槇原 敬之   「 HAPPY DANCE 」 より



目覚めたとき身体が妙にだるくて目を開けるのも億劫だった。 
やっと薄目を開けて見た部屋は夜のようで、そのままもう一度眠りについた。 
 
次に目覚めたときは朝日がさしていて、私はそのとき初めて自分が天蠍宮にいることに気が付いた。 自宮の天井のそれと同じくらいに見慣れた唐草模様のレリーフが私を見下ろしている。 ミロのことが頭を掠めたが、その意識も定かではないままに重いまぶたを閉じた。

「カミュ………カミュ……目を開けて……頼むから…」
かたわらでミロの声がした。
なんだかなつかしくてそちらを見ようとしても、なぜか身体が動かない。不思議に思いながらやっとの思いで目を開ける。

   あ………

驚くほど近くにミロの顔があり、青い目が私を見ている。 と思う間に、ミロがぽろぽろと涙をこぼした。

   なぜ………泣く?

そう訊こうとしたが声がうまく出てこない。 喉が抑えられているようで違和感がある。
「ミロ………」
ようやく出てきた声は我ながらしゃがれていて他人の声のようなのだ。
すぐにミロに抱かれた。
抱かれたのは間違いない。 ミロの腕が背中に回されて抱き起こされたのは目で見ればわかる。
しかし、感覚がほとんどない。 ミロの暖かさはなんとかわかるが、抱きしめられている感覚がいつもと違って他人の身体のようだ。 ともすればのけぞりそうになる頭をミロがすぐに支えてくれたのが有り難い。
胸のうちに不安がこみ上げてきて口に出さずにはいられない。
「ミロ………身体が…」
そのとき頬に触れたのはミロの涙に違いなかった。
「よかった………カミュ………………戻ってきてくれて…」

   ………え? 戻るって………………どこから?

ミロの金髪がすぐそばに見えて、なんともいえぬ安心感が私を包む。 どこから戻ってきたのか訊きたかったけれど、目を開けているのにさえ疲れてまぶたを閉じた。 
「安心して………氷河のことならアテナが助けた。 お前はもうなにも心配しなくていいんだよ。」

   氷河………? なぜ、ミロが氷河のことを………

シベリアのささやかな住まいや修行に励む氷河のことがふっと心に浮かぶ。 雪と氷の白い世界が見えてなつかしさを覚えたとき、頭の中でなにかがはじけた。
氷河の放つダイヤモンドダストが、そして究極の凍気の真髄、オーロラエクスキューションが私に向ってきて鮮烈に輝いた瞬間、目の前が真っ白になったのだ。
全てを思い出した。 宝瓶宮で氷河を迎え撃ったその全てが走馬灯のようによみがえり、私はわずか数秒でことの次第を理解した。
「ミロ! 私は…!」
自分が放ったオーロラエクスキューションのことよりも、氷河から受けたそれの凍気に再び包まれたような気がしてパニックになりかけたとき、こんどこそ強くミロに抱きしめられた。
「大丈夫だ! 俺もお前もここにいる。氷河も生き延びたし、すべては終わった! 聖域は安定を取り戻すだろう。 なにも心配するな!」
そうくり返すミロに背をなでられ頬を寄せられやわらかく唇を重ねられた。
ミロの暖かさを感じる。 腕の力強さを、たしかな息づかいを、頬を流れる涙の熱さを感じながら私はミロにいだかれる。
なつかしくて嬉しくて、もう泣くことしかできないのだ。
「ミロ………ミロ……………私は…」
「……なに?」
口付けの合い間にミロが訊いてきた。
「生きている………こんなに、こんなに生きている……!」
「そうだ、たしかにお前は生きている。 これからも、ずっと二人で生きていくんだよ。」
もう一度もらった口付けは、たとえようもなくやさしかった。


その日からくり返し襲ってくる闘いの記憶のフラッシュバックに戸惑いながら、私は覚束なかった体調を元に戻すのに専念し、ミロは涙ぐましいほどにそれをサポートしてくれた。
「自分でやる、って手を払いのけられたらどうしようかと思ったぜ。 その瞬間に転ばれたら目も当てられんからな。」
「こんな時には無理はせぬ。 転ばぬ先のミロだ。」
冗談を言えるようになった私が嬉しいのだろう、ミロはこんなときにおおいに笑い、その屈託のない笑顔が私に生きていることを実感させる。
そんなある日、ミロが正式な夕食を用意して、見事なテーブルセッティングの食卓に私を招いた。
「今日で完全な床払いだ。 お前の本復を祝って乾杯をする。」
くどいほど 「無理はするな 」 と言い置いてアテネに出かけていったミロが選んできたワインはさすがに逸品で料理の味を引き立てる。
食卓を飾る花もキャンドルもカトラリーもリネン類も、どうしてこんなにと思うほどに美しく、私を感嘆させるのだ。
落ち着いた暖かい食事を楽しみ、最後に少しばかり残しておいたワインを飲み干したときだ。 立ち上がったミロがオーディオのそばにいき、なにか音楽をかけた。
「来いよ、踊ろう♪」
「……え?」
手を差し出されて驚く私にミロがウィンクをする。
「一度 お前と踊りたいと思っていた。 戻ってきたからには、このチャンスは逃がさない。」
「でも…私は踊りは…」
困って尻込みすると、
「俺も踊れない。 でも、いいんだよ、俺はお前と踊りたい。」
ミロは笑いながら私の手を引き 抱き寄せる。
私の逡巡にはかまわずに音楽は鳴り、ミロは私を軽く抱きしめてゆっくりとリズムに合わせて踊るのだ。 なんだか恥ずかしくて、でも嬉しくていつしか私もミロに合わせてゆらゆらと揺れている。
「これは………なんのワルツ?」
「……さあ? なんとかって書いてあったけど、今は見に行かない。 それよりお前と踊っていたい♪」
「ん………」
しっとりとして、でも華やかでやさしくて。
そんなワルツを聴きながらなぜか涙が滲んできた。 涙をぬぐうタイミングがつかめないでいると、すぐにミロに見つけられた。
「……泣いてるの?」
「ん………なぜか涙が出る。」
「泣いてもいいぜ。 苛酷な経験の後には必ず幸せがやってくる。 今夜から俺とお前で新しい幸せを探しに行くんだよ。」
「ん…………でも…」
私はミロの肩にそっと頭をもたせかけた。
「でも……なに?」
「幸せは探しに行かなくてもここにある………これが私とお前の HAPPY DANCE だから……」
「………大好きだ、カミュ……」
ミロがかけたCDはエンドレスで、私はいつまでもミロに抱かれていた。 この手で感じるミロの暖かさがとても嬉しかった。





            ずっと前から槇原くんのこの曲がとても好き!
            車の中で聴いてるといろいろな情景を想像します。
            いつか槇原君のコンサートに行ってみたい!

            REALIZE の yukky さんはダンスが大好き!
            その気持ちに触発されて一気に書いた話です、
            よろしければご笑納くださいませね。



  恥ずかしそうに でも少し泣きそうに  手を取り合ってふたりは踊る
  今夜は僕等が また新しい幸せを探し出す一番最初の日