何もすることがない。
用意を手伝おうとすれば邪魔者扱いされるが、かといって椅子に座っているわけにもいかないからな。」
くどきながらもさすがに嬉しいらしく、終始笑顔を見せるディミトリーはカミュの祝辞に礼を言い二人からの祝いの品を喜んで受けとってくれた。
「こいつはミロ叔父さんの置時計と命名して暖炉の上に置こう!どうせいずれ子供が生まれることになるんだからな!
それからこちらは……え? バカラのデカンタ? これは面白い! カミュのバカラのデカンタとはね♪ブランデーはうちでも作ってるから、これに入れればカミュのブランデーの出来上がりだ♪」
「その組み合わせなら最高だ、俺が保証する♪」
笑い合った三人はそのまま家まで行き部屋に荷物を置いた。
「それじゃ、夕方まで好きにしててくれ、式と披露宴は村の伝統にのっとり、うちのブドウ棚の下でやる。」
他の客を迎えるためにディミトリーが出てゆき、二人はその弟のソティリオを探しにブドウ棚まで行くことにした。
「ほぅ、こいつはにぎやかだ!」
村の収穫祭と結婚式を兼ねているのだから準備も去年に輪をかけて華やかで、村中から集められたに違いないテーブルがブドウ棚の下に並び、花篭や食器類が所狭しと置かれている。女達が忙しく立ち働いていて、どうにも男手は要りそうにない。
「ああ、あそこにいる! おおい、ソティリオ!」
その声に打ち合わせをしていたらしいミロの従兄弟が振り向き、破顔した。
「ミロ!それからこっちはカミュだ、よく来てくれた!」
ミロと同じくらいに見事な、しかし短めの金髪を振り立てて二人と握手をするソティリオは血色がよく、すでにワインを何杯も飲んでいるのに違いない。
「ミロと、それからカミュが来てくれれば、場がいっそう華やぐというものだ。
カミュ、去年は大伯母がどうも失礼を言って申し訳なかった。 今度はよく説明してあるから、あんなことはあるまいと思う。
安心して飲んでてくれ♪」
去年の収穫祭でミロの花嫁と間違われたことは、まだカミュの記憶に新しい。
思わず頬を染めてしまうカミュはやはりきれいというほかはなく、周囲の視線が集まるのは如何ともしようがないのだ。
気がつけばブドウ棚の下の女たちは仕事の手を緩めてこのやり取りを聞いている。
日に焼けた村の男達とはまったく違う種類の人間としか思えないカミュの飛び抜けた美しさは、去年の収穫祭以来、村の女達の語り草になっており、それこそ近隣の村の女たちまでこのアテネからきた麗人に会うのを心待ちにしていることなど知る由もない二人なのだった。むろん、長年
村を留守にしているミロの美しさも女達は忘れてはいない。 見ない振りをして、その実は二人をそっと眺めて楽しんでいるのが女というものなのだ
「だめだよ、カミュはまったく飲めないんだから、その分は去年通りに俺が引き受ける!」
「ああ、わかってるさ、去年も真っ赤になってたからな、それじゃぁ、カミュのガードをよろしく頼む!」
くすくす笑ったソティリオは中断していた打ち合わせにかかり、それを契機に、そろそろ周囲の感嘆の視線を感じ始めたミロは積極的に状況の打開を図ることにした。
「おい、照れてないでこっちから挨拶したほうがいいぜ! でないと、披露宴の間ずっと口もきけなくなるからな!」
注目されて硬直しかけているカミュの腕を取ってずんずんと女達の中に入っていったミロが顔見知りを見つけて世間話を始めると、今度は女たちの方が照れながらそれでも会話が弾むのだ。 誰とでも気の効いた会話ができるらしいミロの如才なさに感心したカミュが少し安心して心安そうな女に話しかけると、今度は相手の方がどぎまぎしてうつむいたりしながら決まり悪そうにする。
そらね、カミュには何の気もなくても、あのきれいな目で見つめられたら普通の人間は平静ではいられんからな!
先手必勝! ここで優位を取っておけばカミュが披露宴の間、うつむいて過ごすことはあるまい♪
これで目をそらすのは向こうの方だ!
