I am GOD‘S CHILD
 この腐敗した世界に堕とされた 
 How do I live on such a field?
 こんなもののために生まれたんじゃない

                                                   作詞作曲 : 鬼束ちひろ    「 月光 」 より


闘うということ、それすなわち人を死に至らしめるものだということをやはりカミュはわかっていなかったのだろう。
頭では、理屈ではわかっていたつもりだった。
しかし現実に己の手で人の命を奪った瞬間にカミュはその意味を悟ったのだ。
光を失った目、鼓動をやめた心臓、二度と再び大気を吸うことのない肺、この世のなにものよりも冷たく凍えた手足。
たくましく生気にあふれていた体躯は氷の棺に包まれてもはや動くことはない。

   この手で人の命を奪った………
   いや、そうではない………私は人を………………殺したのだ………殺した………殺した
   もう二度と………もとの自分には戻れない

おのれの冷酷な所業を目の前に突きつけられ、はるか高みを目指していた魂がひとつ崩れ堕ちていった。


聖域にはこんなに人が多かったろうか。
通り抜ける広場のそこかしこにいる人がすべて自分を見ているように思えてカミュは足をすくませる。 
闘技場の横を通り過ぎるときにははるか年上の雑兵たちが畏敬を込めて道をあけた。
なにごともなかったように装いながら十二宮に向う後ろ姿を彼らはなんと見たろうか。
黄金の鎧の下でおののき震える若い心は誰に見えよう筈もなく、ゆるやかに翻るマントは黄金の誇りと矜持を色鮮やかに描いてみせた。
出会う人の全てが自分に頭を下げて尊崇と恭順の意を示すことにカミュは恐怖せずにはいられない。
人の血で穢れた手。
死の匂いの纏わりついたおのれの凍気。
慟哭する心を知らぬげに冷たく光り輝く黄金の聖衣。
忌避されるべきそれらに目をそむけることなく平然と受け入れるこの場所はいったいなんなのだ?

   私は穢れている
   もはや救いはないだろう
   アテナと地上を守るために人を殺し そのたびに私は堕ちて 堕ちて 堕ちて
   もう二度と這い上がれない
   人を………………殺した……

辿り着いた宝瓶宮の全てが冷たく見えて扉に手をかけるのさえためらわれる。
しかしほかに行くところなどあるはずも無く、重い溜め息をついて手を伸ばしたとき後ろから呼ぶ声がした。
ミロだ。
少し息をきらして駆け上がってきたらしい。
「私なら大丈夫だ。 なにも変わりはない。」
意外なほど冷静な声が耳を打つ。
「そう………それならいいけど……」
なおも なにか言おうとするミロの前でことさら平静に扉を開けた。
主を待っていた冷気が静かに流れ出しマントの裾をわずかに揺らす。
「私は私だ。 なにも変わりはない。」
ミロの顔を見ないようにして重い扉を後ろ手に閉めた。
静か過ぎるホール。
長い廊下。
冷たく張り詰めた空気。
静謐なだけの宝瓶宮にカミュがひとつ身震いをした。
おのれの棺のように思えた。




           
動揺する心を押し隠すことしかできないカミュ様には、ミロ様の案じる心も伝わりません。
           強い黄金であろうとするあまり、柔らかい心まで鎧ってしまうのです。