藤原 俊戌
【歌の大意】 まるで紫の雲のようにも思われる藤の花が散りかかる
雨のしとしと降っている夕暮れの花の見事さよ
朝から降り出した雨は、夕方になってもやむ気配がない。
乗馬の練習も休みの今日は、日本に来て初めての何の予定もない日だった。
「 カミュ、庭の向こうに綺麗な花がさいてるぜ、見に行かないか?」
暇を持て余してガラス越しに降り止まぬ雨を眺めていたミロが声をかけた。
「 花を? それは行ってもよいが、お前がそんなに花好きとは知らなかったが。 」
「 俺は綺麗なものは何でも好きなんだよ。」
振り返ったミロが笑いかけ、その天真爛漫な笑顔がカミュにはまぶしい。
おかしなことだ、雨なのにミロがまぶしく感じられるとは………
苦笑したカミュが本を置いた。
「 傘は……あるのか?」
「 ああ、この玄関の戸棚に入ってるぜ、さっき確かめておいた。」
日本の履物は面白い。
素足の指で鼻緒というのを挟みこみうまく歩くことが出来るのだ。
「 確か、昔のエジプトあたりにこんなサンダルがなかったか?」
「 うむ、貴族達はパピルスの葉や動物の革で作ったサンダルを履い ていたようだ。
王や女王のサンダルは金銀宝石で装飾されていたらしい。 一般の民は裸足だったと思われる。」
「 ふうん、金銀宝石ねぇ!」
ミロは履物をはいたカミュの足元をちらっと見た。
先ほど湯から上がったばかりの指先が桜貝の色に染まって美しい。
薄紫の鼻緒もカミュにはよく似合っている。
こんな綺麗な足先を聖衣のブーツで隠すのはもったいないな
いや、聖域を素足で歩かせて、他の者に見られるほうがもっともったいないか!
やはり俺だけのものにしておこう!
一人ほくそ笑むミロをカミュが怪訝そうに見た。
「 何を笑っている?」
「 いや、別に。早く行こうぜ。」
ミロが傘を差し出すと、カミュが、ほぅ、という顔をする。
「 これは………木と紙でできているのか?それに、この匂いは何だろう?」
「 油……かな? 紙だと雨が滲みるから油を塗って強化してあるんじゃないのか?」
「 なるほど、そうかも知れぬ。あとで宿の主人に聞いておこう。」
カミュがちょっと苦労しながら傘を開いて嘆声を上げた。
「 これは素晴らしい!」
「 え? なに?」
覗き込んだミロも思わず唸ったものだ。
傘の内側の骨の部分がいかにも細かい細工でできており、ヨーロッパのものとは比べ物にならぬ繊細な美しさを見せていた。
色糸で綺麗に装飾されていて、実用品というよりも芸術品と呼ぶのがふさわしかった。
「 こいつはすごいな!」
「 日本人は手先が器用だというが、その通りだな。」
確かに傘も綺麗だが、ミロはそれを見上げているカミュのほうにも気を惹かれずにはいられない。
カミュに渡した傘は落ち着いた緋色で、光を通したその色が端正な顔をほのかに色づかせているのだ。
湯上りに着ている白地の浴衣も、淡い紅を帯びている。
いや、まったく驚いた!
傘一つでカミュの魅力倍増じゃないか、ほんとに日本に来てよかったぜ!
アテナの英断に内心で感謝しながら、カミュに続いて濃い紫の傘をさしたミロは雨の庭へと出て行った。
歩き出して驚いたのは、傘に当たる雨の音だった。
雨粒のあたる音がパランパランと軽く響き、面白いことこの上ない。
音と光を楽しめる傘だ!
まったく日本人とは面白い民族じゃないか、実用的で芸術的かつ享楽的な傘とはな!
ミロはますます感心せずにはいられない。
離れ家の玄関からは敷石伝いに庭の奥まで行ける。
敷石は途中から不定形の丸みを帯びた飛び石に変わっていき、二人を面白がらせた。
きれいに刈り込まれた植え込みに添って飛び石を曲がっていくと、その先にお目当ての花が見えてくる。
「 ほら、あれだ、なかなかいいだろう!」
「 ほう、これは………」
薄紫の濃淡がいかにも美しい花が、長い房状になって頭上の棚から数え切れぬほど垂れ下がっているのだ。
どうやら蔓性の植物らしく、そのために作られた柱を太い幹が絡み合いながら高い位置まで這い登っている。
雨にしっとりと濡れているさまは息を呑むほど艶麗で、まるで薄紫の花の雲を見上げているようだ。
「 どう? カミュ」
「 ほんとに………なんと美しいのだろう………」
そぼ降る雨に濡れるのもかまわず、手にしていた傘をさげたカミュがつぶやいた。
「 濡れるぜ。」
ミロが紫の傘をさしかけ、そっとカミュを抱き寄せる。
「 あ…………」
「 いいんだよ……誰もいない………この花しか見ていない」
「 でも……………」
「 それに」
ミロが傘の柄をぎりぎりまで深く持ち直す。
「 俺もお前もこの傘のおかげで薄紫に染まってるから、誰にも見つけられないさ。」
「 ………そう…かな…」
「 ああ、だけど……」
ミロが言葉を濁し、それがカミュの気になった。
わざとカミュに尋ねさせようとしているのは明らかだ。
少しためらったものの、、やはり知りたくなったカミュはミロの術中にはまるのを承知で訊いてみた。
「 だけど……?」
微笑したミロが薄紫の中で顔を寄せる。
「 今夜、お前をほかの色に染めてもいい?」
いたずらっぽく笑う青い瞳がまぶしくて、カミュは目を閉じる。
傘に当たる雨の音が遠くに聞こえた。
日本の宿には庭がつきもの。
そこでミロ様カミュ様にも日本庭園の散策をお楽しみいただき、
合わせて和傘や庭下駄にも親しんでいただこうとの趣向です。
ほんとに、外国の人の目には
日本のいろいろな文化はどのように映るのでしょう?
かえって、日本人が忘れてしまっているもののよさを
評価してくれてるような気もします。
あの有名な源氏物語も、
1970年代にアメリカのサイデンステッカー氏が翻訳し、
海外で評価が高まったのをきっかけに、
日本でも再評価された、という見方があるくらいです。
もっと日本の伝統美を見直して生活の中に取り入れられたら、
と思うのですが、
私より先に宝瓶宮や天蠍宮で流行りそう ♪
寝室をほのかに照らす行灯型照明器具なんか、
ミロ様、秋葉原で買って帰ったりして(笑)。
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藤の花 雲にまがひて散る下に 雨そぼ降れる夕ぐれの空