いくつもの日々を越えて  辿り着いた今がある
    だからもう迷わずに進めばいい  栄光の架橋へと

                                               「栄光の架橋」より          ゆず


「カミュ! 用意はできてる?」
扉を開けて入ってきたのは、もちろんミロに決まっている。
目覚めたときからミロの高揚した小宇宙が宝瓶宮にまで達していたのだから、わからないはずがない。
「おはよう、ミロ! もちろん準備はできている。」
出迎えた私を見たミロが、満面の笑みをたたえた。

今日こそが、私たち二人が黄金聖衣を得る日なのだ。
この日のためにどれほどの努力を重ね、厳しい訓練に明け暮れたことだろう。
しかし、制御の難しい小宇宙を常に安定させることが可能になった今は、それぞれに自信と自負が生まれてきているのだった。
教皇の間までの僅かな道のりを登っているときにも、ミロの躍動的な小宇宙が鮮烈に感じられて私を圧倒するようだ。
ミロに言わせれば、私の小宇宙は穏やかでとても静的なのだというが、そうなのだろうか?
ミロのように強大な小宇宙を持った者の方が、黄金聖闘士には向いているということはないのだろうか?

以前から心の奥底に抱いていたそんな疑問を口に出しかけたときだ。
「俺、ずっと前から思っていたんだけど、カミュ、お前がうらやましいよ。」
「え? ………どうして?」
どうして私がミロにうらやましがられることなどあるものだろうか。
ミロこそ、いつも明るくて友達も多く、スコーピオンの黄金聖闘士として技量も徳性も人並み優れているというのに……。
「だって、お前だけだぜ、破壊的じゃない技を持っているのは!
 俺だけじゃない。アルデバランもデスマスクも、それにシュラだってアフロディーテだって、
 その力は強大だけど、みんな、純粋に攻撃的な技だろう?
 だけど、お前は違う!確かに相手を攻撃してはいるけど、ともかく、なんていうのかな?ええっと……きれいなんだよ!」
「……え?きれい……って?」
思いがけないことを言われて、なんと返事をしたものか困ってしまう。
「カミュは自分のことだから気がつかないんだと思うけど、
 そばで見てると、ダイヤモンド・ダストもオーロラ・エクスキューションも、ともかくきれいなんだよ!
 ダイヤモンド・ダストなんか、日の光が当たるとキラキラ光ってすごいんだからな。
 訓練中でも、お前があれをやると、みんな振り返って見てたって知らなかった?
 もちろん、よそ見してたっていうんで、そのあとすっごく怒られるんだけど、それでも見たくてしかたなかったんだよ。」
「そんなこと……そんなこと初めてきいた。」
「それに、もっとすごいのはオーロラ・エクスキューションだよ!
 白く輝く光の中に虹みたいにきれいな光が混ざり合ってまぶしいくらいに輝くんだぜ!
 あれは、お前、めったにやらなかっただろ? たまに見かけるとみんな嬉しくてさ!
 俺なんか、今日はとびきりいい日だって決め込んでた。」
ミロが楽しそうに一人で頷いているのには、本当に驚いた。
私の技を見て、みんなが喜んでいたとは本当の話なのだろうか?
「でも、それだけじゃないぜ!」
「え?」
「うんと小さいころに、お前が雪を降らせてくれたことがあっただろう?
 あれが一番うらやましくてしかたなかったんだよ、お前の技は闘うだけじゃない、人を喜ばせて楽しませることができるんだ。
 俺たちには誰一人そんなことはできはしない、闘って相手を倒すだけだからな、ほんと、うらやましいよ。」
「そんなことは一度も考えたことがなかった……ただ、自分の技を高めることに必死だったし……」
「思うんだけどさ、雪を降らせたり、水を凍らせたり、まわりの温度を変えたりできるってすごいことだぜ!
その力で、人を救ったり世の中を良くしたりすることができるんじゃないのかな?」
「え?……そんなことがあるだろうか?私には、そこまでの力は、まさかないと思うけど?」
私は首をかしげて自分の手を見てみた。
男らしいミロの手とは違って、白くて細身の指が自分では少し悔しいのだった。
「俺のスカーレット・ニードルは相手を倒せるけど、それで人を喜ばせたり救ったりするなんてできやしない。
 でも、お前は、人の命を奪うことなく、その力で誰かを幸せにできるはずだ。
 お前は黄金聖闘士の中でも特別な存在なんだよ、俺はそう思う!」

   私が………特別な存在? そんなはずはない………
   ミロはそんなことを言うけれど、たまたま凍気を操るというだけで、人を救えるなんてことがあるだろうか?

「信じてない顔してるな、カミュ。 でも、いつかお前はその力で人を救うと思うな。
 もしかしたらどこかの国を救うのかもしれないぜ?」
「まさか!」

   この私が一つの国を救うなんて!
   いくら黄金聖闘士になるといっても、私などまだまだ未熟なのだ、そんなことはありえない。

「そんな夢のようなことを……わたしなどより、ミロの方こそ、なにか大きなことを成し遂げるに違いない。私はそう思う。」
「そうかな? 俺にもよくわからないけど………でも、それならいっそ、こういうのはどうだろう?
 俺が一国の主になって、お前がその危機を救うんだよ!そして俺たちは固い友情で結ばれる! いいと思うぜ、そういうの。」
ミロの考えることはいつも面白くて、私は笑わずにはいられない。
ミロもとても楽しそうで、いつも通りの太陽のような笑顔を見せるのだ。

そんなふうに私たちが未来を思い描き、夢を語り合っているうちに、教皇の間が近づいてきた。
私たちは正面の扉を入ったところで左右に分かれるとそれぞれ別の控え室に入り、教皇の従者の手を借りて初めて黄金聖衣を身につけたのだ。
初めて目にする水瓶座の黄金聖衣はえもいわれぬ美しい光を放って私の心を魅了し、胸に肩に黄金の聖衣が触れるたびごとに、自分の小宇宙がかつてなかったほどに増大していくのを感じることができる。
身体の内から湧き上がってくる鮮烈な感覚に圧倒されそうになる自分と闘いながら、私は黄金聖闘士になろうとしているのだった。
きっとミロも、今ごろは私と同じこの感覚を味わっているのだろう。
最後に肩に裏青いマントがつけられると、それまで無感動な様子に見えていた従者がうやうやしく脇によけ、私の前に教皇の間への扉が開かれた。
促されて部屋を出てゆくとき、柱の向こう側のほの暗い壁の鏡に一瞬私の姿が映ったのが目にはいったのは偶然だったろう。
日の差さぬ暗がりの中で燦然たる輝きを放つ黄金聖衣をまとった私がそこにいた。
いまだかつて経験したことのない戸惑いと陶酔が私を襲う。

   私が………この私が、黄金聖闘士なのだ!

まだ見ぬミロの姿を夢想し、ともに黄金聖闘士となるための一歩を、こうして私は踏み出して行った。




                          「いくつもの日々・1」 を書いた後で、唐突にカミュ様視点のものを書きたくなりました。
                          初々しいこの日の御二人の戴冠は、昭王様の加冠の儀にも匹敵するものです。
                          オリンピックがなければ存在し得なかったこの情景が、とてもいとしく思えます。

                          ミロ様もカミュ様もまだ若く、二十歳の言葉遣いとはいささか違っており、
                          そのあたりがちょっと苦労でした。
                          幼ささえも仄見える若い彼らの純粋さ、清廉さ、
                          そして荘重な儀式の雰囲気が出ているといいのですが。
                            


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