内心ほくそ笑んだミロの配慮は実を結び、やがて夕暮れとともに始まったにぎやかな宴の間もカミュは至極落ち着いて過ごすことができたのだ。
ディミトりーと腕を組んで現われた花嫁はミロをうんうんと頷かせるほど美しく、さすがに皆の賞賛と祝辞の的となり、ミロも勧められるままによく飲み、かつ、誰彼となくしゃべって旧交を温めた。
隣のカミュは控え目に相槌を打ちながら顔見知りになった村人となごやかな会話を楽しみ十二分に打ち解けることができたのだった。
そして花嫁と花婿が新婚旅行に出発してしまうと、あっという間に女たちが祝宴のあとを片付け始め、たくさんのテーブルが手分けして次々と運ばれてしまうとものの20分も経たないうちにブドウ棚には元の静けさが戻っているのだった。
近くの家までテーブルを運んだ二人が戻ってくると、残されているのはテーブル一つと椅子が数脚、そしてワインを飲んでいるソティリオである。
「片づけまで手伝ってもらって申し訳ない、客人に悪いことをした。」
赤い顔のソティリオは無事に披露宴が終わったことにほっとしたらしく、二人に椅子を勧める。
「いい結婚式だった! 花嫁もきれいだし、ディミトりーは幸せ者だよ♪」
注がれるままにワインを開けたミロはだいぶ酔いが回っているのだろう、
「次はソティリオの番だな、また呼んでくれ、俺たち二人で必ず来るからな♪」
機嫌よく言うと、ソティリオに新しいワインを開けてやる。
よくこんなに飲めるものだとカミュが半ば呆れ半ば感心していると、一口飲んだソティリオが言った。
「俺もそのうちに結婚するさ、もう相手を見つけてあるんでね。」
「ほぅ、そいつはめでたい!」
「それよりミロ、お前はどうなんだ? なんだったら村の女のだれでも紹介するが。相手がお前なら誰でも頬を染めるに違いないが。」
はっとしたカミュがそっとミロを盗み見ると、空いていた椅子に長々と足を伸ばしていたミロが手にしていた空のグラスをソティリオに差し出した。
それに黙って注いでやるソティリオは、どうやら色よい返事を待っているらしい。
「俺は…」
ミロがワインを一口飲んだ。
「俺たち二人は神殿に奉仕している。 だから結婚はできないんだ、残念だが。」
カミュがそっと溜め息をついたらしいのが暗がりでもわかる。
「そうか……そうだったな、お前が村を出て行くときにそういえばそんな話を聞いたことがある。」
残念そうなソティリオはそれでもあきらめきれないらしい。
「だが、それって………淋しくはないか?」
「淋しい?」
手にしたグラスを空けたミロが突然カミュの肩を抱き寄せた。
あ……!
「淋しくなんかないぜ、カミュも同じだ。 俺はカミュとともに生きていく。 どんなときも俺の一生のパートナーだ♪」
ソティリオは目をみはっていたが、ミロの決心の固さを見てとったのだろう、それ以上はなにも言わずにまたワインを注いでくれた。
そのあとは子供の頃の思い出話に花が咲き、やがてまぶたの重くなったソティリオが先に部屋に引き取っていった。
「ミロ………」
わずかばかりの虫の音が響くだけでもうあたりには誰も残っていない。 遅くなって上ってきた月が雲の間から顔を出し、葡萄の葉の夜露を光らせる。
「カミュ……俺たちは聖闘士だから今以上の結びつきは有り得ない。 でも…」
ミロがカミュの手を取った。
「俺はお前とともに生きてゆく……それでいいか?」
言葉としての返事はなかったが、ミロの手を強く握り返したカミュが唇を重ねてきた。
見届けたのは秋の夜の月だけで、それもやがて雲の中に隠れていった。
サイト2周年とミロ様の誕生日記念作品は、トラキア篇の第三弾。
身内の前でミロ様は強い決意を語り、このときからトラキアはカミュ様の故郷になりました。
槇原くんの 「 どんなときも 」、これは人に勇気を与えてくれる名曲です。
初めて聴いたとたん好きになり、とうとうここに現われました。
サイトのメモリアルにふさわしいと思います。