光にゆれる気分はピーチパイ 私の体をバラ色に染めて 恋が始まる予感はピーチパイ 小さな私の宇宙はまわる |
歌 : 竹内まりや 「不思議なピーチパイ
」 より
カミュがシベリアで暮し始めて5年が経った。
初めて訪問してからというもの、時々は新鮮な果物や野菜その他諸々の品を携えてシベリアを訪れてはいるが、泊まりこむのは年に一度くらいのものだ。
だいたい、テレポートで往復できるのだから、はるばる時間をかけて往復する列車での旅と違って、泊る理由などないのだった。
それはたしかに、泊まるのは楽しくはある。
およそ旅行というものをしたことのない俺たちは、聖域を出るといっても与えられた任務をこなすだけで、それは世間で言う観光や物見遊山とは根本的に異なっているのは明白だ。
だからといって、親友だから、という軽い気持ちでカミュと弟子達の修行の場に気楽に泊まりに行けるものではないのだった。
本心を言えば、毎週でも泊まりたい。
しかし、十二宮では原則として自宮で就寝するのが当たり前で、それは宮を守護するという黄金聖闘士としての当然の責務なのだ。
俺たちは小さいときからそれを当たり前と考え、疑いもせずに実行してきたものだ。
仲のいい黄金のところへ勝手に泊まりに行くというのでは黄金の規律は保てない。
誰もがそう考え、規律を遵守しているのに、どうして俺だけのこのことシベリアに泊まりに行けるだろうか。
しかし、年に一度位はいいのではないか、といってくれたのはアフロディーテだった。
「あんなところで暮していては、いくら修行の身だとはいえ、小さい弟子達が世間知らずのままで聖闘士になってしまう恐れがある。
ここ聖域で暮していれば、世間一般の暮らしとは言えないまでも他人との接触はあるが、東シベリアの世間と隔絶された環境で何年も過ごすのは健全な教育環境とはいえまい。 だから…」
ローズティーの香りを楽しみながら、双魚宮の聖闘士は俺の気持ちの後押しをしてくれた。
「時々は食料や本、そして私の美しい薔薇を持っていくべきだし、年に一度位は泊り込んで弟子達に世間の風を当ててやるべきだと思う。
カミュは生真面目すぎて、弟子達に厳しい修行を課すことに気が行き過ぎているのではないかな?
そこに新しい風を入れるのは、ミロ、君がふさわしいだろう。」
こうして俺はアフロの推薦を背に今年もシベリアに宿泊の許可付きでやってきたのだった。
「やあ、どうしてる? みんな元気でいるか?」
山のような荷物を抱えてきた俺を相変わらずの歓迎の声が出迎える。
「よく来てくれた! 聖域には変わりはないか?」
「ああ、みんな相変わらずだ。 巨蟹宮だけは妙なインテリアが増えてきて、ちょっと俺の趣味じゃないけどな。」
そういいながらたくさんの食料とカミュから注文を受けていた何冊もの難しそうな本をテーブルに広げる。
もっとも本の中には、少しは俺のことも考えてもらおうと思ってハイネやゲーテの詩集も忍ばせてあるのだが。
前回持ってきたシェークスピアは読んでくれたかな?
マクベスやリア王だけじゃ、俺は困るんだがな…
書棚に目をやると、うん、たしかにシェークスピアの背表紙が見える。
「少しは読んだ?シェークスピア 」
肩越しに親指で指すと、
「ブリザードが吹き荒れる日が何日も続くと、本を読むしか時間の使いようがない。
アイザックと氷河が勉強を終えて寝てしまうと、お前の持ち込んだ本が私の助けになった。」
そう言ってカミュが書棚から取り出したシェークスピアは、なるほど手擦れができるほどに読み込まれているのだった。
「それは嬉しいね、どれが気に入ったんだ?」
「そうだな………真夏の夜の夢とか十二夜が面白い。」
「え?」
ちょっと予想外な答えに驚いてしまう。 カミュのことだからリチャード二世とかジュリアス・シーザーとか言うんじゃないかと思っていたのだ。
「人物の取り違えや入れ替わりがなかなかユニークだ。 お前はどれが好きなのだ?」
「俺は悲劇は好きじゃないし、 歴史劇も重すぎる。 やっぱりハッピーエンドが好みだな♪
真夏の夜の夢は妖精なんかが出てきて現実的じゃなさ過ぎるから、俺も十二夜! 舞台装置もいいし、登場人物も垢抜けてる。」
それからしばらくシェークスピア論に花を咲かせているうちに、アイザックと氷河が俺の持ってきた新鮮な材料を使ってここでは珍しい料理に挑戦し始めるのがいつものことなのだ。
食卓を囲んでわいわいとにぎやかに食事をするのはここでは滅多にないことで、二人の小さい弟子だけでなくカミュまでもが普段よりも口数が多く楽しそうなのが俺を満足させた。
やっぱりアフロの言うとおり、ここには外の風が必用だ。
そしてデザートには俺の持ってきたさくらんぼのタルトが場を盛り上げる。
「わぁっ!すごいっ!!」
「どうだ、ちょっとしたものだろう♪」
にやりとした俺がきれいに八等分に切り分ける。
「あとの一切れは明日の朝にするように。」
カミュが言うと、
「はいっ!」
元気な返事が返ってきたときには、最初の一口が口の中に消えている。
「今回はこのタルトだけじゃないぜ♪」
「え?」
