「初酔い」


「それでさ、アフロディーテとデスマスクがどんどん飲むもんだから、俺も飲んでみたんだよ、ワインを!」
「ほぅ! 初めて飲んだのだろう? どのような味……なのだ?」
昼過ぎに宝瓶宮にやってきたミロが元気よく話し、やや圧倒されながら聞いているのがこの宮の主、アクエリアスのカミュである。
「味は、うん、おいしかったぜ! 俺は白いワインを飲んでみたけど、甘くてすっきりしててさ、そうだな、ジュースと似たようなもんだよ、あれは!」
「それならあまり酔わないのだろうか?」
「ブランデーやウィスキーみたいな、大人が飲む酒はもっと強いらしいけど、ワインはたいしたことないな、全然問題ない♪」
「そういうものなのか。」
一足先に大人の味を知ったというミロに、カミュはたいそう感心したらしかった。


「アフロが赤いのと白いのと一瓶ずつわけてくれたから、飲み比べてみようぜ♪」
「ほぅ、透き通っていてきれいなものだな。」
「ほとんどブドウジュースだよ、これは!、お前の故郷のフランスじゃ、子供も水代わりにワインを飲むっていうじゃないか、いけるいける!」
ちょっと考えながら、これも借りてきたコルク抜きでなんとか栓を抜き、初めて揃えたペアのワイングラスにどきどきしながら赤ワインをそそいでみる。
「初めてだから、お前はちょっと少なめにしろよ。 俺は経験者だから、このくらいは飲める♪」
少し照れながらグラスを合わせ、同時に飲んでみた。
「う………かなり渋いような気がするが、こういうものなのか………?」
「あれ?おかしいな? 赤いのより白いほうが甘いのかな?」
首をかしげたミロが、空になったグラスに今度は透き通った白ワインをなみなみと注いだ。
「あ………これは甘くて飲みやすい♪」
「うん、こっちのほうが俺たち初心者には向いてるな♪ もう一杯飲んでみろよ♪」
「こんなにおいしいとは知らなかった♪」

二杯目を注いだミロが、ようやく酒の肴のことを思い出して冷蔵庫からチーズを持って戻ってきたときだ。
「ミロ………とても気分が……」
空のグラスを置いて真っ赤な顔でささやくように言ったカミュが、テーブルに倒れ伏したではないか!
「あっ、カミュっ、カミュっっ!!!!」
慌ててかけより、一瞬迷ったあとでどきどきしながら抱き起こすと、身体が燃えるように熱く、息遣いも荒いのだ。
「大丈夫か??いったいどうして?? 今日はどこか具合でも悪かったのか?!」
「わからない………力が入らなくて………気持ちが悪い……ミロ……」
そう言ったきり、つらそうに目を閉じてしまったカミュに、ミロは気も動転してしまったものだ。
「カミュ! おい、しっかりしてくれ、カミュっ!」
ろくに触ったこともないのに、ぐったりともたれかかってくるカミュの身体をどうすることもできず、自分の心臓の音が頭の中に響いてくる。

   ど、どうしよう?
   ここではまずいから、やっぱり寝室に運ぶのか?
   でも、どうやって??
   ………肩に担ぐのか?? それとも抱く? 
   抱く、だって〜〜〜っっ??!!

想像するだけでも魂が消し飛ぶ思いがするが、自分以外にいったい誰ができようか。

   しかし、カミュの寝室って………あの廊下の奥のほうだよな?
   ずいぶん小さいときに、 「 3月6日 」 の歌を聞かせたときに入ったきりだからな
   あのときは夢中でドアを開けたが、今となっては、あそこは俺にとって聖域中の聖域だ、
   アテナ神殿に伺候するより、ずっと神聖だと思ってる!
   そのカミュの寝室に、カミュを抱いて入るのか? この俺が???

腕に抱えた世界で一番貴重な荷物がミロの足を震えさせ、頬をこれまでにないほど紅潮させた。
やっとの思いでそっとベッドに寝かせたものの、どうしていいのかわからないのも当然だったろう。 自分がまったく平気なのに、カミュがここまで酔うなどとは想像もしないミロである。

   それにしても、カミュはいったいどうしたのだろう?
   今日は体調が悪かったのか??
   おれが無理矢理誘ったから、我慢してたのかもしれない………

   え〜と、こんなときはどうすればいいんだ?
   デスやアフロを呼んだら、きっとカミュが恥ずかしがるだろうし………
   顔が赤いのは、頭を冷やせばいいのかな?
   ………待てよ? 熱があるから顔が赤いのか、それとも、もしかしてワインに酔ったから赤いのか??
   でも、俺はちっとも酔ってないぞ?

わずかな知識を総動員した結果、衣服を緩めたほうがいいような気がして、恐る恐る実行することにした。
まず靴を脱がせるのは簡単に成功したが、 これは当然というものだろう。
しかし、ウエストとシャツのボタンは難物だった!

   ここに連れてくるだけでも心臓が破裂しそうだったのに、カミュのボタンに手をかけるだと?????

明らかにワインとは無関係に顔が真っ赤になり、手が震えてちっともうまくいかないミロなのだ。
真剣にボタンをはずそうと顔を寄せると、カミュの浅い吐息が頬をかすめ、そのたびに目が眩む気がするのだからうまくいくはずがない。
やっと二つはずしたところで、ミロはギブアップするほかなかった。 頭に血が昇り、息遣いが荒くなってきて手が震えるばかりなのだから、ボタンなどはずせるわけがない。
「俺………もうだめだよ………頭がクラクラする……カミュ……」
極度の緊張に耐えられず、カミュの横に倒れこんだミロは目を閉じた。すぐそばのカミュの髪が甘く匂い、ますます動悸が高まってくる。
「ワインに酔ったのか、お前に酔ったのか………だめだ……俺もよくわからん…」
つぶやくように言うと、ミロの意識も甘い香りに溶けていった。

「ミロ……どうしてここに寝ている?」
はっと目を開けると、カミュのきれいな瞳が目の前にあった。。
「えっ……俺は、え〜〜と……あれ?」
真っ赤になってうろたえていると、
「私としたことが、着替える途中で眠ってしまったらしい。 醜態を見せてすまぬ。」
自分の胸元に気付いたらしく、目をそらしながら頬を赤くしてそっとボタンをかけなおしているらしいカミュが視界の隅に映り、ミロもあわてて横を向く。
「……ああ……俺もすぐに酔いが回ったみたいで………すまん、お前のベッドに勝手に上がりこんで。」
なんとなく気恥ずかしくて、二人して思い出したように言い訳をしながら同時にベッドの両側に降りる。
春とは名ばかりの二月の朝であった。
   



                               突然書いてみた突発中の突発。
                               この頃こういうのが多いです。
                               もう解説も何も………笑ってやってください、誰しも初々しいときはあるものです。

                               タイトルの「 初酔い 」 は、「 初宵 」 にかけてます。
                               実にこれが、お二人の初の逢瀬なのでした。


    あな可愛ゆ われより早く酔ひはてて 手枕のまま君ねむるなり