「ここの外は天然自然の冷凍庫だからな。 フランボワーズのタルトと苺のミルフィユと、あとパウンドケーキとチョコレートケーキを幾つかドアの横に置いてある。あんまり急いで食べるなよ♪」
「わぁっ♪」
またまた歓声が上がり、俺の株もさらに上がったのは間違いないだろう。
「そんなに甘やかして…」
「いいんだよ。 厳しいのはお前が十二分にやっているだろう? 俺は息抜きの役♪たまには甘さも必用だぜ。」
俺は赤いさくらんぼを口に放り込んだ。
アイザックと氷河がカミュにおやすみのキスをしてから部屋に引き取って行き、あとは俺たちだけとなる。
「もう少し食べられる?」
「え? なにを?」
「アフロに教えてもらって、俺とお前用にピーチパイをこしらえてみた。 グランマニエを効かせてあるんで子供向きじゃないんだよ。」
そう言いながら俺は、子供達の目を盗んでこっそり室温に戻しておいたピーチパイを持ってきた。
「私はアルコールはあまり得意ではないのだが。」
「平気だよ、たかがケーキ一個だぜ?」
そういいながらアフロに持たされたダージリンを淹れてやる。
「いい香りだ♪」
「アフロのサービスで、すこしばかり薔薇の香りもついている。 お前のためのスペシャル・ティーってわけ♪」
頷いてティーカップを口元に運ぶ手つきがきれいで、俺はつい見とれてしまう。
「紅茶にブランデーは入れないでおく。 苦手そうだからな。 ケーキのグランマニエで十分だろう。」
「ああ、それがよい。」
ピーチパイはかなり甘くてカミュをあきれさせた。
「ミロ、次からはもう少し砂糖を控えたほうがよいと思うが。」
「ふふふ、すまない。 俺もそう思う。 でも、食べられないわけじゃないだろう?」
「もちろん。 美しくできている。案外と器用なのだな。」
「お前が聖域を離れてこんな土地で頑張っているんだ。 このくらいのことはさせてもらおうじゃないか♪」
そんなことを話しているうちに、カミュが上体を一瞬ふらつかせた。
「……あ」
「どうした? 眠気が差したか?」
「いや、そんなことは………ただ、手足がなんとなく重い……」
まさか、またアルコール…か?
だって、二人分のピーチパイに小さじ二分の一のグランマニエしか入ってないんだぜ?
それでなぜ酔いが回るんだ??
「ミロ………もう、部屋に戻りたい…………すまないが、先に寝かせて…もらう」
カミュがゆらりと立ち上がった。 はっとして見上げると、白かったはずの頬も喉元も薔薇色に染まり視線がゆらいでいる。
「大丈夫か? 歩ける?」
ドキッとして、あわてて手を差し出そうとしたが、
「このくらいのことで人手を借りるわけにはいかぬ……」
首を振ったカミュに、あまり歯切れがいいとはいえない口調でしっかりと断られた。
仕方がないので、壁伝いにゆっくりと歩むカミュの横についてゆく。
部屋の扉を開けてやると、半分入ったところでカミュが立ち止まった。
「すまない………せっかく来てくれたのに………………もっと話をするはずだったのに……こんなに酔ってしまって…」
「いいさ、気にするな。レシピ通りに作った俺が悪かった。 次からはノンアルコールにしよう。」
「ん………ほんとに私は…弱くて………」
壁にもたれかかったカミュの足元が危なそうで俺をはらはらさせる。
「大丈夫? あの………ベッドまで行けるかな?」
できるものなら支えてやって、ゆっくりと介抱してやりたいのは山々だったが、俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
カミュもこの場所では自分が師であることを自覚していて他人の助けを借りようとはしなさそうだったし、もし万が一、カミュが俺の手を求めたとしたらどこまで自制できるかどうか自分でもわからなかったのだ。
いまカミュを支えようものなら、火のような息が俺の首筋にかかって、それだけで俺は………
しかし、その俺の逡巡を断ち切ってくれたのはカミュだった。
「このくらい歩けなくては、師の役目は果たせない………大丈夫だから………おやすみ、ミロ…」
息をつぎながらそれだけ言ったカミュがゆっくりとドアを閉めた。
ほっとしたような、残念なような気がしてしばらくそこにいると、やがてかすかにベッドの軋む音がして、不安定だった小宇宙が穏やかになってゆくのが手に取るようにわかるのだ。
ほんとに人騒がせだよ………お前も、ピーチパイも……
お前が聖域に帰ってきたら、
そして、師であることの呪縛から解き放たれたら………
想いを伝えるのはそれからだ。
安らかな寝息を背に、俺は廊下を戻っていった。
八割がたできている話をビルダーの中に発見!
でも、歌がついていません!
しかたがないので、お菓子関係の歌を頭の中でさらっていたら、ありましたありました♪♪
竹内まりや のこの曲は私のカラオケ十八番、よ〜く乗れるのです。
書いてみると、このミロ様、とっても大人の雰囲気なんですね、
聖女たちのララバイシリーズとはかなり印象が違います。
「願い事ひとつだけ」 で子供のミロ様を描いている最中なので、
大人っぽいミロ様に飢えていたみたいです(笑)。